似顔絵に 窮まる

 


 

仕方なき流れ

 

10万円給付・・・ 島で目の色変えて待ちかねているのは、コロナとは無縁の、働くこともなく

朝かさら晩まで、かれこれ何年も固有名詞のない会話をするくらいしかない、ご老人のようだ。

私にしてみれば、車検やら、年季がいきすぎて高くなった自動車税に、年に一度の浄化槽の

支払いなどが立て込む月でもあり、コロナ以前から赤貧であり、気持ちは分からんでもない

が・・・ 消費税の納税くらいしか能力のない国民ばかり増えるのは、未来に光明が見えない。

 

国会では、いつもながら野党らしい投げやりな質問が苦笑を誘う。

この地震は、いつになったら止むのか・・・ に等しい質問を与党に投げ、恥とも思わぬとはね。

責任を負うことのない野党は、どんだけでもお気楽な質問ができていいよな゛〜。

中学生並みの質問が続出し、我々の税金がどれほど無駄に消耗されているか、哀しくなる。

ヤジくらいしか、言わせてもらえない、数合わせな議員も多いしなぁ。

 


 

2日くらい蒸し暑く若夏じみたあと、まもなく梅雨入りした。 季節感もヘッタクレもありゃしない。

少し蒸し始めると、役場はもう然とエアコンを使い始めるから、風邪が治る暇もありゃしない。

大潮なのに、イノーは濁ってヒラアジも入りゃせず・・・だいぶ前、新調したルアーも使えやしない。

 

梅雨入りしたら、当然・・・すぐ晴れる。

そ〜ゆ〜もんだ。(笑)

 

雨の前の晴れ間を、洗濯日和のように有効活用しているヤツがいた。

ヤツガシラだ。

右足の先が切断されているものの、それが原因で渡りが遅れているワケではなさそうで

若夏来なず、北風が続いていることや、気象の異変から渡りあぐねているように思う。 

5月になってからヤツガシラを見かけるのは、初めての経験である。

 

都会で生活していたら、自然の変化を感じる暇もないほどアクセクするしかないが・・・

せっかくの離島生活なのだから、変化を記録しておくくらいの余裕はあってヨカロウと思う。

 

 

さて

黄金週間以前から、ずっと頭の中を占めていたのは、つぎの広報誌の連載記事である。

記事は、いつも私の知識の得意とするところばかりでなく、今回は特に微妙なネタなのだ。

しかし、今もってナゾが多いうえ、なにしろ以前生活していた兼久(かねく)の住民が発見した、

貴重な遺跡を再認識してもらう意味で、必ず記しておくべきネタであった。

 

得意ばかりを振りかざして働いていては、進歩がないではないか・・・と、内心男前でおらねば

などと挑んだテーマだったが、どうしたらシマンチュの心に響くのか、悩ましいことこの上ない。

 

まとめの前に、徹底して基礎データを集めるのは、もとよりプラモ通としての意地である。(笑)

プラモのリアリティをアップするためには、調べものが肝要なのである。

書物の読みあさりなどの情報収集はいつも通りだが、肝心の出土品の写真がないので、

ブツ撮りが必要となった。

 

んだが・・・

持っていたレンズは、ほとんど使っていなかったためか、電子制御がエラーを起こし

まともに動作してくれないピンチに陥ってしまった。

 

なら、アレを試してみようか・・・

初めて組み合わせた、パナのカメラ、キヤノンのストロボ、そしてコンタックスのレンズである。

 

わが家の望遠レンズ以外では、もっとも高額で、光学特性の優れたオールドレンズ、ディスタゴン。

35ミリで、F1.4という明るさ、マニュアル時代のスナップ撮影用で象徴的なレンズである。

 

そもそも

青の読者諸氏は、コンタックス/CONTAXなるメーカーを存知だろうか???

このレンズは、本国のドイツ製でなく、協業していた京セラが生産したT*(ツァイス)レンズで

T*は、ティースターと謂ったりもする。 マウントはヤシカ/コンタックス。

ヤシコンなどと呼ばれるそうだが、私はそこまでマニヤでなく、そんな名で呼んだことはない。

現在ツァイスレンズは、ソニーで生産されているのしか、ほとんど知られていない。

金属製で見た目以上に重いが、そもそもカメラが軽過ぎて、ブレないよう重いに越したことはない。

カメラの下にあるのは、オモリとして付けている、使えなくなったペンタックスのコンデジだ。

本当なら、ストロボのトップヘビーに対して、500グラム以上あっても問題ないと思う。

毎日携行している、超望遠レンズのセットに比べたら、2〜3キロなど大した重さでもないし。

 

パナのLUMIX G8には、本体内の手ブレ補正が搭載されているが、思った通りクセモノで・・・

電子接点のあるレンズには働かない。 つまり自社以外の、現代レンズでは働きゃしないのだ。

わざわざ、電子接点で絞り情報を画像へ記録できるアダプターを購入したのだが、それではダメで、

もっと以前に購入した、ただひっつくだけ・・・ のアダプターを使用している。

ストロボ撮影でも、存外手ブレは気になるもので、シャープさが失われる覚えがあったのだ。

 

せっかく開放F1.4の高性能ながら、撮影するのが小さな石器で、思わぬ苦戦を強いられる。

高級レンズとて、フルパワーを出すには、たいがい一段絞らねばならないという事情がある。

贅沢に三段絞って、F4でイケるだろうと思ったが、F5.6まで絞らないと、イイボケ具合にならない。

都合、ガイドナンバー56の強力なストロボであっても、ISO400にしないと欲しい陰影が

得られない状況になってしまった。

複数のストロボやアンブレラが無いから、太陽光を環境光にしつつ、右下に陰影をつけるための

バウンス撮影となったためである。 とゆ〜ても、カメラ音痴には、ナンノコッチャだろう。

 

ブツ撮りを習ったワケではないが・・・ 日々の料理撮影で会得した範囲では、

撮影には、強烈で方向のハッキリした光源と、方向とは関係なく、被写体をくまなく照らす

CGで謂うところの環境光が必要になる。

双方を人工的に作り出すのには、多大な機材が必要なので、自然光を頼ることになる。

私は、環境光を太陽で、陰影のためにストロボを用いることにしているのだ。

陰影づくりには、ストロボを左上の壁や天井に反射させてから、やんわり照射する。

ストロボが、なんぼ強烈でも、環境光が弱すぎると、無駄にコントラストの強い・・・

光の当たったところだけが明るい画像になっていしまうのである。

極端に謂えば、宇宙空間で撮影された小惑星みたいなクッキリすぎる画像になる。

それでは、石器の微妙な光沢や、土器のザラリとした風合いが記録できゃしない。

デジカメはコントラストの強い絵作りを得意とするので、そうでなく柔らかい絵作りの場合、

暗いところが暗すぎない状況を作り出す必要がある。

 

つまるところ

自然光と、立体感を出すストロボ光とのバランス、加えて心地よく立体的に見えるボケ感を

醸すための絞り値を満たすには、フル発光の1/4程度のストロボ光と、F5.6の絞り込み、

ISO感度400への増感が必要となってしまった・・・ とゆ〜顛末だったのだ。

 

ストロボワークとは、メンドクサイものである。

 

ただ、それは知識と状況判断で解決できるのであって、ハードルとしてはサホド高くない。

幸い、強力なストロボはクロウサギ撮影であつらえたりして、道具は揃っていたワケだし。

 

その後、逃げも隠れもできぬ、最大の悩みにブチ当たる。

 

今回最大の悩み・・・ シマンチュに記事へ目を移していただくための必須条件と考えていた、

タイトルの横に入る、冒頭の似顔絵である。

コミカルな表現だけなら楽だが、今回はヒーロー的な役割を担うべき、遺跡の発見者たる

知人でお百姓のご老体の似顔だったからだ。

朗らかながら、遺跡を語りだすと止まらないクセモノ感を両立する肖像に加えて、

ナニか、もう一味欲しかった。

もちろん、記事内にも本人の写真も載るから、似ていないワケにはいかぬから、

本人以上に本人らしい似顔絵であるのが理想的である。

90余歳のご老体だからといって、やたらシワシワにして似せるのは、愚の骨頂でもある。

遺跡発見時には、まだ60代だったのだし。

 

ちなみに

町内では結構な有名人だから、似顔がハズレでは済まされないのだ・・・ 私的に。

 

ある意味、似顔絵は究極の肖像画だと信じているから、プレッシャーはひとしおだ。

完成した似顔は、広報誌が配布されてのち、機会があれば・・・

 

そもそも

広報誌の連載に、なぜ似顔絵が必要なのか・・・ との疑問があるだろう。

以前、一周年のときに青で特集したが、記事の親しみを増すよう、毎回必ずキャラを登場させる。

お母さんや、子らに興味を抱いていただくための、パッと見を向上させる絵の一つだ。

 

その設定の中で、もっともハードルを高めたのが、今回の似顔絵だ。

 

ユル〜イ島生活だから、たまには自分に難題を用意する必要があろうと思っていたのもある。

イマジネーションとそれに伴った画力の維持は、デザイナーにとって死活問題だし・・・

都会的なセンスは、時とともに失われていると思うが、島らしいセンスは伸ばさねば

オッサン独りで生活している意地が立たぬ・・・ 気もするし。

 

AIの描く似顔は、表面的に似ていて当然だが、その人となりを描くことはできまい。

描くこと、描きたくなることの本質は、私なりに究めたい現象でもあるし。

 

さしもの、私の左手でも、この手の絵については、まったく出番がない。

脳内のイメージを、さらに解釈して勝手に描き出してくれる右手は、とても大したヤツなのだ。

文字通り、私の右腕に他ならない。

意外かもしれぬが、スケッチするときの右手のアレンジによって、さまざまな造形アイデアが

さらに展開していくのが、プロ・デザイナーのセンスのヨリドコロの一つだったりする。

手心を加えるという例えがあるが、手に心がある感覚を利用しているのがデザイナーだ。

おそらく、絵心がある・・・ と評されるのは、この能力を持っている人物のことだろう。

 

ま゛ しかし 似顔絵くらいで、燃え尽きすぎだろ・・・ とも思う。(笑)

 

ただ

マットウな? デザイナーのうち、キャラや似顔絵を描くことができる人物は、そうそう居ない。

素人的な、アザトイ可愛さを求めたキャラくらいなら中学生でも描けるが、バランス感覚はない。

デザインのクオリティに対応できるキャラや似顔絵を描くのは、私なりの技前と信じている。

 

できるだけ少ない線で、本人の性格を含めた似顔を表現する・・・ 似顔絵は難しくて、愉しい!

完成度という視点では、これほど難解なものはないが、これほど直感的なものもなかろう。

 

次は当然のことながら? わが町の頂点、町長さまの似顔絵に挑むしかない。

んだが、その機会はおそらく、自然遺産登録になったころの観光マップあたりだろう。

今のうちから描きためておくべきだが、ギリギリにならないと気合が乗らないんだよなぁ・・・

たぶん


ではまた