やっと 連載一周年

 


 

巷の観点

 

役場の基本日給は、6,000円である。

最低賃金により算出されているのだが・・・ 法外に上げる必要はないにしろ、消費増税ぶんくらいは

勘案してもらわないと、特売が激減している、あるいは特売まがいの値札をつけて値上げを続けている、

農協系スーパーに頼らざるを得ない我が家では、玉子くらいしかタンパク源が買えなくなる。

とゆ〜か、現状でも精肉を食べるのは週に3、4へんあるかどうか・・・ である。

ただまぁ、朝鮮の大統領が好い具合に挑戦してくれた功績もあり、スピードは必要でも、無闇な高額化は

ダメだということが判っているから、そこらへんは踏まえてもらいたいものだ。(笑)

少なくとも、これまでポン人が信じてきたインフレ傾注の経済発展に、消費増税はまったく貢献しない。

 

このごろ

窮極的な慢性夏バテ状態で、横になっている時間が長い。

その、だるぅて退屈な時間を、愉快に彩ってくれている動画が2つある。

GYAOの女子高生の無駄づかいと、Youtubeの反日促進エンターテインメント、かっぱえんちょー。

無駄に頭の中に入ってこないし、単純に笑えるところが、なんとも心地よい。

女子高生の無駄づかいなど、オープニングがなんて言ってるのかわからず、いつもなら飛ばすのに

毎回聞いてしまう。

  

それにしても

チョンの頂点、チョンワデは文字通りチョンの極みだった・・・ のには感慨深い。

メリケンは日本を属国として経済植民地にしたが、さらに我が国はメリケンからの圧がかかり、

南朝鮮を東西の障壁として維持するとおもに、その見返り?として、経済植民地にしてきた。

国どうしの駆け引きには、容赦がないなぁ。

連中の民族性は、もともと好きではなかったが、今回の輸出管理厳格化に伴う、火病っぷりは

もはや人類でなく、亜人未満ではないか・・・ と感じさせた。

類人猿ですら、自己矛盾は起こさないからだ。

歴史上、彼らはいっぺんも民族を統一できなかっのは、もともと約束の概念がなく

民族における社会通念としての倫理観が、まったく確立されなかったためだが・・・

いづれにしても、ローマ法王が倫理的、霊的に生き返るべきだと教えた意味がよく理解できたし、

ヘイトスピーチも、あながち無体な行為でもなかったんだろうなぁ・・・ と感じたり。

んま゛〜 我が国はなぜか、超左傾化教育先進国だから、可哀想な朝鮮民族を見捨てないし、

あまつさえ、また優遇策を考えるヤツラが現れるに違いない。

アンパンチが親に向けられたらどうしよう・・・ と心配するドラえもん世代の被害者モンスターが

両親ヅラして巾を利かせていることだし。(笑) 子らを。暴力の根源と考える親・・・ まいっか。

ただ、あまりに左傾化した報道だけは、ジャーナリズムとして、どうかと思うぞ。

 


 

ところで

こうして今も用いているノートパソコンだが、キーボードの制御回路が熱暴走するようになってしばらく。

数分ごとに左Ctrlキーが暴走するので、都度スクリーンキーボードを起動してはCtrlキーをオンオフして

だましだましやっている。

ついに、1分おきになってしまって、もう絶望か?と思った矢先、分解してキーボードのフレキを外したら、

アッサリと破壊的回復を果たした。(笑)

 


 

さてさて

広報誌の連載が、ようやく一周年ぶんになった。 隔月で、やっと7回目だ。

まえのサラリーマン時代の仕事では、あんまり青に記せるようなネタはなかったが、役場関係の仕事は

ディスクローズしてナンボなので、こうして公開できてしまうところが、とても気が楽で好い。

  

イロイロあって、そんなこんなで、苦し紛れに思いついたのが、広報誌の連載であった。

私は、苦し紛れの方が、最初から完成度の高い提案を発想するクセがあるのだ。(笑)

 

広報誌に特集記事を書くことで、その内容をデータベースに登録・充実し、周知と実用性の向上を図るのだ。

紙面を超える情報量をデータベースに登録しておき、興味をもった町民がQRコードからアクセスできる。

いづれは、これを一冊にまとめると、天城町の民俗文化、歴史、自然を記録した書物となる・・・ はずである。

こうしたプランは、制作者の愉しみとともに、町の将来性も兼ね備えてしまえば、ヤル気も役場の予算的にも、

具合がいいに違いないからだ。

 

その程度の一石二鳥や三鳥は、自治体向けの提案書で鍛えた発想力があれば、さして難しくない。

と、カッコつけたいところだが・・・ 若いころなら、もっと早くに起想できたに違いない。

 

私の趣味的には、自然ネタで埋め尽くしたいところだが、もともと文化遺産のデータベースである。

いづれは、自然遺産データベースに・・・ などという野望はない。

 

もとより私は、自然遺産の反対派だ。

 

それに、依頼者である学芸員は、キレこそフツーだが、粘り強く、しっかり結果を出す優秀な人材だから、

まずは彼の蓄積してきた、町民の知らない成果を、わかりやすく町民に周知するのが先である。

 

田舎の自治体がヘタクソなのは、自分たちの働きを、町民に訴求できないことである。

せっかくの活動も、町民のほとんどが知らなければ・・・ ナニヤッテタンダ?となることを認識できてない。

カネのために働くから、何のために自分の仕事があるのか、認識できていないのが最大の原因だろう。

社会の底辺に、アリガチな現象だ・・・ と謂うのはウエカラメセンだろうか?

 

 

ともあれ

天城町や徳之島が、地味にもっとも注目されつつあった遺跡を特集することから始めることにした。

初号は、島の全体像を知ってもらう・・・ これから特集していく、目次のようなコンテンツである。

島には、そんなに早くから縄文人は来なかったとされてきたが、そうでもない。

徳之島はは、とかく中世に広く流通した陶器、カムィヤキが注目されがちだが、食糧が豊富だったからか、

大古から移り住んだ人類の遺物が、多々残っているのである。

 

無論だが

縄文人が三町にわかれて生活していたワケでもないから、伊仙町と徳之島町にもお願いして、

情報提供やら、撮影協力などをしてもらった。

もともと徳之島の三町は、文化財保護審議委員の活動が連携してい、委員や学芸員どうしが顔見知りだから、

とても風通しがイイんだが・・・ それに救われた。

 

まとめながら、こんなに遺跡があるのかと驚かされる。

とゆ〜か、おそらく縄文人は海岸をくなまく歩いて暮らしていたはずで、掘るかどうかは情熱の問題だ。

工事で遺物が出てしまうと工事が滞るので、嫌う自治体も少なくない。

 

このような小さな島々で、縄文草創期から、鎌倉時代ごろまで狩猟採集を続けられた例はない。

自然の豊かさとともに、冬の北風、南からの海流が、よほど具合が好かったのかもしれない。

 

 

次号はもちろん、計画通り・・・ その筋から注目されている下原洞穴である。

南西諸島の縄文時代の歴史を塗り替えるかもしれない遺物が、続々出土しているのだ。

出土品で目を見張るのが、矢じりだ。 そんなに硬くないチャートを削り、2つの穴を開けている。

その制作過程をイメージできるよう、あれこれ石を探してもらい、並べてみた。

今でもリーフのない地域だから、貝殻を用いた矢じりは作りようがない。

 

私の興味は、それら道具の使われ方や、当時の生活である。

たまたまもらった、骨だらけのイノシシ肉を蒸し焼きしてみたりして、私なりのアプローチをしてみた。

思った以上に、イノシシの蒸し焼きが美味かったから、ハマったわ。(笑)

だが、不思議とイノシシの頭蓋などは出ていない。 丈夫だから道具にしそうだが、それもない。

アマミノクロサギの顎の骨は、わりとあるのだが・・・

 

国内の考古学が、カビ臭さに満ち満ちているのは、こうした生活に基づかない、古さや技法にのみ

執着する、研究者というよりもマニア目線なことが原因だろう。

この際だから、視野が狭いのが、ツマラナサの原因だと、ズバッと断じておくとしよう。(笑)

いやほんと、マジで視野が狭いのには驚かされる。

 

それはそうと

縄文人の摂取カロリーは、弥生時代よりも多かったと知り、我々の教育が農業寄りにズラされている

現実を思い知ることにもなった。

狩猟採集は不安定ではない。 不安定なのは、土地に縛られ移動できない農耕民族だったのだ。

厳冬や台風で不作になっても、移動して食糧を得る事すらできない。

日本人も、クニを成り立たせるためには、農耕こそが大切な文明の大黒柱という風に、思想統一

しておかねばならず、地味に洗脳まがいの教育を受けているのである。

 

とんだ、ヤブヘビだった。

 

 

このごろ冒険ダイバーが潜って、奥行きがトンデモナイらしいウンブキ・・・ は人気上昇中のスポット。

ウンブキアナゴは、ピンポイントで地名を冠する、異例の珍魚。

しかしながら、とかく珍獣は夜行性で地味・・・ ウンブキも例外ではない。

 

幸い、シマンチュにも鮮やかに見える動物や花も生息しているので、救われた。

リュウグウモエビの一種は、塩分濃度か農薬の影響か、居なくなってしまった。

 

ここは、干満があるほか、水が濁ったり、ミナミクロダイが迷い込むから、

確実に外洋とつながっているが、今のところ出入口は見つかっていない。

 

 

天城町で初の、県指定文化財となった遺跡も、けして外せない。

粘りの学芸員、具志堅氏の努力の賜物である。

ぱっと見は、サッパリ落書きまがいだが、その岩は彫るには硬く、全く簡単でないわりに、

凝った画風であるのが注目に値する。

 

画力そのものは感じられないが、センスある人物が、よほどの精神力で彫ったのは確かだ。

彫り上げたい勢いがナンだったのか・・・ 大きな船を掘るからには、ただの若さではないし、

薩摩藩に縛られたシマからの脱出を夢みたのかもしれない。

少なくとも、紙に書くのとは全く違う、強烈な意志の力が必要な線刻なのである。

 

線が一点に集約していたり、バランスのとれたフォルムの船が描かれていたり。

画力や技量よりも、集中力に驚かされる。

 

ぱっと見、落書きまがいだから、イマイチ人気がないが、歴史的にはとても重い。

幸い、周囲はとても自然豊かで、山から遠いのに、イボイモリなど森林の生物が生息していた。

まさか、トクノシマケハダシワクチマイマイが生息しているとは思わなかった。

 

12月に配られるので、1、2月の産卵時期を迎えるイボイモリは、生物好きにも好適。

載せる記事は、その時節に相応しいネタを選ぶのも大切だ。

 

遺跡は、そのまわりの環境も興味の対象であって欲しいから、いろんな視点を加えておいて、

読者を翻弄するのも、この企画の値打ちだと思う。

 

  

ほとんど私の趣味に没頭した号もあった。

もとより学芸員は多忙で、なかなか腰をすえて記事を書く時間がないから、繁忙期は私が書く。

繁殖や渡来する時期のまえ、4月に配布される号には、島で人気の赤い鳥たちを特集した。

シマンチュは、アカショウビンを渡り鳥と思っていない、留鳥と信じている場合が多いのだ。

イイトシして・・・ (笑)

 

調べてみると、実は私も意外と知らないことが多かった。(汗)

 

今でこそ内地では渡来の少ないアカショウビンだが、昔はあちこちに渡来していたことも分かったし、

薩摩藩によって書物を焼かれた奄美に残る貴重な記録、南島雑話徳之島事情に目を凝らし、

アカヒゲの名はもともとノゴマの名だったとか、ルリカケスが徳之島に生息したような文書を見つけ、

思わぬ? 発見となってしまった!!!(笑)

 

赤い体に黒ひげの小鳥の名が、なぜアカヒゲなのか・・・ は、鳥好きの間では、

江戸時代からのナゾだったのである。

そのことは、三大養禽書(さんだい・ようきんしょ)のひとつ、飼籠鳥(かいこどり)に書かれてる。

 

 

奄美最古の土器が発表となったので、急きょまた、下原洞穴の特集になった。

次号をどうするかは、柔軟に考えるようにしている。 話題性は大切だ。

国内最古に近い、土器が出土したのである。

そのような技術を持った人類は、まだ南西諸島に達していない・・・ とするのが、これまでの常識?

とされてきた。

 

さらに

旧い白人主導の世界史では、最初は四大文明の、エジプト、メソポタミア、インダス、黄河とされるが、

実は、それよりずっと古いのが縄文土器であり、世界最古の文明は、縄文にありそうだ・・・と

考えている学者も少なくない。

 

ただまぁ、文明なので、言葉や、文字を統一的に用いる民族的なまとまりを強制するような、

強権的、征服的な集団を好んだかどうかで決まるっぽいところがあるから、ポン人のご先祖が、

強権よりも仲よきことを重んじたとすれば、文明と呼ぶには至らないとされても仕方あるまい。

 

乾燥していたヨーロッパや中東から、ジメジメのアジアに進出して苦しんだのが

食中毒と衣類の腐りだったろう。

食糧は、放置するとすぐに腐敗し、あまつさえ毛皮は暑いうえ、濡れるとカビたり腐ったりする。

 

それまで、ロープや弓矢の弦をこさえるためだった繊維の利用が、衣類に広がっただろう。

 

さらにさらに

食品を加熱調理すれば、食中毒が少なくなることで、アースオーブンによる蒸し焼きが

多用されるようになる。 現在でもアースオーブンは、もっとも効率の高い大量調理とされている。

その、かまどモドキ?の壁が硬く焼きしまったのが、土器の始まりだったと思う。

 

これまでの発想と真反対なのは

大河がある場所には、豊かな海岸がない・・・ という否定論が、私の持論である。

砂地は、確かにアサリなども多いが、広大でユルい地盤の海岸に、安定して住むことはできない。

だらら、大河をベースとしている文明よりも、岩場と程よい河川が共存する地域の方が、

豊かな生活環境だっただろう、と考えている。 現在の我が国そのものだ。

 

ただ・・・

肝心の縄文草創期のころは海面が100メートル以上低かったから、ほとんどの遺跡が海中に

没していると知ったときは、日本が敗戦したのと同じくらい口惜しい気分にさせられた。

 

 

8月初旬に配布される今号は、ヨナマビーチのテンコ盛り。

徳之島のシマンチュは、極端に海の知識が乏しいから・・・ 最低限、コレはやらねばならない。

私もそうだが、内地のニンゲンがシマンチュに期待する知識の大半は、海に関してである。

アマミノクロウサギやオビトカゲモドキも大切だが、それらは中心ではない。

以前、見た目がキショクワルイから、凶悪生物?とされ、トライアスロンのスイムの危険となっては

いけないからと、オオイカリナマコが駆除されそうになったことがあった。

なので、ソレを踏まえつつ・・・ 今回はあれこれシッカリと事実を定着させておきたかったのだ。

 

実は

ヨナマビーチのすぐ南側のイノーは、あの巨大なイカ、コブシメの繁殖地だそうだ。

意外と? コブシメの稚イカはカワイイので、ソレを中心にレイアウトしてみた。

キャラも、コブシメ星人?である。 大好きな函館のイカキャラ、イカール星人がモトネタだ。(笑)

 

ヨナマビーチで多数のナマコを観るまで、ナマコの存在に気づかなかった。

想像し辛いが、実際のところヨナマビーチを浄化しているのは、ナマコたちと甲殻類である。

パフパフの砂地には、ゴカイなどはほとんど生息しないのである。

 

そうして浄化された、せっかくの人工浜を様々な生物が利用している現在。

他方、ここ数年、乱獲のためかナマコは激減している。

ナマコの減少とともに、大型のタツノオトシゴ、タカクラダツが姿を消してしまった。

姿を消した、と謂うのはキレイゴトで、単に死に絶えたという意味に限りなく近い。

 

 

南国の海と謂えば、サンゴ礁である。

なので、電子版特別企画として、サンゴを特集しようとしたんだが・・・ 玉砕した。

むしろ、植物よりも見分けが難しいくらいだったのだ。

専門家でも、間違えて図鑑に掲載するほどで、折って骨格の断面を観ないと判らない種もある。

同じ種でも、共生する褐虫藻が違うと、色が違ってしまうから、わりとマクロで寄って撮影し、

 

 

ここにきて、ふと民俗ネタがないことに気づいた。

急きょ、具志堅氏と相談し、もちたぼれ(餅もらい)儀礼にすることになった。

電子版のバックナンバーは、こそっと次号予告にもなっているので、もう載せてある。

  

 

連載を始めてから、劇的にデータベースの利用が増え・・・ と謂うことはサッパリ無い。

だが、確実に漸増を続けている。

 

内地中心に作られてきた図鑑とは異なり、単なる亜種扱いでない、

リュキュウコノハズク、リュキュウアカショウビン、リュウキュウメジロなどにアクセスが増えている。

内地のみならず、沖縄からのアクセスも増えていることから、それなりの存在感は出てきている

んじゃなかそるか・・・ と。

 

ちなみに

記事を書くことに慣れるために、ハードルの低いネタからまとめてきたワケだが・・・

だんだんそ〜ゆ〜ネタが減っていき、厄介なネタばかりが残っていく。

その第一弾となるのが、次号なのだ! 民俗は、私にとって最も意識の遠くにあるネタである。

 

締め切りまで、あと半月。

とりあえず最も重かった地域防災計画の方は片づけたので、まとめに集中しても問題なかろう。

またしばらく、歴史文化産業科学資料センター・ユイの館に通うことになりそうだ。

この名をそらんじているのは、私だけだろうな。(笑)


ではまた