ヒラアジの煮付けと信頼関係


●ようようお持ち帰り●

  

雨模様はすっかりなくなり、

いつもの蒸し暑い大東の朝にお魚を背負っていた。

縁起を担いだ館長から調達のごみ袋、これが効く!

(前回の記録とロウニンアジはこれがポイントであった)

磯登りにつかれ、人間関係に疲れ、

釣りに疲れた男の哀愁が漂うカットとなってしまった。

バスケットからオヒレが出ているのがご愛敬だ。

もう、この原付で2度とインロックする事とてありえない。

長男の心はようやく救いの瞬間を迎えつつあったのだ。

 

朝食に帰り着き「前日にクーラー一杯の奥さん」に

「釣れた?」とシンプルに聞かれた。

「小さいけど」と袋をあげると、

「大きいねぇ」とほめてくれた。

単純だが久々に手応えのある奥さんとのやりとりだ。

ちょっと恥ずかしい大きさだけれど、

釣れたから嬉しい!

とりあえず、夕食のときには胸を張ってイイ。

厨房で計ると3キロどころか

4.5キロ、重めのはずであった。

 

三膳飯をたべ、仕掛けを持って出かけた。

今度は開拓だ!

一番険しいポイント、

「高幕」を極めに行くことにしていたのだ。

垂直の断崖の下に縁のついた棚が途中にあり、

古いペットボトルが置かれてある。

誰かが来るらしい事は一目瞭然だが、

それはあくまでも途中、

一番下までは下りないと思われるのだ。

そこから下は、

どうしてもちょっとしたオーバーハング

克服しなくては行けないし、

釣った魚を持って上がる事も困難だからだ。

断崖の下までは、アパートの4階程度の高さだった。

(オーバーハング:90度以上の傾斜で下が無い状態の崖)

(この上の棚の部分が途中のペットボトルポイントであるが、

スケール感がないので分からないよね。

向こうに見えるのが海水浴のできる海軍棒で、見晴らしは良い)

足から下りるのは大変だけれど、

上るのは楽だという事が分かっている。

それでも、

思い切って下りて釣る事にするまで、

5分程度の葛藤があるにはあった。

  

午前とは言え暑い暑い。

今回はペットボトルを持ってきて

水筒がわりに使うという事は忘れ去っていて

この時ばかりは後悔したほど、

がんがんに太陽の光と熱の洗礼を受けた。

 

釣果はなかったものの、

サラシの中ではカスミアジが

ソフトルアーをかじっていったり、

沖からジグにアタックし、未練があったのか

50メートル以上興奮して色が変わったまま、

追いかけてきたタマン(フエフキ)、

11センチのラパラに反応するイラブチャー(ブダイ)

などなど、他にも小魚の反応もアリアリ。

思ったとおりのウブな魚の反応が楽しかった。

ソフトルアーは餌取りに人気で、

体に悪いからと使うのを止めてしまったほど。

惜しむらくは白身魚のタマンは食べたかった。

 

本来は夜の魚だから仕方ないか........

 

夜は珍しく、がーらの洗いであった。

9ヶ月ぶりの味はまた格別であり、

釣った本人の味わいと、

そうでない人の味わいは多分全然違う事だろう。

釣った本人が桁違いに美味しいと感じる気がする。

 


●ミツさんの終末的必殺装備●

 

明くる朝一番は、自信を取り戻してフルミナミへ。

バイクの痛手からもすっかり立ち直り、

ようやくフィッシングスピリットが戻った感じだ。

 

ただ、本人の気概とは裏腹に

魚の反応はない.......

もう朝飯限界(朝飯に戻る刻限)が来ていたその時、潮が動き出した!

 

足元で魚が元気に動き出したのだ。

ブダイがルアーにもちょっかいを出すくらい元気だ。

 

でも、朝飯は大切だ。

 

朝ご飯をしっかり食べて「いざ!」と思ったら

吉里会館で館長の次に声のでかい

ベッドメイク担当のミツさんが声を掛けてきた。

「魚釣れました?」

「ええ、まあ。あんまり大きくなくて、

60センチくらいのがーらが一匹だけ。」

というと、結構感心して。

「入れ物を持ってきてあげるから」

といって一方的にどこかへ行ってしまった。

どうも、魚を活かしておくスカリを持っていないので

それを心配してくれたのだ。

 

どうもルアーで釣る事がずいぶんと

すごい事に感じられているようで、

人間までだましているようで心苦しい。

だって、カスミアジは餌よりルアーのほうが

時として圧倒的に食いが良いんだ、この島では。

 

そんなことより

潮が、時合いがぁ、どうしよーと思いつつ、

あのミツさんが用意してくれるものが

とっても気になった。

  

程なく戻ってきたミツさんの手には

吉里の文字の入った

タマネギ袋がたずさえられていた。

吉里家のどこかにあった農協の袋なのだが、

ミツさんはこんな事もあろうかと

どこかに備蓄していたのかどうか........

 

とりあえず、タマネギ袋と、ビニールの紐を受け取り、

「要らなかったら預かりましょうか?」

という若奥さんの申し出をお断りし、

これも何かの縁だろうと思って

大切にお魚入れ袋として紐を通し、

ザックの中にしまったのである。

 ミツさんの思い込みの激しそうな目が恐いせいも

ちょっぴりあったような気もするけど・・・。

(実は2001年現在も愛用するほど、便利で大した逸品であった)

 


●竿は折れても●

 

 実はバイクの一件の他にも昨夜

「やってしまった」

事がある。

インターラインの先端ガイドを

お手入れ中にチョローンと流しの中に

おっことしてしまったのであった。

 

ドジはしばらく直りそうになく

長男の自尊心は深くえぐられっぱなしである。

それにしてもなしてこげん事に???

 

それでもキックボクサー館長は明日朝のための

米を磨ぎ終わった後、流しのパイプを空け

先端ガイドを取ってくれたのであった。

  

さて、話しは戻ってミツさんのあとの出来事である。

ミツさんからタマネギスカリをいただいているうちに

すっかり遅くなってしまった!!!

 

前振りは長かったのは、実はこの時、

これらは見事なまでに伏線的な出来事なのであった。

 

で、またしても実釣場へ。

 

その時は低気圧が接近しており、波が高くなりかけ.....

というより、これまでが凪だったらしい。

 

水柱が派手に上がる磯を前に、見事に広がるサラシ!

(サラシとは大波で出きる磯際の白い泡のベールのこと)

心の中ではサラシが勝利してい、

もう既に釣る体勢だったのだけれど、

ここで磯投げ5.2メートルのインターライン竿が登場!

もちろん、リールはレバーブレーキのテクニウム

 

妙にやる気は十分!

13フィート相当では短くてやってられないけど、

食い気のある魚がいそうな事は膚で感じている。

  

朝飯の後でだいぶ時間を取られて10時も近い、

でも、十分に広がったサラシと

動いている潮が日の高さを感じさせないのである。

ここは太平洋の真ん中、大東島なのだ。

 

思いのほか当たりはなくて、

一時間以上粘り、もう帰ろうかと後三投と思ったとき

当たった!

根に回ろうとするので糸を止めていたせいか、

思いのほか魚が走りつづけ、

右のハエ根に乗り上げてしまった。

どうも、右から潮が来ているらしい。

程なくバレてしまった。

 

姿を見る事ことなくバレたのはカナリ悔しい。

 

気を取り直して数投すると今度は

「ががんっ」

とさっきとは全然違うサイズの当たりが

竿を引ったくる!

 

先ほどのとは重さが全然違う!大き目だ!

といっても取れない大きさではない事を

直感していたのが不思議。

 

ただし、

この強烈なサラシからこの魚を上げる手が無い!!!

竿が長いので引きが強くて立っていられない。

最初はしゃがみこんでいたが、

激しい水柱とは関係なく、渾身の力で右からの潮にのぼって

危険な右へと泳ぎ去ろうとする。

 

水柱が出現しない事を祈りつつ、

ゆるゆると中腰で竿をためながら、

泳ぐ魚についていくしかない。

 

ふと見ると前には小さな磯の切れ込みがあり、

そこに波が乗り上げて湧き上がってくる。

ヒラスズキでもこういうところに魚を導くけど、

ちょっと切れ込みが小さく、潮の動きが読みにくい。

しかも浮かんできた相手は又してもカスミアジ。

波の複雑で強烈な抵抗を受けて、

切れ込みに入れてもまた戻っていく。

水面が3メートル以上も簡単に上下してしまうので、

それに合わせてロッドをため直す。

 

何度か繰り返し、こちらも渾身の力で

ついに磯の上へ魚をずり上げたというか

波と一緒に放り上げた。

 

次の波が来る前に魚を避難させなければ、

元の木阿弥だから、焦って糸をつかみに行き

糸を取った瞬間

「パシッ」

と乾いた音がして竿先がプラプラしていても

それどころではない、魚が先だ!!!

引き上げ終わった瞬間、ブツっとリーダーが

ルアーの付け根で切れて、実に危なかった。

大きい、今までのヒラアジでは2番目に大きい。

計ると69センチ。

夢の数十キロのヒラアジには遠いけれど、

この仕掛けでは限界だと思える取り込みだったと思う。

レバーブレーキのリールも糸を出したり止めたりが

本当にしやすく、やり取りした満足感もイイ。

竿は折れたけれど、それなりにスガスガしい気分だった。

この表情からもスガスガしさが分かっていただけるだろう......

 

夕食はカスミアジ、4.5キロのアラと、この6キロの身が煮付けで出た。

多分臭みが強かったんだろう。

それに、質の良いサワラが入荷していた事も

忘れてはいけない。

刺し身ばかりが料理ではない。

料理はバランスが大切。 

 

でも油がホトンドないヘルシーな煮付けに

感動する人と、普通に食べる人、残す人

さまざまであった。

確かに、しっとりとしていても脂味がないのは

かなりさびしかったが、

残されて山になった煮付けがもっとさびしかった。

 漁師は魚が少なくなったと言うが、

残せるほど豊かな時代である.......

でも去年は見あたらなかった真子がたっぷり入っていて

この煮付けはかなりいけた。

腹を割かずに持って帰って良かったかも。

 

そうそう、料理長のトッテオキである

サワラの血合いはとてもウマかった。

そうかぁ血合いかぁ知らなかった。

 

もちろん、客に出せるほどの量はないのだ。

こっそり自分ちで晩酌の肴のはずだったが、

ぼくの前でふとしゃべってしまったのが

運の尽きである。

そこにはナゼかモズ男もおり、

思わぬ二人前の供出を強いられてのだった。

 


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