南の島にしてこの味


 

●お刺し身に満ちた疑惑●

 

すっかり暮れてしまった夕闇の中を帰り普通の車に乗り換え、

宿へ帰って早速さばきにかかる、ではなくて

玄関先の記念撮影大会!

 

改めてみると、やや大きく見えてきた。

でも、同じく戻ってくる客の中には鋭く見抜き、

それ、毒があるんだろ?なんて言う人が結構いる。

この反応からして、ウチナーンチュ(沖縄の人)には恐るべき魚らしい。

 

それでも社長は上機嫌で、この島では高級魚だと主張する。

とりあえず、社長がぼくのカメラを使って撮ったとき、

下へ向きすぎていることは分かっていたが、

普段カメラを使っているプロ?ことタダの旅行者Kがいるので

安心していた。

案の定、社長のカットは肝心の顔が切れちょる。

やれやれ。

まあ、Kが撮ってくれて良かった。

でも出来あがってくるまで心配は心配。

(横浜に帰ってからワザワザ送ってくれたのだ)

  

(撮れてて良かった・・・)

さて、ようやくさばきの時。

玄関前の水道端で大きなマナ板を地ベタにセッティングして

大きな2センチもある鱗からとり、あたりに撒き散らした後、

分厚い出刃包丁を頭上から振り下ろして骨を断つ!

太い背骨だ、今までに見たこともない太い骨だ。

社長はそれでも構わずさばき続ける。

夕食時間限界の8時をまわっているので、館長がやってきて

飯をすすめてくれる、社長は夕食で食べようといい、

尚も包丁を振るって裁ききったのだった。

 

ちょうどぼくが席に着いたころ卸された身は

厨房へとやってきて、毒魚はさばかないといっていた

料理長もその社長の熱意に押されて、

「もう8時過ぎてるから、一応オフやでな、ええな」

なーんて注釈をつけつつ

刺し身にしてくれた。

もちろん、既につまんでいたりするわけで、

ちゃっかりしている。

でも、シガテラ毒はすぐには回らない!

思いのほか大きな割に脂も乗っていて硬すぎず、

しまった白味が決してワサビにも負けていない。

が、

思いのほか、ぼくの皿は少ない盛り付けはなぜだ?

社長が引き続き上機嫌でぼくの前に座り

夕食だが、持ってきた右手の皿の上には一面の刺し身が.......

これも食べなさいとすすめてくれたので

ようやく心の安らぎは得たに見えたが、

刺身の量の次には、すかさずシガテラ毒の割り切れない恐怖が

心の底に横たえていたのだった。

 

明日、弓道の試合を前に名古屋へ戻るKには

悪いがどうしても食べろとはいえなかったのだ。

コーンナに美味しくても。

 

夕食後、しばらくするとキックボクサー館長から電話があり、

祝杯を上げてくれるという。

スナック、アプローズには既に料理長が陣取っており、

こういう事には速やかに動く。

なぜか初対面のモズ研究者、Tもいたのだった。

この男はただ、モズを追ってここへきた

文字通りモズ研究命である大田区の情熱的農学博士だ。

 

しばらくシコタマ飲んで歌って、いつしか館長は

寝入りモード、ぼくもいい気分。

この際ソファのカバーが破けていたり、オネーサマ方が

かなり年上だったりすることなどご愛敬であった。

キックボクサー館長はこう見えても

必ず毎日12時には床に就く男。

したがって、飲んでいても同じであり、

どこのスナックへいっても 「シンデレラボーイ」

呼ばれており、12時が来ると寝てしまう

人気者なのであった。

 

こうして疑惑とともにやってきた新記録は

やがて12時を知らずに超え

毒の疑惑が解けたことに気づいたような気もするけれど

とりあえずその夜は安らかであった。

 

明くる朝食のとき奥さんの言うことには、

50年くらい前、大きなあかなが釣れて、

島の人々に配って食べたら当たったことがある.......」

と、言うことはこの島でも当たることはある!!!

そういう大切なことはもっと早口で言ってよこの際!

(この期に及んで、なるべく早い時期に言うためのささやかな努力のため)

た、食べる前に言おうね、そういう大切なことは。

 

でも、これで一応奥さんも島の釣り師の初心者として

認めてくれたようだった。

 


●安心の影に忍び寄る危機●

 

祭りのあとのような朝。

ご飯も美味しく、生きていて良かったとシミジミ感じ入る。

二の腕、肩、腰に少しコリがある。

すがすがしい、こんなすがすがしいコリがあったろうか???

 

今日は余裕 であり疑惑を連れてやってきた記録も、

食べられたので合格点、間違いなく自己新記録だ。

もう焦って釣りに行く必要もない。

しばらくは宿の夕食もまかなえるというもの。

 

ただ、

長竿でファイトしたので確かに引きは凄まじかったものの

前自己記録のカスミアジとどれほど違うかは

釈然としない。

 

道具を手入れして、シゲシゲと仕掛けを見直すと、

やはりリーダーのナイロン16号を超えて

手前のPE4号まで毛羽立っている。

なにより、良くぞ堪えたものだ、BBXテクニウム

レバーブレーキリールにちょっと無理を

させてしまったようだ。

いうなればこの仕掛けは、

鬼退治に駆り出された牛若丸的であり、

ちょっと無理が有りそうでもあったのだ。

 

数回の根ズレなどモノともせず、

ハリス、道糸共に健在、ただこのまま使うわけにも

いかないので、記念にとって置くことにして交換。

おおよそ

根に入っらいったん止まってしまうタイプのお魚だから

助かったのだろう。

突っ走りつづけるヒラアジではこうは行かないと思う。

 

気がつくと足が妙に痛い、

あちこち赤くなっているけれど、見たこともない

傷?だった。

傷口はなく、赤くなり、皮もむけていないのに痛い。

 

どうもアドベンチャーサンダルでぬれたままの足を

何時間も靴につっこんで歩き回ると

柔らかくなった皮膚が役に立たなくなり、

ちょっとしたコスレで炎症を起こすらしい。

 

でもこの状態に改善の余地はなかった。

仕方なく我慢することにして、

違う事を考える事にした。

人魚姫が地上を歩く苦しみが

スコーシ分かったような違うような.......

ほのぼのとした痛みでもあった。

 

痛みはさて置き、今日もまたあの無茶苦茶な引きを

味わわなくてはならないかと思うと

気が重いけれど社長からは新たなポイントを

教えてもらったというか教えられたので、

行ってみる事に。

 

昨日の海よりは多少凪いできている。

島の西の磯で部長釣り場から500メートルほど

しか離れていない。

「フルミナミ」といっていたが、

下りてみるとこれがすごい。

足元から数メートルのハエ根が水平に板状に伸び、

その向こうがいきなり10メートル以上落ちている。

 

「コリャー寄せただけで切られるわ」

この島ではありがちな事だが、ハエ根は一様に伸びていて

一部隙間から深場が垣間見えるのである。

うねりの寄せたり返したりするリズムや動き方、

波の盛り上がり方、不自然な潮の動きなんかから

海底の形を一応推測するけれど、投げてみないと始まらない。

夕方出直そうと、昼は引き返した。

 

正直やりたくないポイントであったが、

義理堅い性格が危機を引き寄せつつあった。

 

改めて夕方は気合を入れ直してフルミナミへ直行。

着いてみると満ち潮のためか、磯際に水柱が立ち始めている。

 とりあえずバイクのシートの下の道具を用意し始めた、

しかし、気が向かない事もあって、途中で手を止めて

「やっぱり、部長へいこっか」

といって、自分に言い聞かせて、

蓋になっているシートを閉めよう思い

ヘルメットを収納するシートを下ろす。

「カチン」と軽やかで妙に響く音がした瞬間

非情にいやな思いが心に広がったのだ

まさか、

と思ったが遅かった、

「いつかはやると思っていたが、

        今やるとは思わなかった」

 そう、バイクで鍵をインロックしちゃったのである。

「どげんしょーどげんしょー」

心が叫んでいた。

 

あたりを捜しても鍵は落ちていないし、

シートの隙間から手を入れようにも

狭すぎて苦しすぎる。

ひとしきりがんばったけれど、致し方ない。

「神様、俺何か悪いことしたかなー」

そう、空に向かって言ったように思う。

 

竿だけはあるのでそれを持ってトボトボと歩き出した。

あの中にはリールが2個とも、

それにヨリによって財布もフル装備されていて、

こんな事絶対人には言えないと

歩きながら色々考える時間は十分あった。

時間は十分にあったが20数分ほどで宿へ辿り着く。

宿では夕食が始まっていて館長は板前「風」モードへ

突入していたので、やむなく食堂で告白したのだった。

 

しばらくして、食堂が一しきりするとフロントで

鍵を探してくれたけれど、明らかにこれじゃない気がする

でもレンタバイクは2台のはずだが、

これ一本しかないのであった。

 

館長はシラフのお客さんに頼んで現場へ送ってくれるよう

段取りしてくれたのだったが、

鍵への疑惑は覚めぬまま。

すみませんを連発しつつ現場へ行き、

祈るような気持ちで鍵を回した!

「ぐぎぎっ」

きしむ音がして、鍵が回らない!

何度やっても、シートの方もエンジンを掛ける方も

全然回らない!!!

「やっぱちゃうやんけぇぇぇぇっ」

心の叫びは、暮れなずむ大東の草原に

誰にも聞いてもらえる事もなく、

空しく吸い込まれていったのだった。

  

またしてもトボトボと帰るしかなかった........

長男のこの俺が、太平洋の真ん中で

こんな失敗しちまうなんて.......

こうして長男の自尊心は音を立てて崩れつつ

癒し様のない傷を一生引ずる事となってしまった一幕である。

 

昨日のあかなは今日は皆様に食べていただいている。

オツユが異常に美味しい!!!

肉は長めに火を通しているのに筋っぽくない、

赤ダシに浮いている油がキラキラとマイルド。

何よりすごいのは4ミリ近くあるゼラチン質の皮!

これがアルとナシとでは大違い、このグリグリとした

歯ごたえとしっとりとした白身の組み合わせ。

もう、いう事はありません........

 

とっておきのデッカイ目のところをススっているうちに、

まあいいか、という事になり、

明日は館長と「美しく鍵を破壊する」ことにした

そのあと、

なぜか明日は入る船の荷役もする事になっていた。

逆らったらリールも財布もルアーも

戻ってこない.......

 

この試練さえ乗り切れば、きっと戻ってくる!

そう信じて部屋で横になっているところへ

電話が!

館長が明日の荷役に備えてしっかり寝るために

12時まで一杯やりにいこうという。

いつしか12時のはずが1時を回っていよう事は

皆さんもたやすくお察しの事だろう。

 

大東丸は7時ごろ入港(正確には接岸)する。

このため6時半には起きなくてはならない。

しかも船にはお客さんが乗ってきており、

爽やかな面持ちで出迎える事が大切なのだが、

「おはようさん」といった館長の顔は

思ったとおりボセボセだった........

 

西港ではもうクレーンが動いており、

活気にあふれた朝を迎えていた。

これがウワサの「名物、吊るされ上陸」風景か!

思ったより揺れていないので楽しそうだ。

カゴの中に居るときは、手も足も出ない状況で、

この後このカゴで手荷物を陸揚げする。

荷物も人も皆平等な上陸風景であった。

もし20世紀末に奴隷制度があったら、

こんな光景があったかも知れん、と思った。

 

客を宿においてきたら今度こそ本当の荷役だ!

伝票をチェックしつつコンテナから

「吉里会館」の札のある荷物を選り出す、

といった生半可なものではなくて、

コンテナの中の荷を少しづつ外に出しつつ、

身体の入るスペースを作りながら、

渾身の力で自分の荷をホジクリ出していくのだ。

雑誌や、宅急便、旅行かばん、缶ジュース、

お菓子類、フクシン漬の一斗缶、お米、何でもありだ。

この時こそ、このキックボクサー館長の出番だった。

小さ目の体躯に溢れるパワー!

隙間から大きな荷物を運び出す

「アリさん」的働きっぷりに感心した。

 

この人は毎週これを続けているし、

飯は朝夕二回しか食べない。

恐れ入りました。

 

恐れ入ってばかりも入られず、今度は荷分け。

カンガルーとクロネコはこの島に届く事が分かった。

だが、

宅急便と思われた箱を開けると

クロネコメールなる、宅急便扱いのカタログみたいなのが

入った子袋がザクザク出てきてマイッタ。

これを全部配達するのかぁ........

いよいよ、フルミナミの財布やリールが

遠くなっていくイメージが頭を埋め尽くしたのであった。

 

表札のないこの島では配達は結構大変。

時には留守宅の中にお邪魔して名前を探し出すらしい。

ヒトクギリしてようやくバイク破壊に赴くことになった。

 

が、二人の力を持ってしても

案の定壊れるような代物ではなかった。

 

「元キックボクサー横浜のデザイナー」

この男2名で「だめやぁ」なんてことは

絶対に言わないのである。

 

やっぱり、シートの隙間をこじ開ける事にし、

館長に金槌の柄で目いっぱいシートをメクリ上げてもらい

脇の隙間から、中のものを一つづつ出すことにした。

手で探しまわるより、中身を一つでも少なくしたほうが

確実に鍵は見つかる方向にあるからだ。

 

荷役の後でありながら、

至って堅実かつ冷静に判断できたのは

やはりきっと長男であったためだろう。

 

まだ館長には宅急便がだいぶ残っている事も

冷静さを呼んでくれた。

こんな事で、無だな時間と力を使わせられん!!!

 

  長男で、よかったかも..........

 心も前向きであった。

 

ルアーを3、4本出したとき

一緒に鍵が出てきた!!!

「よかったぁー」

館長の顔は緩んでいるようでもあり、

疲れているようでも、

あきれているようでもあったが、

この際、秘密である財布や釣り具が

全部我が手に戻ったので、全然構わないのである。

 


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