記録魚とトラクターの出撃


 

●楽しむどころでは●

 

やにわにとてつもない引きに襲われて、

オカズサイズ(1キロ前後)どころではないお魚だ!

と言うことくらいは理解できたけれど、

これまでにない地力と根に入りつつ沖へと走る

独特の習性だった。

「こいつはヒラアジとちょっとチャウデぇ」

とつぶやきつつ、竿をようやく腹に当て支えたものの

本当は見たかったレバーブレーキリールの

反転して糸をスムースに出す姿を、手元を、

それすら見る余裕がない。

 

これまで、こんなに糸を出された事など経験してなかった。

こらえるのが精一杯で

数秒の間、どうにも糸を出さざるを得ないほど

突っ込まれてしまったのだ。

 

案の定「よし!止まった」と思ったらの中。

糸が根ズレて動かない、どうしよー、

思うどころか「待っていれば自分から動き出すはずだ」

などと半分は細仕掛けのためアキラメのお陰か?

脳みそは案外と冷静であった。

 

理由は、

この仕掛けは初めて使うから勘も働かない。

糸はPE4号、ハリスは16号。

インターラインを考えて細仕掛け(これでも)だったから

アキラメというより開き直り。

その上、

根に持っていかれながら、長竿のせいか引きの力に堪えかねて

いつしか磯の上にシャガミ込んでいたのだった。

「こんなの来るんだったら早く言ってよぉ」

と両手で竿を立てながら、思わず叫んでいたものだ。

頼むから鈎から外れてほしい、そんな気にもなる相手だった。

 

シマノのレバーブレーキは中指で操作する。

竿を支える主力の指でありながら、

それを緩めてドラグ代わりに操作しなくてはならない。

(剣道や合気道でも中指から小指にかけてが力を出すのだ)

体が持っていかれそうな相手に、力を抜いて糸を出す操作が

いかに難しいか、いかに危険かが一瞬で悟られたことが

幸いであったのか?どうか。

 

完全に根を回っているのか、竿を引いても動かない。

でも、何かしないと自分のペースと言うか、

イニシアティブがないではないか。

たかが?魚に大の大人が主導権を取られてたまるか!

大東まで来てんのはオマエ以上の相手を釣るためだぞ!!

と激しい想いとは裏腹に、根ズレ承知で、

そーっとジワーっと引きずる。

すると、

やっぱり!なぜ自分でそう分かっていたのか?なんて

この際問題ではなかったわけで、

ぐぐぐぐぐっ

テンションに堪えかねて魚が磯から出始めた。

 

外れた、糸は磯から外れた。

これまた瞬間的に思ったとおりで筋書き通り。

 

しかし、テンションに堪えかねたのはこちらも同じ、

また糸を出してしまった!

 

目の前に、半月状に曲がった長い磯竿がある。

テンションがかかったまま、もし切られたら

バチンっと何かが顔に当たりそうなそんな気がする。

全身に感じる魚の重さに恐怖して

本能的に?糸を出してしまうのであった。

 

気付くとまた、根に逆戻りしてしまい、

その後もう一度同じことを繰り返してしまったその時、

 

いかん!もう我慢ならん!

貴重な、かわいいマイ仕掛けのPEラインとナイロンハリスが

傷つき根ズレにきしむイメージが頭をよぎり、

強度は40ポンド(20キロ)以上だ、もう糸はやらん!

と愛情か?ヤケになったのか

シケめの太平洋に向かって厳かに決心し、

いよいよ渾身の力で竿ごと糸のブレーキを握り締めたのだった。

 

魚がまたたび沖へ走るとんっと竿をたて始めた。

暴れる魚が、しかし着実に寄って来る。

実はこの根に入る様子から、

白味魚であろうことには妙な自信があった。

(青物は根に回ってもひたすら走りつづけるのだ)

いつぞや釣ったハマフエフキと似た反応だったから。

(ただ、それだけ)

 

それでも重い、重い。

根から離すとまた潜ろうと魚も必死なのがよく分かるが

着実にバテているのもよく分かる。

 

バテた、もう俺の力が上だぞ!

と力強く思い込むと同時に

小型リール最高の巻き上げ速度を活かして

ポンピングしてあまった糸をすばやくグレ釣り風に巻き取ると

思ったより糸を出していたことを、やっと思い出した。

 

何度かのポンビングの後、バテバテの相手は

ようやくその姿を厄介な足元のサラシの中 に現した!

 

「なんやぁもぉー、やっぱお前かよー」

「感動」 ?に満ちあふれる台詞が飛び出す相手は、そう

恐れていた「あかなー」であった。

 

バラフエダイとバラハタは厄介者(毒魚)として

予備知識を習得していたのであるから、

勉強は実っていたのだ。

 しかも、前述のように地方名まで習得済みである。

最初の突っ込みは凄まじい.....本当であった。

 

勉強の成果に安心するのとは裏腹に、

波にもまれている厄介者は

大きさの割に異常に重く、高い磯から上げようがない。

サラシの中で力なく本来の世界へ帰ろうとする魚を

こちらも脱力状態で仕方なくコントロールしつつ

「どないして上げよかな」

という具合である。

 

昨年夏、大物とは言えなくても人生最大魚の

カスミアジ6.4キロを上げるとき、

6メートルの玉の柄につけたギャフが伸びず

非情な目に逢い、正直使いたくなかったが、

シケが打ち付ける下まで下りるには両手が必要で、

おおよそこれまでにない重い魚を付けたまま

この磯を下りられないことは、マイポイントゆえに明白であり、

しかし意に反してキッチリ鈎掛かりしていることもショックだった。

 

糸を切る以外放してやれない、切れば貴重なルアーが無くなる。

大東は飛行機に重量制限があり、最小限の装備である。

 

「ギャフ(大きな鈎)を.....使おっか」とため息とともに

つぶやいて伸ばしてみると、

高磯であるにも関わらず途中で引っかかってしまったのは、

不本意とは言え予想通りの出来事であった・・・。

(水平に近い角度ならいざ知らずかなり倒した状態なのに)

 

これが掛けられんかったら憧れのヒラスズキは取れん!

と思いつつも、サラシの中の魚は大きいのに掛けにくい。

そう、6メートルの玉の柄は重く、サラシはその先端に

想像以上の力を尽くしてくれるのであり、

大自然の力のホンの一部でも人間は非常に苦労することが

身をもって感じられる瞬間であった。

 

そのうち、本能からか魚が引き波で沖へ流れる時に

その力を利用して掛けることを思い付いた瞬間、

もう掛けていた。

のだけれど、

寄せ波が深々と貫通したギャフを

さりげなく外してみせた時は

流石に打つ手を失い、玉の柄ギャフを放り出して、

しばらく呆然と立ち尽くした。

  

次にすぐ体勢を立て直すには、

あまりにも6メートルの玉の柄は重く、抵抗も大きかったので

腕が限界を迎えそうなのだ。

 

引き波で掛けたら、寄せ波が来る前に糸をフリーにして

竿をこの険しい磯のどこかに置いて、

両手で波より速く重い魚を手繰らなくてはならない!

 

実感として、直感的かつ瞬時に対策は立てられた。

仕事ではありえない的確な野生的判断のような気がする。

 

そんなこと、できるはずがない.......

 

そんなことは、これまでやったこともないし、

サラシの中で数分間、魚を支えつづけた右腕は

リールのブレーキと魚の重さで力尽きつつある。

 

雨模様なのに青く美しく、島一つ目に入らない厳しい海が

とても心に切ないひとときであった。

 

しばらく海を見つめていた。

しかし、まだ魚はそこにある!

他に道はないと思われた瞬間、

どうしても上げなくてはいけないんだ!!!

そんな思いが心の底から湧いてきて、

バテた右手から、竿を左手に持ち替えていたのだ。

これは、もはやリールの巻けない体勢、

左手巻きのリールを放棄ししたことになる。

 

確かに右手は限界に達していたが、

持ち替えたとは言っても6メートルの玉の柄ギャフを操作しなくては

ならない事実も重くのしかかっている。

 

ああ、なんて長い描写なんだこの一匹の魚のために。

 

ギャフが遠い魚に届きそうにない。

持ち替えたせいもあるが、糸を巻き取り過ぎだった。

しかし、出したら最後、巻き取れない!

決心に満ち満ちた心の判断は速く、もう糸を出していた。

取らなくては終われないのだ!この勝負は。

 

どうしたって根ズレたはずのこの細ハリスを持って

引きずり上げられる魚ではないことは

腕に伝わる重みで十二分に分かりきっている。

 

何度か魚が手前に来るまで波を空振りするギャフ

空振りとは言え波だけでも重い。

 

今だ、と思ったとき、魚の沖側にギャフは添えられたのだ。

二度目のギャフは掛かり、引き波の重さが加わる!

「そうや!」

リールをフリーにして竿を放り出し

(道具が大事なのか、意に反してキチンと置いてあった)

今度は両手で思い切り素早く柄を手繰った

までは良かったが、

今度は引き波で水位が下がると魚が宙づりになりかける。

 

ずしっ

と重みが伝わると同時に磯の端に柄が当たり

下に魚がぶら下がると「高級」磯玉の柄が折れそうである。

ギャフが掛かれば安心ではなかったんだ!

 

慌てて柄を立てて磯から離そうとするが

そうこうするうち、次の波がもうやってきたところで

なんとか重い魚体を、ズリ上げたのだった。

(すり鉢状の血の池バスタブ風のマイポイントであり、波がなければ、この薄い岩が足場となる)

 

磯に横たえたその魚体は

大自然の中では小さく見え、

慎重に見ると意外に大きく重さだけのことはある。

 

それにつけても腹が痛い。

 腹当てと言ってもフジ工業のギンバルキャップ、小さ目だ。

ファイト中に竿を支えていた腹筋が

ようやく痛みを主張する余裕が与えられたのである。

 

興奮に任せて痛みをこらえ、とりあえず写真を撮り、

重さを計ると10キロのバネ計りの限界を少し超えている。

これは?と思って巻尺をあて、シュルルっとのばすと

「ありゃ」

ま、またしても80センチに届かない!

これではまた日本酒一升瓶禁酒状態が

解禁にならないではないか、もぉー。

(規定サイズを超えない場合、体のためもあって一升瓶を買わないのだ)

 

この重さなのにどんなに計っても78センチ。

やーれやれ。

毒魚の上にこのシウチとは、とほほほほほっ......

 

夕暮れまではしばらくあるので、

もう一匹本命を、ヒラアジを釣ろうと

腹筋の回復を待つこと30分、写真をみて分かるように

18時30分を裕にまわってしまい、日没は7時前である。

 

腹筋は痛くてもう無理だ。

「帰って食べられるか聞いてこようかぁ」

西向きの太平洋に向かって自分に言い聞かせるように大声で独り言。

 

10分以上頭を海水に浸けていなかったのに

ずいぶん元気な魚である。

ロープを通して潮だまりに放すと十分体力が有り余っていた。

 

そこへざざざざっぱぁーん

波が打ち寄せて、魚をさらおうとする。

 

急がねば!急がないと魚が!

期待と不安を胸に宿へ急ぐ原付があった。

 


●天の声、ついでに天の助け●

 

宿へ帰り、裏手から厨房へ直行し、

料理長を訪ねると「今日は早あがりやぁ」と

キックボクサー館長がいう。

人が大変なのにこれは冗談だった!

料理長が顔を出したとたんに、

「あかなー、バラフエダイ、この島のバラフエダイ食べられるっ?」

「いやーわからんわ、地元の人にきかんとわからんわ」

「社長か奥さんにきいてみ、プレハブがその先にあるから」

と言う。

おあずけ気分を引きずって、プレハブを訪ねる。

実は旧館は元社長宅でもあり、今度のホテル建造で

消滅する運命なのでプレハブに待避しているのだ。

 

バイクを止め、ここかなーなどと思いつつ、

「ごめんくださーい」と叫んでみると

「あら、山田さん、どうしたの?」と

奥さんが出てきて一安心。

 

「すいません、ここのあかなー、あかなーって食べれます?!」

 奥さん:「なに?釣れたの?あかな?大丈夫、ここのは食べれる」

「食べられる、食えるんですねぇ、よかったあぁー.....」

この時の言葉が、どれほど心に染みたことか、

ほっとした........不安が一気に安堵へ。

本で読んだのと違い、ここでは「あかな」と語尾を伸ばさない。

でも今度は取りに行かなくてはならない。

奥さん:「大きいの?」

「それほどでもないけど、10キロくらい」

奥さん:「(大きいと言う意味の言葉があったが記憶なし)」

奥さんは見かけによらず?とても立派な釣り師で、

趣味の領域を超えた釣果を毎回上げることで

人知れず宿の夕食をにぎわせる。

港に座って半日足らずで50リットルのクーラー2個を満杯程度は

日常茶飯事な人であったのだ。

それもサビキで3キロクラスのツムブリを楽にあしらうのだ。

(ツムブリはヒラマサ以上の高速ランナーだとも言われる)

 

その奥さんのお墨付きがいただけたのだった。

 

「じゃあ、とりに行ってきまーす」

 

社長の奥さんの声と

黄昏が心にやさしく、バイクを駆る身体が

少しだるく感じつつ、少し元気になった。

 

厨房に帰って魚を磯へ取りに行くことを宣言し

エンジンを掛けるとクラクションが鳴る。

「乗って!とりに行きましょう」

アフロヘアに近い社長が軽のワンボックスで

声をかけてくれていた。

 


●夕暮れに相乗り●

 

奥さんとのやり取りの一部始終を

黄昏のプレハブの茶の間で聞いていた吉里社長が

事態を重く見て駆けつけてきてくれたのだった。

 

感無量である、ただの釣り客、

ただの10キロの魚にこれほどまでに

してもらえるとは....

 

大東において10キロは決して大きくはない、

それでもわざわざ、であった。

  

車中、訪ねると「あかな」は「がーら」とは

比べ物にならない程の高級魚。

大きさも10キロなら、この頃では大きい方だと言うのだ。

 

魚の図鑑などで「ふつうは食べない」と記載され

とても悪役風なこの魚が高級魚といわれても

にわかには納得できない、それが本心。

 

寿司ねたにもなるし、オツユが美味しいというのだが、

ぼくの釣ったヒラアジは寿司ねたにしようなんて言わない社長が

そういうからには、かなりのものだとうかがえる。

この社長は、普段は寿司も握る達人である。

 

今はホテル建造のために、なぜか寿司屋は休業中だ。

  

現場の手前、舗装道路から磯へ下りる険しい赤土の小道を見て

「トラクターにしょーか?、そうしよーよ」

と妙に優しいヤマトグチで社長が申し出てくれる。

歳はぼくのオヤジとそう変わらない。オフクロと同世代かもしれない。

 

目を見ると、口調と反比例して確かに意志は固そうであり、

お任せして近くの吉里家のキビ畑へ。

 

この島の大型トラクターは本土の比ではない。

アメリカ風の大きなトラクターがトレンドなのだ。

畑仕事用ばかりか時折釣場に下りるのに使う人がいて驚かされる。

四駆より走破性が高いのは見ただけで分かる。

 

一人乗りのトラクターに相乗りするのは

想像以上に過酷であり、実のところサスペンションなどなし

泥よけもなしで、つかまるところもロクにないまま

「しっかりつかまってて下さいねぇ、揺れますから」

と、畑を横切りつつ既に揺れている状態で

力強く注意を促してくれる社長であった。

 

揺れる、というより、地面の凹凸にブン回される感じ。

エンジン音もすごいのだけれど、

拷問に近い状態で大車輪に巻き込まれそうに

運転席の横に辛うじてくっついている僕は

「なして、釣りでこげん事しちょるんじゃろ」

と雨上がりの黄昏の空を見つつ、心に「?」が舞い飛んでいた。

 

しばらく轟音と森林の悪路を走りぬけ

目の前の枝を手で払いのけたり、体で避けながらいると

磯のすぐ手前まで車を着けてくれていた。

 

何かの役にと軽の荷台から持ってきた軍手と

畑に落ちていた太いロープのきれっぱしを携えて

社長と磯に下りる。

 

流石に7時を裕に回って薄暗く、磯を歩く限界の明るさ。

この島に来て長い社長、警察官は下り方が分からないといったが

社長は毎日通うぼくより、サンダル履きながら軽やかな足取りである。

 

社長は上の方で待ち、よたよた、様々な疲れを伴った足で

僕は磯を下り、潮だまりを見ると

良かった!まだ波に流されず魚が居る!

両手で丸を作ってサイン出しし、魚を上げる。

 

もうすっかり回復したのだろう、ピチピチと

ロープで宙づりにすると、すごい暴れ様だ。

 

何とか担ぎ上げて社長のところまで行くけれど、

横浜の上州屋で買った持参のロープは食い込んで

肩がもたない。

畑のキレッ端ロープをもらって掛けるととても楽。

でもエラを通して掛けるとき、

甲殻類を食べる魚独特の喉の歯が、特に鋭くて

軍手の上からなのにウッカリ薬指が切られていた。

できることなら手を入れたくない口である。

(魚には種によって獲物を逃さないための咽頭歯、喉の歯があるのだ)

 

もちろん前から手を入れれば指は一たまりもない。

あくまでもエラから通しましょう。

(良い子は、決してマネしないように)

(歯もすごいがピンぼけ、リアフックは磯にかかったのか伸び切っている)

時々トラクターの後ろへ

無造作にぶら下げた魚を気にしつつ、

トラクターのエンジン音に負けない大声で二人は話しつつ、

暮れなずむキビ畑の帰り道を辿ったのであった。

 


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