やにわに毒魚


 ●湿度は100%でも●

瞬間的な雨上がりではあるものの

雨上がりは雨上がり。

しかし、湿度は想像を超えてい、

バイクのシートは雨でなく露でびしょびしょ、

空気中に満ち満ちた水分がわずかな温度低下で

水滴となって出現しているのだった。

霧と言うよりは高原で味わう雲の中

と言った気分。

(クモの巣も水滴で見やすさ倍増である)

  

海は穏やかで、マイポイントの部長釣場では

サラシもなく、おまけに魚の気配もなし。

 

この島の釣り場は直球な名付け方だけど、

どうもそこで死んだ人の名もあるらしく、

ここは巡査部長が亡くなったらしい....

 

でもサラリーマンには馴染みやすい名だ。

 

やるかたなく、かえって朝食をとり、

ロビーでぼんやりと関東直送になった

テレビ放送を見入ってしまう。

 

衛星放送しかなかったのに、

よりによっていつも見ているプログラムとは

なんともはや。

 

観光資源が少なすぎるから

大東にきた人は往々にして行くところを失い、

こうしてロビーでテレビを見ることがあるものである。

時折ぼくも参加するのだ。

 

フロントにいるキックボクサー館長から、

「かっぱでもきて釣りに行けばいいんじゃあない?」

とヤマトグチで追い立てられて仕方なく北港へ。

仕方ない気分のせいか、ジグをあえなく2本失い

気分が落ち込んでしまって、調子は最悪。

 

かえってお洗濯をすることにし、

ここの生活は夜は12時前後で朝は5時前起き、

仕事のストレスは解消できても、寝不足は加速してしまう。

 したがって、午後はウトウトで過ごすことに決定しまった。


 ●決意の対決、本物の巡査部長?●

 

ウトウトいい気分で横になっていると

ドアをたたく音が。

 

旅先でそれほど人が尋ねてくるのは珍しい。

(特に独りが好きなぼくは究極的に珍しい)

すると、「タダの観光客」のKが部屋にやってきて、

「夕方は行かないんですか?」と

釣りのことも判らないくせに一丁前に言うではないか!

 

「え?、あ、行く、行くよもちろん」

眠くてだるい、その上雨模様なのに、

悔しいのでボチボチ仕掛けを作って、かっぱを着込み

またしてもマイポイント部長釣場へと向かった。

雨で活動できないが、明日は弓道の試合のため

2度と来られないかもしれない

島を離れなくてはならないKの言い分も

何となくわかる気がするのだ。

 

例のごとく、

原付で森の中のキツイわだちを乗越えて磯へ辿り着くと

どうやってこのダートを乗越えたのか、

4駆でもないカローラ2のような

南大東唯一のPC(警察用語でパトカーの意)

が磯に来ているではないか!!!

 

一瞬、木のかげに隠れて様子を見たものの、

一向動く様子もなく海を見つめる警察官が

磯の前に立ちふさがっていた。

 

いつまでもこうしていると時合いがきてしまう!

思い切って「対決」

することに。

 

おおよそ、このような場合は

「この磯に独りで来ては危険だ!」とかいって

きっと追い返すのだろうと思ったから、

あえてオーソドックスに、気軽を装いつつ

「こんにちはーっす」

と切り出すことで、瞬時に均衡は崩れ去った。

初対面によくある、すこし気難しい笑いが

「しまった!やっぱり危険と言うつもりだ!帰らす気だ!」

と、さとらせたけれど、太平洋を目の前に、

後には決して一歩足りとも引くわけには行かない。

 

きた!ここでは釣りは危険!やっぱり!

と思った瞬間

「何が釣れるんですかぁ?」

という回答が寄せられたのだった。

 

あっという間に頭は切り替わりながら、

なして地元の人に内地の僕がポイントを教えにゃならんの???

という疑問に心を埋め尽くされつつ、

「そうですねー....」なんて体制に入っていたのだ。

 

「がーら」や「あかなー」が出ますよ。

  

もう釣り人同士モードにスッカリ突入してい、

どうやら話しに聞く新任の駐在さんらしい。

こともあろうに、島の人が知らない、マイ釣果に基づいた

秘密のポイントまでしっかり教えてしまったのだ。

やれやれ、お人好しな自分に苦笑い。

 

で、教えるだけではつまらないので質問、

「ここのあかなーは食べられるんですか?」

と。

(あかなー=バラフエダイのこと)

 

ここでは食中毒の話もないので食べられるのでは?

といった趣旨の曖昧な返事がヤケに気になりつつ、

「こんな時って来たりするんだよなー」

とイヤーァな予感が心によぎったのだった。

 


●初めての仕掛け、初めての衝撃!●

 

ついでに磯の下り方がわからないとのことで

僕の下りるところを見ていれば分かると申し出て

よりによって駐在さんの視線を背中に感じつつ

磯へ向かうという、妙な成り行きになってしまった。

 

で、仕掛けをセットすることにしたのはいいけれど、

海を見ると、かなりサラシが広がっていて

いつもの下の岩棚へと下りられない。

 

したがって、最新の磯仕掛け

「インターライン磯投げ竿+レバーブレーキリール」という

南の島には、実に似つかわしくない

せいぜい伊豆諸島向きどまりで

もちろんルアー師とも全然思えない

磯釣り風の仕度をしたのである。

 

「5.2メートルの竿は上の磯からルアーを操作でき、

レバーブレーキリールはドラグを使わないで、

過酷な磯を走りまわる魚と着実にやり取りできるため」という

コンセプトだけは至極立派かつ論理的に出来上がっていた。

スポンジグリップと竿尻の腹当てを追加しただけの

磯投げ竿とそのまんまのリール。

 

そうだ、テストしてない.....

ルアーだって

在庫が去年の夏、僕が買ったままだった横浜の釣具店サンスイで、

気に入らない色ながら買わざるをえなかった黒い背のラパラに

無理矢理イワシ風の斑点をつけたもの。

 

気分が乗らないからいいや、

サラシがあるから、この際どれでもオーケー

的な気分だったのである。

 

まあ、オカズくらいは来るだろう.......

数投したところでどん!

というか がっ!

などと形容しようのない手応え(手だけではない、体応え?)に

不意打ちされたのである。

 

ルアーって言うのは緩んだ心に衝撃が走る、

まことにもって心臓に悪い釣りでもあるのだ。

 

「心臓が口から出そうになる」という人もいる。

 


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