●3年ぶりの交通事故

  

 

台風が来たとはいえ、しぶきが舞って霞んでいるだけの状態。

なので、人々は活発に動き回るし、

風で涼しいから、なおさら何かしたい。

 

でも、飛行機はこないし、海へも行けないのだ。

 

飛行機が風雨で欠航すると次の便からキャンセル待ちで大混雑。

島を出たい人たちで空港は賑わう。

 

どうも、整理券を争奪するらしいのだが、

時折前の晩から泊まる人もあるようだ。

 

この日はキャンセル待ち二日目に突入した

本島の役人を午後便の欠航から迎えに行く。

ただキャンセル待ちだけで滞在がノビノビになる人が結構普通らしい。

 

なぐさめの声をかけてお出迎えだ。

僕はついていっただけ。

館長が誘ってくれたのだが、

館長はどうも同乗のノンべのTさんが気に入っているようで、

そのTさんが潜りたがっているので、執拗に海の様子を見に行く。

 

どうせキャンセル待ちの役人にだってすることもないので、

道連れに島を回ろうというわけだ。

 

たまたま色白細腕のガクシャ君(そんなイメージなので命名)も

暇そうなので、僕といっしょにワンボックスに乗っており、

総勢4人でのお出迎えだ。

 

階段からエントリーできる漁港、

貿易港、釣り場兼用の北港へ回ると、

カローラとトラックが事故っている。

カローラは横からトラックにブレーキなしでぶつかられてグシャグシャ。

勢いでスピンして止まったようで、トラックは地面にタイヤの跡がない。

 

急いで診療所へ行く。

吉里会館オフィシャル送迎ワンボックスの車内に緊張感が満ちている、

館長は客や知り合いがいないか気がきじゃないのだ。

 

診療所での館長の事情聴取によると

不思議にカローラの家族連れはかすり傷で、

トラックの運転手が重体らしい。

 

ともあれ、関係者ではなくて、事故った方には気の毒だが胸をなで下ろした。

 

飛行機が欠航するくらいなので

本島からの救援便もなかなか来ない。

3時間後に自衛隊のヘリが出発したらしい。

足が遅いので、片道2時間かかるが、

本島につくのは事故の7時間後、

更にそこから病院であるから、命が危ない。

 

「普通なら助かるもんも、ここでは助からんわけですわ・・・

島はイイとこですけど」

運転する館長の目が険しい。

一同離島の現実に息を飲んだ出来事であった。

もちろんこの件に関しては写真など撮ってはいない。

 

 

●ガクシャ君、ハルバル立川から何しに???

 

ヒマそうにしているガクシャ君だが、

Tさんと「何しに来たんやろーなぁ」などと

僕らも暇なので探求していたのだが、

食事の時に思いきって切り出してみた。

 

大体ここではフロントの応接セットか

食堂でのフトした会話から知り合いになる。

 

「うーん、飛行機に乗りに来たんですがー、」

 

「ふぅーん・・・・・・・・」どう答えたらいいのやら・・・

二の句がつげない。

 

ひ、飛行機に乗るっすか、それだけっすか???と叫びたいところで

やっぱり変わりモンだった!!!

暇なので、あちこち観光ポイントを回ったり、

資料館や鍾乳洞へ行っているらしい。

 

後で聞いたが、港でスコールの雨宿りしているときに、

気のいい港湾職員に車で送ってもらい、

その時に歯医者さんの交代があって送別会をやるから来い、

といわれて素直に行ったらしい。

 

飲めそうにないのに誘われるままに行ってしまい大変だったようだが、

律儀なガクシャ君らしい。

 

シケが落ち着いてきて北港へ釣りに行くからというと、

後から見に来るそうだ。

 

午前中は夜光ジグで、極小みーばい(小さくても美しいニジハタ)が来て、

これはと思い、

調子にのって珊瑚礁の底を叩くようにジギングするも、

アエナク根がかり。

うかつにもPEラインでやっていて、切るのが大変だったが、

一度ならずも二度もやってしまい、

大東は人(長男を含む)をおおらかにさせるお土地柄である。

 

 

待てど暮らせど来ない来ないと思っていたら、

自転車で夕方ようやく現われたのだが、

さすが飛行機マニアであり、

カメラは買ったばかりで、レンズがまた意味不明にデカイ!

 

「モノから入る人なのね・・・、

実にガクシャ君らしーい!、いい味出してるわー」

と心で大空へ叫びつつ、ソフトルアーに交換した。

(ソフトルアー:柔らかいミミズのようなルアー)

 

ここまで来て釣果稼ぎにソフトルアーを使うなんて、

恥ずかしい仕掛けだ・・・

などと思いつつ、

竿のアルファズームを一段たたんで短くして、底をトントン探る。

(アルファズーム:必要に応じて縮めて使える振出型の釣竿)

 

その横では、それとなくカメラのレンズを交換したり、

ブツブツ言いつつ機能を確かめながら

パシャパシャあらぬ方向へカメラを向けて撮っている姿が、

またしてもいい味である、

実に分かりやすく、見ていて楽しい奴だ。

 

聞いてもいないのに三脚を持ってきたかった、

などと言うのも分かりやすい。

 

と、当たりがあってコキミ良い小物の手応え、

見るとアオヤガラではないか、

何て恥ずかしいモノを

よりによってガクシャ君の前で釣ってしまったんだ・・・

撮るなよ、撮るんじゃないっ!ガクシャよっ!!!

 

 

でも計ると人生最長寸の104センチ。

こいつは卑怯にも尾ビレの先から更に細ーいひもが出ており、

思ったより余程に長い。

記録的にはとてもアナドリがたい長モノなのであった。

 

放流したものの実は食べれるようなので、今度は食べてみようと思う。

 

この後も足元でもう一匹少し小さめを上げ、

器用に常吉リグ仕立ての大きな太地ムツ針を食う事を確認。

(常吉リグ:ブラックバス釣りに使うの糸の途中に針を直付けした特殊な仕掛け)

あまりの恥ずかしさに、

早目の明るい夕暮れで自らピリオドをうったのである。

 

ボーズで宿に帰るとTさんが「表情でわかるわぁ」

と京都弁で迎えてくれた。

 

夜はいっしょにエイサーの練習を見に行って、

僕はウチナー(沖縄)メロディ&ビートに酔い、

彼はパシャパシャやった。

 

何でストロボを使わないのかときくと、

この今照らしている練習用の照明ライトがイイ雰囲気だから、と言う。

 

ホホーぅ、実は分かった奴ではないか、

と黙ってはいたが写真家の長男の僕はそう思った。

 

このあと、ガクシャ君というイメージ以外、

とりたてて何の印象も残すことなく、

いつしかこの上なく好きな飛行機に乗り、

本名も告げぬまま帰っていった彼であった。

 

 

●夜はスナック「じゅんこ」へ

 

さて、料理長から部屋に電話があり

「今晩ウチで飲まへん?」という。

 

このような申し出はいつでも大歓迎で、

所定の刻限にフロントで待ち構えていると、

なぜかTさんも行くというが、

彼女は「スナックやてきいたよぉ」と京都弁で語る。

 

「スナックになったんかぁ」とちょっと僕は残念になった。

お金もかかるし、ここのスナックは

オネーサマ方が、みんな若くて可愛くても子持ちだし・・・。

極く私的に落ち着かないのだ。

 

と料理長が片付けも終り、食堂方面からやって来た。

「ほないこかぁ」という号令で皆料理長に続く。

 

良く聞いてみると「スナックじゅんこ」とは

料理長宅の合言葉なのだそうで、

このとき初めてあの美人の奥さんの名を耳にしたのだ。

写真がないのが残念だが、

本人を目の前に何と言って撮影したらよいものか、

情けなや思い付かなかったのだった。

 

ともあれ、この料理長一家の家の周りでは

いつも犬がいて吠えついてくるけれど

この3匹はこの家の居候だ。

ちー、びー、むーと言う。

 

たいがいは置きざりにされた犬らしく、

数奇な運命をたどった犬達なので、

特にちーはその昔虐待をうけて、奥さん以外なつかない。

いつも生垣の茂みの奥でじっとこちらを観察している。 

 

むーは一番人なつこくて、

暑苦しい毛むくじゃらだから、むーと命名されたそうだ。

 

一番吠えまくるのがびーで、

これは料理長曰く「正しい大東犬やで」ということで、

どうやらこの島に開闢以来血筋をつなぎ、

島のことにはウルサイ犬のようだ。

 

何かにつけて気に入らないらしく、

歩き回ったり、床下を出入りしながら「ウォっ」と

ぶつぶつ吠えているが、

料理長夫婦に「こぉらっ!」とどやされているので

首をすくめて上目づかいになりながら遠慮ぎみ。

 

その他6匹の猫と餌だけ食いに来る付近の飼い猫と、

ドッグフードを食いに来るヒキガエル?が庭にいる。

遠く近く、ダイトウオオコウモリの声も聞こえるし、

今夜もエイサーの練習も聞こえてくる。

 

いつでも台風で自動的に住所変更しそうというか、

吹き飛ばされそうというか、

トタンぶきの大東にしてはシンプルなたたずまいに、

Tさんも驚いている。

 

狭い庭にガーデンテーブルがあって、縁台もある。

アウトドアと家との境界がない感覚がとても新鮮に感じる光景だ。

 

まだ、びーは納得いかないらしく

縁台の下で遠慮気味ながらブツクサいっている。

 

「館長も後でくるはずやで」と言うことだけど、

中村方式(高知県ではメンツが揃う前に宴会を始めることをこう言う)的に

先にはじめてしまうことに。

 

その前に蚊取線香をあちこちに配備することも怠らない。

セミやガはいないけれど、蚊は多いのである。

ちなみに、アルカリ性の土が体質に合わず、ハブはいない。

(以前、琉球大の先生が移植したけれど

繁殖できなんだそうな、研究とは言え何でそんなこと・・・)

 

裸電球が離島情緒というか、屋台的というか、

とてもイイ雰囲気を醸し出している。

最初のビールをやっているうちに館長が現われた。

 

みないつしか飲みモノが、泡盛「久米仙」に切り替わっている。

久米島出身の館長と、関西弁の料理長曰く、

僕の愛飲する久米仙43度はヤマトンチュウ用の

輸出向け商品らしい事も判明する。

 

もちろん肴はTさんの大好きな館長の武勇伝だ。

 

しかし今回のTは、

むーに興味が注がれていて妙にムクいぬ、むーを可愛がる。

すごーく過保護に可愛がろうとする。

 

抱っこしたり、高い高いしたり、

膝の上に座らせて話し掛けたり、慣れない待遇に

よわり果てた目線を白黒させて料理長夫妻に向けているのが、

とても健気で可愛い。

 

でも決して嫌がった風を見せまいと顔はTに向けているのだが、

目だけ買い主に向けて、横目で助けを求めている姿が痛ましい。

 

「嫌がってるがなぁ」と強めの関西弁で助け舟をだしたが、

全然受け入れる風もなく、

可愛がり的イジメは終始続けられたのだった。

 

「はよー結婚せんから、子供への愛情がヒン曲がって

こういう形現われるんやなー」と

僕も心に深く深く刻み、教訓となった。

人間の営みは心では変えたつもりでも、体は嘘をつけないのだ・・・。

 

そうこうしているうちに、ごそごそとヒキガエル?がやってきて、

ドッグフードの皿の中に入って、大胆にお食事を始めている。

館長から1メートル位しか離れていない。

 

キックボクサーの「気」もハラペコ爬虫類には通用していない。

 

こうして、すばらしい星空と裸電球のもと、デカイ声の武勇伝と、

となりの怪しげなフィリピンショーの音響とともに、

むーの悲惨な夜は、および人類の楽しいスナックじゅんこでの夜は

更けていったのである。

 

後で聞いたが館長がフラフラで、

帰りが大変だったそうだが、僕は明くる朝のため、

ちょっと早目に抜けていたのだ。

 

館長もやはり年にはかなわないらしく、

最近滅法酒に弱くなったようで、

加えて

キンツリのツアー客への応対で

今夜は格別心身ともに疲れているようだ。

しかしまあ、

ナンボ飲んでも全然酔わない「筒」的京都女Tと、

よく語り、よく飲み、良くネル館長とは

イイコンビである。

 

(筒とは「ぶん語」でザルを超越した人に冠する

「酒のみの終末的最高表現」

 なぜか当該者Tも気に入って「今度から私も使わしてもらうわぁ」といわしめた。

 納得できる表現なのかあちこちで定評があり、皆さんもご一緒にどうぞ。)

 

  

  ●ノンベの京都女「T」さんと潜りに行く 

 

全国的に日曜日で海へ繰り出す人が多いのは、この島だって世間並み。

ちょっと違うのは、天気の良い夏の休日はいつも

海辺でただ海を見つめてワイワイBBQして飲むのがこの島の特徴。

海水浴ではないのだ。

もちろん退屈したり盛り上がると、服のまま泳いでいる。

 

もちろん釣り客も一番多い日であり、

長男としては地元優先と考えて本日はゆっくりする。

 

料理長も休みとあって、夕食のメニューは不安があるものの、

素潜りに連れていってもらうことに。

 

もちろん本来スキンダイバーである京都のTさんもいっしょだ。

どちらかと言うと僕がオマケであった。

 

本当は館長も来たかったに違いないのだが、

代わりのいない、宿の重鎮であるゆえ、立場的に仕方ない。

 

美人妻じゅんこさんは天はニブツを与えなかったようで金槌らしいのだが

浮き輪に身を固めて海に出るそうで、

今回はしかし、その貴重で珍妙な?姿を目にすることができない。

 

彼女は犬達のお散歩に徹して、

自転車で潜るポイントの海軍棒までやってきたのだ。

 

海軍棒でもTは、むーを可愛がろうとするが、

今日は海に集中しているようで、あっさりと止めてしまった。

「よかったな、むー」と目を向けると、

どうも僕には奇妙な興味があるらしく、いつもつかず離れずついてくる。

 

女性には今一だが、結構犬猫には好かれるタチであり、

特に犬好きのする男と自負している感がある。

(だが、猫の方が得意だ)

 

「何が気に入らないって、あの飲んだくれた大東人の前で、

素人が何も知らんと大東の海に入って・・・」などと思われるのが嫌だと、

料理長と僕は思ったのだが、Tはそんなことは気する様子もなく

早く潜ろうという。

そう、天気のよい海軍棒では運動会で使うテントを持ち出しての

盛大なBBQ大会が展開されているのだ。

  

まだ、エントリーポイントの水深が深すぎ、

しばしTにしては珍しいアルコール抜きの飲み物と、

これまた珍しいパンをやりながら潮が引くのを待つ。

船が港に入った時だけパンがあるのだ。

 

さて、いよいよ大東人の宴のテントを横目に

外海へエントリーする。

 

1メートル位の波なのに、もまれて大変だ。

 

しかし、沖に出るともう何でもない、穏やかなものだ。

 

まずはダツの群れに遭遇、

ダツはダイバーのかざした指を食ってしまうというのを

職場の先輩から聞いていたけれど、別段怖さはなかった。

沖縄のダツとしては細くて小さかったせいもあるけれど、

それ以上に海が圧感なのだ。

 

珊瑚礁の間はイキナリ10メートル近く落ち込んでおり、

砂があるのだ。大東に砂があるとは気付かなかった。

 

そのためか少し濁りがあって、

視界が30メートル位しかない様だが、

十分すぎる視界だ。

 

海の中が明るくて、

隅々まで良く見えるので大水槽で泳いでいる様な気分、

全然恐怖心を忘れて、

「双眼鏡が欲しいなぁ」と盛んに考える。

 

はっきり見えていても素潜りで届く水深ではないから、そう思うのである。

ふと見ると1キロサイズのカスミアジがたった一匹で泳いでいて、

「これは釣れんなぁ、群れがおらんわ」と存分に落胆させてくれる。

下の岩の間にかすかに見えるのががーら(カスミアジ)。

 

 

沖縄の海にふさわしい、原色系のベラやモチノウオ、

ブダイやツノダシなどが見えず、

テングハギやニザダイ系の大きめで茶色の地味なお魚が漂っているし、

お花畑の様な珊瑚などもちろん無い。

 

遠く沖目にモンガラカワハギの群れがブルーに溶けて見える。

 

行きは良かったけれど、潮流が思ったより速くて戻りが大変だ。

足ひれを付けているのに余り進まない。

 

岸近くに戻ってくると、またしてもダツの群れが待ち受けており、

今度は包囲されてしまった。

 

更に浅場まで来ると、鮮やかなベラやツノダシがいる。

極く浅い2メートル以下の所に上がっているようである。

 

浅いところは特にそうだが、透明度が高すぎて、

いつもの重々しい水の存在をまったく感じない。

 

自分も含めて明るい透き通った三次元空間に漂っているという感じ。

 

ハナミズをずるずるやりながら、お互いの発見を感動混じりに、

あれを見た、あそこにいたなどと、もはやスッカリ気にならなくなった

宴会テントの前で叫び合ったのだった。

 

 

●釣り場にはダイバー

 

夕刻になり、

来るときにちょっとイジメタ、メガネだいばー君と、

台風の後からやって来た

日立ダイバー君が北港で潜っているようだ。

 

メガネの方はこれまで、ひたすら退屈に台風をやり過ごし、

役場あたりの草っぱらで、ひがな一日昼寝と読書をしていたようだ。

 

旅慣れているわけではないのだけれど、

僕は普段は人付き合いはクールで、

休日も釣りもほとんど一人で過ごすのが好きであるわりに、

旅の時は色々人に頼ったり仲良くなる。

 

都会から来た旅行客や、ツルんで来る人達は

自分達だけの世界の延長を旅先で展開してしまい

地元に溶け込まなくて、いかにも観光客っぽい姿が滑稽である。

 

メガネは本来だと後者に近いのだが、一人な事もあってか、

観光ポイントにも行き尽くし、

はたまたTの様に積極的に自分の世界にこもり、

部屋で終日酒を飲みまくる訳でもなく、

ガクシャ君のように写真を撮りつつ、地元の人と何気なく接するでもなく、

「ダイビングできたら、後は別に・・・」的に何もせずに

実に退屈を満喫している退屈そうな男だ。

 

日立ダイバーは非常に積極的で、ろうわ者ながら、

筆談でバリバリ自分の要求を吉里会館にぶつけ、

ベジタリアンで野菜しか食わんぞなどと、この離島で宣言し

料理長、館長に頭を抱えさせるなど、

あっと言う間に自分の地位を確立していた。

 

日立製作所に勤めるプログラマーだそうで、

体格も良く、人柄も明るいのでこちらも元気になるような奴であり、

ダイビングの腕もかなりのモノのようだと館長が教えてくれた。

 

同じダイバーで同じ羽田から来たのだが、ずいぶんと差があるもんだ。

 

彼らも僕と同じで海が穏やかになるのを待ち構えていて、

僕の行った北港で潜っているようで、

その日は加えて定期船が入港してたため、

発電用なのか燃料のドラム缶を運ぶフォークリフトがヤカマシイ。

 

釣り場も地元の釣り人に占領されていて、

しかもダイバーが入っているので大型魚はまずいない。

 

更に訳のわからん方向に延々と他力本願的に

泳がせ釣りの大物仕掛けを

波まかせに流している奴もいてサンザン・・・。

ボーズのまま早々に引き上げる。

 

いつものように玄関を入ると、

食堂の奥からTには見抜かれてしまうし、

食事に来る人も僕の釣り好きを見知っていて都度聞かれてしまい、

何度も「ダメだった」と答えるのが大変だ。

 

時には釣具も持っていないのに、

全然知らない滞在者からも釣れましたか?などと聞かれてびっくりする。

 

 

ところで

「泳がせ釣り」はどうも単純で

ただの運ダメシにしか見えないのは僕だけだろうか?

その辺で釣れた魚の背中に馬鹿でかい針をかけ、流すだけだ。

しかし、ウチナーンチュはこの手の釣りを「男の中の男の釣り」

として広く認識している。

少々のヒラアジを釣っても味とは関係無く大きさを見て「フン」てな

顔をするところが単純でカワイイオジサンが多いお土地がらなのだ。

ヤマトンチュの僕は不味い魚には用が無いのだが・・・。

でかくて不味い魚なら海外の方が旅費も安くてハルカにデカイものが釣れる。

 

男の中の男はまあ譲るとしても、

釣りというには余りにも自然マカセ運マカセで

「ロマン」のない様に思えて仕方ないのはルアー人の偏見だろうか?

どちらかというとパチンコに似ており

運が良ければストレス解消にヤリトリを楽しんで

更にお魚が売れるのであった。

 

本島から来た工事関係者の若者が、

以前熱っぽく語ってくれたのだが、

「掛けて上げる勇気より、自分の力では上がらない、自分が引き込まれる!

と思ったときは、仕掛けを切る勇気の方が大切なんですわ」と言う。

 

確かにそれは男の釣りである!と思ったが、

その日の北港にはそんな浪漫を漂わせる男はいやしなかったし

ただテキトーに大きな魚が掛かればいいや的なオヤジしか居なかったのであった。

 

夕食の最後に戻って来たダイバー達だが表情は明るい。

マンタも見れたそうで、黒潮からも遠く、派手な珊瑚もないこの島で、

他に何があるのかまだ聞いていないけれど、

世界有数の透明度(いい時は60mという、北海道の摩周湖よりも透明)

のこの海に潜れることは確かに感動だろう事は想像がつく。

 

釣り人には無縁のマンタだが、

ダイバーにはステイタス若しくは、水戸黄門のいんろう的の様で、

「マンタがビデオで撮れたで、これでもぅヒーローだがね」と語る

豊田市のご家族連れリピーター兼ダイバーオヤジから聞いたことがある。

 

自分よりデカイ生き物に海で出会ったら、

やっぱりビビるだろうなぁといつも思う。

サメがゴメンと涙ぐむような長男になりたいが、どうやったものだか・・・。

 

 

日立ダイバーは実に効率良く4泊のうち3日間、

昼/夕2本づつ潜り大喜びであった。

転じてメガネだいばーは最後の日の2本だけで帰っていったのだった。

 

人間の生き方が運命というか天候まで変えてしまうのではないか、

と思える出来事であった。

 

  

●いよいよポッパー持って、がーら釣り

 

北港が穏やかなように北側の磯も穏やかになっている、

ウネリも大分弱まったので、

昨日偵察しておいた磯「本場」へ朝飯前のお出かけ。

 

磯の名前は、島の歴史がまだ100年ないくらい浅いので、

直球なものが多い。

 

山田港、西港、北港、伊佐釣場、部長釣場、カッポレ穴、斉藤港、など、

人の名から方角、釣れる魚や、サラリーマン風まで揃っている。

 

本場はナンの本場かは分からないけれど、

切れ込んだシモリが沖まで続く珍しく浅目の

いかにもシモリ(沈んだ岩)の影から

がーらが「ドバッ」とか「がぼっ」なんて

出そうなイメージだけは十分に浮かんでくる。

久々の磯なわけで力も入ろうというもの。

 

勢い買ってしまった120グラムのミーハーなポッパーを筆頭に、

大型ロウニンアジを狙う極く当たり前の

常識的男の浪漫型馬鹿デカルアーを引っさげての釣戦だった。

 

ポッパー系は、ルアーの中でも唯一

かなり遠いところからの集魚力があるように思う。

バシャバシャとあげる下品なしぶきで

魚を興奮させるような気がするのだ。

 

重いルアーは太めの糸をモノともせず、ぶち飛んで沖合いへ消える。

 

遠くの方から例のしぶきを上げながら

こちらを目指してやってくるのだが、

ハタ目から見ると、これほど信じがたい釣り方は、

始めてやる分には人が来ると恥ずかしい。

 

「そんなん釣れなくて当然やわ、

大東クンダリでご苦労さんやなぁ、物好きハン」

という目で100パーセント見られるだろう。

 

しかし、一応魚は追ってきた。

100グラムのポッパーにしじゃー(ダツ)が水面を縫い付けるように

ジャンプしながら襲いかかる。

 

この魚だけは食い気があると

水面をイルカ的?にジャンプしながらやってくるので、

結果がすぐ目に見える、実に分かりやすい可愛い奴であるが、

見た目はいかつい。

トゲトゲの歯を持つ巨大サンマといった風貌だ。

 

何も来ないときはダツがいると希望が湧いてくるのだが、

 

釣れているときは勝手なもので、

ルアーにカッターの切り傷状の歯跡を切り付けてくるので

ウルサイ相手に早変わりする。

 

この仕掛けでは、こいつゴトキのクチバシなど敵ではない。

 

ふと下を見ると、青いヒレがスッと見えた。

60センチ位のお刺身サイズのカスミアジが

足元まで追ってくるけれどそれまで。

 

本当はこの時ミノーに素早く交換して釣ることもできるのだが、

意地汚く高価なポッパーの御利益を確かめようとしてしまったのだった。

 

この島では他の島と違い

遠投するポッパー仕掛けだけでは、通用しないのだった。

 

朝飯後もう一度来ると、磯に降りる手前で

アメリカ風大型トラクターのオヤジとハチ合わせ。

昨日の晩、社長の寿司屋で見たおっさんだ。

流石に島は世間がセメーゼと実感。

 

なんと、地元では磯に降りる手前の未舗装の斜面は

トラクターで降りていくようだ。

道理でワダチが深いはず。

 

4駆ナドという、ただ走るだけのヤワな車じゃないのだった。

 

日も高く、足元を大きめのベラ類が賑やかになってきているので、

台風もおさまったな・・・と悟る。

 

大きなミノーを上げる寸前で足元から食ったのは、

同じくらいの大きさの、みーばい?

(後日、イソゴンベと判明)

 

 

その大きな前の針をシッカリくわえる姿は、眩しいくらい勇ましい。

冷静にみると、ほとんど良形のカサゴだ。

 

 

結局この磯はあきらめて、

午後思い切って前回からブチキラレ連発の西海岸のポイント。

 

 

西側はまだサラシが十分残っていて、

シケの磯でやるヒラスズキ釣りに慣れ親しんだ僕は、

釣る気万満である。

 

大型魚はサラシの下が好きだと、

つい信じて疑わない体質が培われているのだ。

 

この磯でも波気が強くポッパーは通用しない。

 

浅いリーフ恵まれた他の浅い穏やかな沖縄の海とは違い、

スグ足元のハエ根に沿ってを回遊するがーらに、

ポッパーの出る幕ではなかったのだ。

 

ミノー(小魚型軽量ルアー)に換えて気合いが入り

強烈に速引きするけれど針にのらない。

前回はこれで食ったのに・・・。

 

ここは本来根魚のポイントとして開拓したポイント。

「料理長にフエフキの絶品というスープでも作ってもらうかぁ」

などとつぶやきつつ、疲れたのでアキラメスローリトリーブ。

リップがデカく抵抗の大きなフィンランド製ルアー、ラパラの速引きは

ずいぶん重労働なのだ。

 

しかも、

大東島では昼飯を食わない生活に切り替えているので、空きっぱら。

こうすると夕食やオリオンビールの味わいが一層増そうというものだ。

 

空きっぱらのお陰かアキラメが効いたか、何かがヒット!

その直前に小さめのフエフキ系のチェイスがあったので安心していると、

なんとカスミアジのお馴染みオカズサイズ。

 

ようやくがーらを上げて、もはや一安心してしまった。

しかし、この魚は見れば見るほど美しい、飼いたいお魚ナンバーワンだ。

死んでしまうと消えるこのハカナさが尚切ない美しさを醸し出す。

 

白身ではなく、美味しいスープのイメージが遠ざかってちょっと残念。

 

 

台風の後なので、

酸素豊富な海水がたっぷりの潮だまりを満たしているおり、

ストリンガーに掛けて放すと元気に泳ぎまくる。

実に可愛い奴なのだが、オカズになる運命は至って変わらない・・・。

 

しばらく来なくなったので、ポイントを休ませるために、

ハエ根の反対側へ回って釣る。

 

もう、夕陽は水平線の下へ潜っていった。

そろそろ急に暗くなってくるから帰ろう・・・オカズもあるし、

などと油断していると、

 

やにわに手前のサラシ、岸から2メートル位の所で

ヒラスズキ風に豪快にヒット!!!

これはスゲー引き。

 

ドラグ(リールの無理な力に対して糸を出す機構)はメリメリというか、

ギギギといった無理矢理引きずりだされる感じで出ていく。

周りは移動もできず、ハエ根にシモリにと

都合よく糸を出せる状態ではないので、

ドラグを締め込んで耐えるしかないのだ。

 

竿を両手で支え、腰でためるけれど、足元が不安定なせいか、

腰も腕もすぐにヘロヘロ。

 

この時、頭の中では

「とうとう、四万十川で逃げられた巨大スズキの引きを越えタナぁ」

などと人生を少し振り返っていたのだ。

前向きの走馬灯といったところだろうか?

 

何が何だか分からぬまま、無理して締め込んだドラグを少し弱めつつ、

やり取りしたような気がする。

 

周りは根だらけだが、今回はPE5号に30号ハリスだ。

「強度的には人類最高に近いんだから、余裕なはずじゃけん」という

いつにない安心があったので、

かなり無理していたようにも思うけど・・・

 

上州屋の半額セールでタマタマ買ったとは言え、

直径1ミリ近いバリバスの130ポンドの強力ハリスを加えて

偶然出来上がった最強仕掛けなのだ。

 

なにしろ、この人類最高テクノロジーの仕掛けを

正々堂々、真っ向からブチ切ることのできる相手が

そうそう居るはずもないのだと信じて疑わない。

 

そうこうしているうちにサラシの中に姿を見せた人生最大魚は

なんとカスミアジ。

 

またしてもカスミアジ。

 

最初の一瞬、願望が幻を見せ、憧れのロウニンアジに見えたが、

夕闇を割り引いても、どう見たってやっぱりグリーンのカスミだった。

 

さて、

上げる方法が見つからない。

サラシの度真ん中であり、

大型魚を引っ張って他へ回れるような穏やかな所もない。

 

ガッチリ針がかりしているのでココは一つハリス持って引き抜き作戦だ。

これが一番いい手ではないと思うが、

これしか思い付かなかったし、それしかないと思う。

 

長い柄のギャフ持っているけれど、

正面から押し寄せるサラシで使うのは難しいものだ。

 

大きなヨセ波に乗せて一気に竿で手繰り、その後糸をつかみに行くが、

一度は海に戻されてしまう。

パニクッていると竿の一節がカコーンと縮んでしまった・・・

こんな竿、カマッチャおれんと放りだして糸をつかんで波と共に力一杯引く。

 

「ぃよぉーっとぉ!!!」という掛け声は既にオヤジ風だ。

 

するとまたしても予期せぬ出来事が・・・

思わぬ高波にビョーンと上がった人生最大魚は、

ルアーのフックが磯にかかって、

目の前で宙ブラリンになっているのだ。

 

「やれやれ、よくまあ針が折れんかったわ」とつぶやきつつ、

カスミアジを救出というか、収穫というか回収に向かう。

 

記録は出たがしこりも残る複雑な釣果であった。

 

が、存在を感じないような透明の潮だまりに、もはや力なく横たえている、

その堂々としたブルーグリーンの体躯に、

「釣ったのだ、俺は、勝ったんだ大東で。」

という説明不能、理屈抜きの誇りがジワジワ生まれてきたのが嬉しかった。

 

 

 

僕もカスミアジもたった一回で体力を使い果たし、

もうこれ以上この磯にはいられない。

 

宵闇が着実に足元を支配しつつあった。

 

水平線に明るさを虹ませている爽やかな南国のたそがれとは裏腹に、

「どやって持って帰ろ・・・・・・」と

サラシ渦巻く荒磯にたたずむ男の姿があった。

  

 

 

とりあえず道具類は全部背負い、「こんなこともあろうかと用意」した、

一枚のお馴染みの黒いゴミ袋が一つある。

 

ストリンガーを掛けて、これを握ってゴミ袋にいれて磯を上がる。

大きめのお魚を釣った人は分かると思うが、

釣った後はしばらく震えが止まらん。

フラフラがくがくと磯を登り、

今度は山坂道を5分登らなくてはいけない。

 

ふと手が痛いので持ち替えようとすると、

ストリンガーが伸び切って役に立たなくなった。

 

袋に魚体をしっかり納め、口をくくりなおし、

しっかり両手で抱きかかえて登ることにする。

「体温であったかくなったなーこのがーら」と

口元に妙な笑みを浮かべつつ、

薄暗い森を歩く脳裏に

「やっぱり変わりモンやで俺は・・・」と

ウレシサを噛みしめていた。

 

原付の足元に獲物を乗せて帰る、夕暮れの静かなサトウキビ畑は、

永遠に続いていてもいい気分だった。

 

帰ってから、わざとシケた顔をつくって玄関を入ってみせ、

Tさんの顔と料理人姿のキックボクサー館長の視線を確認し、

モルツのマイグラスを取り出すときの「マッタ」的手付きをしてみせ、

モッタイを付けてみたものだ。

  

これはオカシイぞと、館長が食堂から出てきて、

原付から持ってきたゴミ袋からのぞく大きな尻尾に気付いて

驚きの声をあげる。

「やったなーオイ、たいしたもんや」

この島最強の男の張り上げる褒め言葉は

やっぱり心にしみた。

 

自分の最高記録を更新し、しかも夢のがーらで実現したのだから。

 

ただ、キックボクサーは「待つ」イメージのある「釣り」というものには

トンと興味が無いのである。

 

約束していたのでTさんにもガーラを食べさせなくてはと、

シャワーを浴びて食堂へ行くと、いつになく料理長が張り切っている。

 

出てきたのはオカズサイズの「がーらの姿造り」、実に誇らしい調理だ。

 

僕は誕生以来最高の満足感に酔いしれ、とても感無量のうまさだが、

体温で暖まったお刺身は普通の人には食べにくいようだ。

 

美味しいと言う顔がちょっと変、

「まあ、普通やわ、冷えてたらもうちょっとオイシそうやけど・・・」

と思っていることは明白であるが、この際そんなことはどうでもよかった。

オリオンビールもお造りも文句なし最高であった。

 

もうスッカリ恥ずかしい取り込みシーンなど吹き飛んでしまっていた。

 

大声を食堂に響かせて、釣ったときの話をするのがまた楽しい。

これまたこの際、相手がサホド興味がなくても、

一方的に語るのもまた満足だ。

 

そんな時、料理長は笑いながらこう言う、

「今夜はもー何でもゆうてー、何でもゆうてー」

 

一層喜びが心に広がっていくのを実感する、欠かせない台詞なのである。

 

肝心なときにどこ向いとるんヤ料理長。

 

明後日はもう帰らなくてはいけない・・・

あした一日、どうなりますことやら。

 

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