南崎の海は険し、日焼けは厳し


母島の南端には小富士という山があって、南崎のビーチを見下ろしている。

そこへ行くまでが面倒で、これまで出かけずにいたけれど、滞在期間の

折り返しにあたる本日、あまりにのんびりと宿に居る事が多いため、

宿のオバサンにも怪しまれつつあることもあって、思い立った。

どうも、歳のせいか、南の島のせいか、午前か午後にどこかへ行くと

滝の様に汗をかいて、タオルどころか、Tシャツまでしぼれるほど。

だから、つい一日一つのイベントしかできないのだ。

本来なら昨日の午後から行く予定であったのだが、練馬からきた

オジサンがタンレイ生を買ってきて、昼間っから飲んだので

出かけられなかったのだ。こういう島の海は結構些細な事で命を削る。

長男の用心深さによって、事故は回避されたようである。

なぜかは後程に詳しいが、とりあえず、全行程2.4キロの遊歩道、

距離は全然大した事はないが、例によって山坂道である。

今日はシュノーケリングも、山登りもこなすので、水は1.5リットル

全部は飲まないで、体や器材を多少なりとも流すためでもある。

この島はとかく歩く事が多いお土地柄であり、しかもジャングルという

我々の日常からは想像だにしない環境での日常茶飯事がこの、

目的地到達手段型ジャングルトレッキングなのだ。ただ、山のように

到達して眺めて帰るだけならいざ知らず、今回は泳ぐ。装備も服装も

ジャングル向きではなくて、海パンをはいて歩くのだから、立ち止まれば

蚊の少ない母島とて、この代謝量の多い長男において、献血天国となる。

つい、鳥がいると、ビデオを回してしまい足がボコボコ、カイカイ地獄となり

以後の行程が著しく集中力を欠いて、疲労も増大してしまうのだ。

ハシナガウグイスの幼鳥のようでもあるけれど、不明、二羽で移動中だった。

チェッチェッと舌打ちすると、なぜか遠くへ行かないでうろついているのが

実に可愛いし、大きさもスズメの半分くらいのボリュームしかない極小サイズ。

こいつの習性はお見通しで、せっかくの小鳥とのふれあいを、群れでやってきて

あちこち包囲して台無しにしてしまった。バッキャローじゃまだぁぁぁ、

といいたくなるほど図々しい好奇心だけど、憎めない。可愛いから許す。

それにしても、この遊歩道というのが、時折大雨の時の川(沢)だったり

木根がそこかしこに露出していたり、急な坂道が続くなど山以上にきつい。

それこそ、四国琴平さんの階段をも想像させるほど、坂が森の奥の静かな闇へと

延々続いているのには驚くというか、母島らしいというか、吐息と無言になる。

坂道ばかりではないが、本当に道だろうか?と不安になる気もする遊歩道だ。

上からビローンと垂れ下がった物体があったりするのがジャングル風情である。

倒木をくぐったり、湿地もあるので深く考えなければ雰囲気は楽しめる。

だが、鳴いている鳥の声はウグイスというところが、また母島情緒なのだ。

険しい道のため、たった2キロが一時間かかるというが、確かに長いながい

2キロメートルである。例によって、長袖のTシャツが汗でずぶぬれ、足は

蚊に刺されて赤いまだら状態、シュノーケリングに行くにしては過酷すぎる!

様々な分岐点をクリアしてついたのが、とりあえず海の表情を確かめようと

登った、小富士と呼ばれる、小笠原じゃなければタダのドマンジュウ型丘陵

というしかない高台に到着。高台といっても最後が急にまっすぐな上りで

頂上直前にはハシゴがあるという急峻な丘、最後の最後で試される気分になる。

 

ましかし、見晴らしは上々、折りからの太平洋高気圧の勢力増大で、今日から

暑さがグンと南洋らしくなり、じっとりとしたシツコさが出てきたので

ずいぶんとトレッキングも汗をかくものだ。

頂上では島々を抜ける風が吹き上げてきて、焼き付ける太陽光を忘れさせ

日焼け止めも塗らずに、短パンにハゲ頭で丘をカッポしまくってしまった。

ただ、太股とフクラハギの裏以外はおおむね日焼け済みなので、それほどは

気にしなくてもよろしいかと思って、大きく出たのである。

これに間違いはなかった。

断っておくけれど、右上に出ているレンズフレアは、僕の額の発したものでは

ないので、念のため、右上にはそれ以上に強い絶対光源、お日様がある。

下ではカメがミナミイスズミと泳いでいたり、カツオドリも滑空している。

 

振り返ると、オッパイマウンテンが雲を頂いており、東洋の秘境のイメージを

必要以上に醸し出しているが、秘境というからにはこうした雲は欠かせない。

さて、悠大な眺望と爽やかな風、深く青い海にいう事はないが、目指す南崎を

見ようと湾の外へ目をやった瞬間、そこには速い流れで波立っている!!!

分かり難いけれど、左の岩の下から右へ速い潮が波を作っている。

上の磯付近にも流れに沿った海面のスジができていたりもする。

この潮の流れる方向、つまり、右の丘の下に南崎があり、湾にあたっているのだ。

これだけ速いと、たとえ足ヒレがあったとしても太刀打ちできはしないから

もちろん湾からは出られないけれど、湾の中が反転流なんかで複雑な流れができ

危険を感じさせるに十分すぎる現象なのである。

偶然でも登って良かった、辺りの島々にも、あちこちに流れのヨレができていて

そこいらじゅうで急流なのが見て取れる。

とりあえずは、ビーチの前の珊瑚礁で遊びまわろう、そう決めた。

何しろ、ジャングルに体力を大分消耗したから、無理はできない体なのだ。

それにしても、いつもは食べない昼食、今日は妙に心配してくれた

宿のオバサンの差し入れてくれた年代モノで変質してる、母島らしい

カップスター味噌味を腹に入れていたから、エネルギーだけはまだある。

炭水化物はエネルギー源としては最適だ........変質が気になるけど。

それに、アルコールだって入ってない。

 

ビーチは沖合いのすさまじい流れを感じさせない、のどかな風景が広がっている。

問題はカメラで、先日も水温で結露してか動作しなくなったけれど、今日も

水温が低いとまた駄目かもしれない。せっかく正常に戻ったのに、またなるのか?

ビーチ付近では水温は高めなので安心していると、急に冷たい!

ほんの少し深い所まで出ただけで冷たすぎる!よく見ると、潮の境には

焼酎を水で割った時のような、水中のかげろうができているじゃないか!!!

で、そのあと慌てて暖かい所へ戻ってシャッターを押すと、反応なし......。

やっぱり駄目だったのだ、散々ぶつけたり衝撃を与えすぎたのか、この程度の

水温変化でダウンとは、残念だ、残念で仕方がない。

まあ、これといって大物もおらず、時には珊瑚でもと思っただけだから

これから釣るお魚の撮影までには復活してもらおうと、スイッチを切った。

とてつもなく鮮やかで度胸のあるキヌベラが美しく、印象に残っているのみ。

黒潮とは離れているので、直接はラニーニャとかエルニーニョとかは

関係ないはず、だから、この水温はひょっとすると湧昇流が強いのかもしれない。

北極から来た深層水が島にあたって上昇しているから、冷たくて当然なのだ。

あのかげろうは塩分濃度も違う事を意味しているのかもしれない。

もちろん湧昇流は極端に塩分が多く含まれているため重く深層にあるのだ。

想像力が勝手な方向に向いているかもしれないので、この辺にして

それにしても冷たすぎて、日向ぼっこがてらタカラガイ探し、しかし

風波が強いのか、大きな分厚い貝でさえ粉々になっていて、タカラガイの

形をした物すらない中、一つだけ、小さな小さなホシダカラの殻を発見

ついでにビーチグラスも集めてポケットに入れている間に日が傾いてきたので

ひとしきり水を飲んで、あまったお水は戦死者にささげて帰路についた。

帰路につく直前、向かいの山にカツオドリの巣を見つけて、つい撮影、

険しい島の斜面がとってもよく似合う鳥である。

帰りは誰かに押してもらっているかのように軽やかで、何と30分で帰り着いた。

戦死者にささげた水が効いたのだろうか???自分でも信じられないくらいに

山坂道を通りすぎ、時には上り坂を走って登る事さえあった。

 

ちょうど帰り着くとお風呂の時間17時、風呂に入って頭を洗うと、そういえば

昨日の夜から無性に頭がカユイ。思わずゴシゴシと洗うと、なんだか指に

不思議な感触があって、指に何かが付いてくる!しかもこげ茶色で

この上なくバッチげな色彩でお湯に放つと広がってジャガイモの皮風、

こ、これは日焼けの皮剥け現象!?そういえば母島フェスティバルのとき

えもいわれぬヒリヒリ感が頭を襲ったけれど、やっぱりそうだったんだ!!!

(ぼやけているが、右下がおそらく......)

お湯をくんだ洗面器に頭を入れてワシャワシャと洗うと、やっぱり出てくる

お馴染みの皮、皮、皮。でも気になるのは毛もしっかり漂っており

それでなくても大切にしなければならない頭皮にトドメを刺してしまって

もはや、嫁に来てくれる方への、枯木も山のにぎわいほども無くなるのではと

久々に反省をしている次第。「海より深く反省........。」

(インディアンのようなコクのある面構えに撮れた)

 

食事の時、オバサンがいうには、あそこでは平成4年に若者が死んだそうで

流れに入った時に水温が下がったために、心臓麻痺を起こしたらしい。

その他にも、宿のオジサンが注意したのを、ナメテかかり、試しに泳ぎかけて

慌てて引き返した者もいたそうである。自然は決して優しくはなく母でもない。

我々が泳ぐことができる海はほんの少ししかないのだと肝に命じたものだ。

ただし、先にもあったように長男には思わぬラッキーもついており、

状況把握さえ怠らなければ、そうそう自然を予測できないでもなく

臆病と神経質が南方秘境においても、イカンなく発揮されている事に

一際、長男のホコリを感じた出来事でもあった。

ともあれ、

事故でなくなられた方々のご冥福をお祈りすると共に、彼らの死を無駄にせず

以後、同じ過ちの起こらぬことを希望するしだいである。


ではまた。