なんだか山に登ってしまった.......

乳房山とはオッパイマウンテン?


朝からカーっと照り付ける太陽、数日前の雨に緩んだ山道もそろそろ乾く。

朝飯からいきなりカンパチの刺し身、カンパチの焼き物を食べて

体内燃料は満タン、現在の宿の人口では、まだ一週間以上はカンパチ続きが

予想される。とりあえず釣りとは関係ない、全く関係ない事をやろう。

海へ行ったら絶対釣りたくなるにちがいないと思ったからだ。

水平の土地と、正に水平な海だけを相手にしてもう10年近く、山などに

ほとんど興味はなかった。

けれど今回は暇である。人生のうちで一度あるかなしかの膨大な暇がある。

それと、素朴に島の裏側が見たい、どうにも見てみたいと思ったからである。

特に、大崩湾(おおくずれわん)という、正真正銘の何時も大きく崩れている

この島の地質を象徴するような光景がそこにはあるはずなのだ。

この地質、この湾、この地形を見ずして、中潮以後のモロイ礫岩の磯へ挑む

心構えができんではないか、などというわけの分からん心も動いていた。

なんにしろ、今はまだ大潮なのだ。

したがって明日もまだ少し時間が合わないので、別の事をしなくてはイケナイが

今日、とりあえずする事が決まったから、それで十分によろしいのである。

さて、リュックにはビデオ、銀塩カメラ、ペットボトルに入れた水、ナイフ

などなどを詰め込み、軽い気分で登山口へ向かう。

入り口からいきなり木が頭をかすめるように生えていて、ちょっと不安。

登山口から100メートルくらいは急な上りで、それだけでもう嫌になって

この調子では2キロチョットとはいえども大変な行程になるぞ、と早くも

うんざり気味。乳房山は標高463メートル、決して高くはないけれど

この暑さ、この角度、この足場の悪さ、どれをとっても「引き返したい」

それしかなかった。

そのうち、昨日冷蔵庫に入れておいたスーパーホップスを思い出し

つづいて、ザックの水を思い出して、山頂に行ったら、水だ、水が飲める!

宿へ帰ったら、冷えに冷えたスーパーホップスが待ってるじゃないか

そう思うしかなくなって、周りの景色など目に入らない。

というのも、ウッソウとしげったジャングル状態で、周りは見ようがない

日差しがないけど、風もなく、なぜか鳥もいない。汗は湧き出るように

体中から吹き出している。これでは手拭いどころではない、タオル、そう

タオルがあった、とタオルで汗をぬぐいつつ、歩幅を極端に短くして

手を大きく振って行進するようにすると足が上がることに気づき

ちょっとだけ元気を取り戻して歩き続ける。

時折見える景色に目をやりながら、それでも呼吸は秒2回に達しそうだ。

きつい、というより、これほど体力がなくなっていたとは、想像だに

していなかったから、心理的なダメージの方がはるかに大きかったと思う。

長男でもあることだし。

(がじゅまる)

景色以外にも、米軍が(飛行途中に)捨てた500キロ爆弾の爆発跡とか

大きなガジュマルの木とか、ボニンなんとかという別にどうでも良いような

木々にも時折表札がついている。道には滑った跡が幾度となくついていて

ジメジメした枯れ葉が積もった所々に赤土が露出している。

生き物といえば、先の植物、カエル、どでかいカタツムリのアフリカマイマイ

よりによってマイマイは交尾中が多かった。黒いかたまりのようなクマバチ

みたいなのとか、ヤブカ、小さなブンブンとぶ蚊に似た群れとか

普通のトカゲ、そして遠くにはハシナガウグイスといった具合だ。

とりたてて大きな爬虫類や鳥類、哺乳類はいなくて、ちょっと寂しい感じ。

セミもいなけりゃ、虫もほとんど鳴かず、珍しく、妙な色をした大きな

ヘリコプターのローターと母島丸の汽笛の音くらいしか聞こえやしない。

だから正味自分との自問自答の時間がほとんどだから、これが一番つらい。

あと1.7キロ、あと1.2キロ、あと700メートル、あと300メートル

それぞれの距離が途方もなく遠く、汗が滝の様に流れ、タオルが重い。

このタオル絞れるかも知れない......などと、ちょっと余裕もあったかも。

でも、上り段階では、思いはしても無駄な動作をする余裕など微塵もない。

やがて反対側の大崩湾が見え、そのあと呆気なく山頂が待っていた。

初夏を通り越してヤニワに夏がやってきている南国では、草木の成長が著しい

したがって、山頂からの眺めもホトンドが「空」これにはマイッた。

とりあえず、山頂には屋根付きの休憩スペースもなく、日陰に腰を下ろし

風はないけど辛うじて涼をとりつつ、念願のぬるい水をグビリとやる。

美味い、タダの水道水だけど、身体に吸い込まれるように入ってく。

汗をたっぷり含んだタオルも絞らないと重過ぎる。

汗は相変わらず、腕からも玉になって吹き出し中、でも息が整ってきて

冷静さを取り戻した頃、周りでやけにカサカサ音がする。

見ると周りの繁み、頂上にある落書きだらけの遠景の説明板の足のところ

など、いたるところにアモールトカゲが動き回っている。

緑の状態から茶色、また緑と色を変えたり、あごの下のピンクの幕を広げたり

脱皮した皮を食うやつまでいて、そりゃもうトカゲ三昧。

(脱皮しながら貴重な蛋白源の皮を食べてる)

ただし、トカゲを見に来たわけじゃない。

山頂の休憩いすの上に立ち、一番開けて良く見えるのが、悲しいかな

やってきた方角の西側方面、元地集落、西浦、平島など見慣れた風景が

ちょっとだけ鳥に近づいた気分で見れる程度だから、極めて寂しい。

本来なら「悠大な眺めだなー」なんて当たり前に感激したい所だけど

荒波にやせ続ける礫岩の島々は磯釣り人にとって見るに忍びない。

有名な沖磯も、タダの防波堤からあれだけのカンパチが釣れた後では

別段渡ってまで釣る事もないだろうと、好奇心も半減。

大崩湾は一部しか見えず、湾奥、つまり真下が全く見る事ができず

ひとしきり、トカゲ、イメージ画像に使おうと海原、なぜか山頂にいた

フナムシ、もちろん大崩れ湾の大崩れ部などを撮影し、ちょっとやりきれない

気分を引きずって下山開始。

100メートルほど歩いた所で肝心な事に気づく。

「あ、写真とってないよ......もぉぉぉぉ」結局、銀塩写真は一枚も撮らず

下山を続行することに。途中、メグロの追跡にあい、ついでに撮影

肝心の派手に鳴く謎の鳥の所に来た瞬間、バッテリー切れ........。

(今回のメグロはしつこい)

ピントも甘いが、バッテリーもすぐ切れる、実に頼もしいビデオに

憮然としつつ、上りより滑りやすい道を用心深く「一回しか」転ばないで

下山に成功した。

途中、ちょっと乳房ダムとやらを見ると、美しいカフェオレ状態の水を

満々とたたえたダムが谷あいを埋め尽くしていた......。

でも、濁りは味とは関係ない、海水から作るよりは美味しい水である。

宿では、一昨日の客が忘れていったミニカップヌードルと憧れの

冷え冷えスーパーホップスが待っており、更に、宿のオバサンから

未知の「シャシャップの実」の差し入れまであろうとは、今日はついてる!

(デザートがついてるという意味ではない......)

午後は、横浜の家にはない爽やかな風と畳、そう、今日もお昼ね日和であった。


ではまた