いよいよフルキャストの三日目


今度こそ朝一番と思ったけれど

昨夜の天気が雷雨でものすごい嵐だったので

今朝はこっちからシカトしてしまった。

 

沖縄での僕の習わしである朝飯3杯を食べ

コート盛りという狼煙台らしい遺跡の上で

空を見回すと、やはり東風がソヨソヨ吹いている

ここではソヨソヨでも海の上ではかなり吹いている感じだから

今日もシケが辛いだろうと思われるところ。

朝のバイクは借りなくて良かった気がする。

 

しばらくしてヘルパーさん達がそろって食事になるころ

例のバイク管理組みの二人がやってきて

「あれ?今朝ってバイク出しとくんでしたっけ?」

「ぇ・・・・ぃゃ・・・・・・・・・・今朝は別に・・・・」

結局忘れていたのであり、甘えた島の甘えた二人の事実があった。

借りに行かなくて良かった良かった。

 

余程の事がない限り、この島では人を信頼してはいけないのか?

まあ、島だから仕方ないか ........」

 

食事が終わったのを見計らって、正式にバイクを借りに行くことに。

再び美しいバイクを一日4000円で堂々と借りてしまう。

宿代の80パーセントもするバイク代だが

実は先月の稼ぎが、残業に休出、徹夜の連発で15万円ほど

タクシーだろうがバイクだろうが宿代だろうが何でも来い状態だった。

湯水のように?給料を使う、サラリーマン至福のひとときである。

二日も連発で借りる客は少ないのか、生まれつきなのか

驚きの表情の二人であった。

 

急いで高那崎へ向かう、もう迷わず最短コースをひた走る。

牛さんも山羊さんももう慣れっこであった。

 

意外にも磯は静まり気味で、潮加減もよさそうだし

磯のカラフルなお魚達の元気に泳ぐ姿が足元にあふれている。

こういう時はヒラアジも元気だ。

 

スコールに打たれた上にシケの昨日は使えなかったけれど

いよいよ南国仕掛けを試すときが来た。

沖縄に来てヒラアジといえばこの仕掛けと

身構えて考えてきたのである。

名付けて

「ポッパーウチナー最南端記念スペシャルHATERUMA

スーパーフライングキャストVS磯レジェンド」仕様

なんて暇なことは考えてないので念のため.......。

 

100グラムのポッパーをインターライン「旋迅」に付けてキャスト、

PE4号の組み合わせが良いのか、力まなくてもビュンビュン飛ぶ。

中通しの竿は飛びが悪そうな印象があるけれど

この組み合わせには心配無用みたい。

(右の竿が旋迅)

ちなみにリーダー(ハリス)16号

リールは糸が暴れないように細身のスプールのステラ8000Hで

ちょっぴり長男らしい気を遣ったコーディネートになっている。

しばらく投げるうちにテンジクダツらしい長いのが反応した。

1メートルを優に超える立派な体躯で

これなら相手にしても悪くはない。

今年は長物を食することにもチャレンジしているので

ちょうどダツも食べたかった所。

よし!と思って力をいれてキャストし続けるけど

なかなか反応しない。

と、岸と平行にひいているときに沖合いから追って来た!

あごの形が緩やかな1.2メートルは十分にある立派なオオザヨリだった。

クチバシが急に細くなっているダツとは違う。

その悠々たるジャンプを繰り返して獲物を追う白銀の姿は

今でもストップモーションのように鮮明に焼き付いている。

生きた金属のようなイメージで青い海に突き刺さり

また中を舞うのである。

 

見とれていると、水面をしぶきを上げてひいているポッパーのあたりで

バシャバシャと激しいしぶき!

よし、追っている!!!

 

次の瞬間、波間をうごめく黒い影は

ヒラアジ、それも5キロくらいのロウニンアジだった!

お刺し身サイズ兼、釣りごろサイズでもある最高のお魚だ。

 

足元までガバガバと水面を割りながら

口を開けてルアーを食おうとするけど、どうも食いきらない。

 

結局ルアーを上げるまで食いつかず

その後何投しても食わないのだ。

 

どうやら、ロングタイプのペンシルポッパーは

ダツを似せて作られていると聞く。

そこへダツと同類のオオザヨリが絡んだため

錯覚したのか、ロウニンアジが興奮してアタックしてきたようだった。

 

その後はお得意のラパラの14センチのミノーを

今度は石鯛改造ロッド「風刃」でキャストする。

やはり、こちらは「旋迅」と」違って流石は石鯛竿。

肩にズシッとくる。

リールは新調したダイワの安くて丈夫な磯投げリールで。

回転は遅いけれどパワフルで重い引き心地のミノー向きで

シマノのステラと違ってラフにあつかえるのが嬉しい。

 

と、今度は足元までカスミアジの6キロクラスが追ってくる、

これがまた一度きり。

その後は今度は2キロクラスで最高の食べごろサイズが寄ってくる。

しばらく投げ続けるとドンドン寄ってきて

6匹くらいのカスミアジやロウニンアジが足元で

コマセに寄ったグレの様に群れているのが見えるけれど

一向に食わないのである。

 

結局手も足も出ないまま、悔しいながらも暑いので宿へ戻る。

今回は、夏の大東のボーズに慣れているので

釣れなくても焦りが少なくなってきている。

良いことなのかな、これって?

 

昼の便でどうも可愛い娘らがやってきたみたいだけど

声をかけるよりも、昨夜の雷雨のおかげで寝不足が続いているし

夕刻まではダルいし、無理しないでのんきに洗濯&お昼寝に限る。

恨めしい風が涼風となって開けっ放しの部屋を吹き抜ける。

洗濯の間もサラサラと吹き抜けていく。

 

お昼ご飯のオリオンビールを片手に横になると

昼でも時折ヤモリが「クェっクェっクェっクェっクェっ」と壁の間で

遠くではおおおう」と黒牛が鳴く。

それ以外は風の音しかないお昼寝日和な島情緒、これがやめられない。

これでお昼寝をしなかったら一生悔いが残るというものだ。

 

夕方になり、日が傾いてくると今度は港である。

このころになるとだんだん生活のリズムがつかめてくるので

自然と体が港へ向いて行くようになる気がする。

 

地元の人もいるが特に会話はない

互いに釣れてないときはそんなものだが

とくに僕の投げている仕掛けが80グラムのジグとゴッツイから

いたたまれなくて声をかけてくれないのかもしれない。

でもヒラアジにはこれがちょうど良いのは経験するものの強み。

重くないと飛ばないし、素早く巻き上げるときに

水面から飛び出したりしないからモッテコイなのである。

そのためには体力も必要としてしまうので

サラリーマンにはキツイ釣りとなっているのも事実。

 

この日の夕焼けも美しく暮れてゆき、それを眺めて納竿となった。

 

やるだけのことはやっている、それでも釣れないなら

無理して釣ることもない........そう思え始めているようだ。

 

「せっかく」南へ行ったからとか

「せっかく」餌を持ってきたのにとか

「せっかく」などという人間の都合だけで釣りが出来たら

何のために勘と体を鍛えて

釣りをしにきているのか分からないじゃないかと

気づき始めているのだろう。

自然に合わせて生活する、これが島の釣り生活のスタイルなのだ。

当たり前だが、意外にこれが難しい。

 

夕食の後することもなく食後のビールと散歩を済ませて

ロビーへ戻ると、大阪かえりたいニーチャンと

石垣島二代目工務店アトトリ息子と田中さんと呼ばれる

謎のオジサンが話している。

(向こう側の20キロのヒラアジが田中氏の魚拓)

このごろになると、食事や生活の節々で出会うお互いを認識し始め

それなりに話が始まるものだ。

これがまた島生活の第一歩で楽しい瞬間である。

 

問題はこの田中というオジサンである。

宿に居候している人らしく

聞いてみるとタダで泊まっている代わりに

タダでバスを駆りガイドをするらしい。

日本人は往々にしてそうだが、観光地の人とても

その土地の歴史、なりたちなどを知らない。

だから観光客をもてなせるガイドなどと言う人は貴重である。

ここ沖縄でもしかりであるが

お気に入りの比較対象である大東島は別で

歴史が100年しかないので覚えやすいのと

島を広めたいと思う宿の館長の思いなどもあるし

「南大東村誌」という島のことなら何でもござれの本があり

ビーチのないこの島で台風に遭ったら正にすること無し。

そういう時はこの6センチはあろうかという村誌を借りて

知識を高めておくのである。

これで大体の植物の分布、海域での魚の食性や

住民の方々のライフスタイルや地名の由来などを知るのである。

波照間ではお昼寝をしすぎたのと

大東島の宿の料理長の書いた本があったので

それを読むだけで精一杯であったから

地元の方に聞いて勉強するしかない。

 

田中のオジサンは名古屋の人である。

一年のうち180日は沖縄におり、あちこちの宿で居候できるシステムらしい。

本人いわく二本でも草創期に海外遠征や磯という磯をめぐって

開拓していった一人らしいのだ。

 

そのオジサンの嘆きはこうだ、

沖縄の人間は、自分達の生活だけが適当に出来たらいいようで

それ以上のことは前向きに考えようとはしない。

せっぱ詰まることがないから、だんだん状況が悪くなっても

落ちぶれるまで気づかないかもしれない

でもそうなってからでは遅すぎるだろう。

この島の様に、観光客がある程度やってきて

金を落として行くから甘えているような物である。

島の歴史や文化などというものを味わいに来る観光客に

本当に答えられる人間が、もういないのだという。

 

 

この島の風情漂う家屋には門の正面に壁がある。

この壁の左側を人が通って家へ入るのだが

右側は洗濯を乾すなどの家も見られる。

この右側は神が通る道ということなのだそうで

そこへは洗濯を乾すのはマズイのである。

そこを通った神は家の中心にある仏壇を目指すらしいのだ。

最近はこの壁を無くす家も増えたが

文化に支えられた島情緒がなくなれば、自ずと観光客も

目標を失うだろう。

 

この島でも離島振興の国家資金が入ってくれば

自ずと本土のような思想無き施設がもっと作られ始めるだろう。

そして便利になっていき、石垣島のようになってしまうだろう。

沖縄にコンビニを求めて来るわけではない

が、あれば便利である。

コンビニがあることが文化を壊すとはいえないが

守るべき物を失うことも少なくないようにも思う。

 

整備しなくてはならない施設は下水や清掃工場などだろう。

 

この島の人の幸せは大切である。

が、糧を得られずして生活はない。

 

オジサンの言いたいことは良く分かり

見かけよりズイブンいろいろと考えているが

やり方が見つからないらしいことは察しがつく。

真剣に考えるのはナイチャーの役目ではない。

 

まあ、堅いこともさる事ながら

やれ上州屋の専務連中と釣りで賭けをしたとか

ウメタツや松方の釣りのロケも大変だとのこと。

八重山界隈の釣りの情報を旅行社にボランティアで

情報提供している人は少ないという。

確かに自分ちの船で何が釣れるとかいう情報ならまだしも

こういうツアーで島の情緒も味わいながらといった

旅情と釣りを兼ね備えた企画はなかなか難しい。

何が難しいって?

ナイチャーの感覚やニーズと

ウチナーンチュの都合をマッチさせるには

それなりの経験と情報量が必要なのである。

ウチナーンチュはテレビだけ見てナイチャーを判断しては

大きく間違うのである。

 

まあ、難しいことはさて置き

たばこをふかしながら夜はすることも無いのか

旅人や仕事で宿を利用する人に語り続ける田中氏であった。

それにしても、モンキーレンチをもてあそびながら

語る姿はまことに持って怪しげで風情があるものである。

気に入らなかったり、手向かうやつにはこれで喝をいれるのだろう。

ちがうかな........。

 

彼の釣りに対する情熱は道具に現れていて

竿やリールには手を加えることはないが

それ以外の手作り品は多いらしいが

何しろアイデアがよろしい。

これはカローラの板羽根を製糖工場で溶接してもらったもの。

ボルトは2本だけで磯に固定できる。

 

昼間やってきた可愛い娘達はどうも名物の星空観測に行ったようだが

肉眼で見るのが好きなので別段望遠鏡を覗きたいとは思わなかった。

 

田中氏や大阪のニーチャンに言わせると

「毎回同じ説明に同じギャグで、肝心の望遠鏡はホンノちょっとだ」

ということである。

そのころちょうど通り雨が降ってきて

せっかく見に行ったのに残念な天気がお労しく

年季の入った説明&定番ギャグを聞いてのお帰りであった。

 

こうして3日目も釣れぬままに暮れて行くのである。

「もう慣れっこだ、でもこのわだかまりはなんだろう?」