夜歩きとゴッキーと夜談義


宿へ戻る道すがら、夕闇をかみしめてゆっくり走る。

仲良くなった宿の人たちには「釣れました?」と

独特の沖縄ナマリの語尾の上がった質問が待ってるんだろうなー

なえどと思い浮かぶ。

 

サラサラとキビ畑を流れる風も

空を彩る夕焼けの紫色と真珠色の星ぼしも

しばらくお別れである。

 

集落までホトンドすれ違う車もいない。

集落のすぐ手前で前を走るカブのおじさんを見つけた。

 

この島の人は低速運転が普通。

それも人が歩くのと変らないのではと思うくらい

原付でユッタリと走るのだ。

 

これは?と思い、ついていってみる。

時速は10キロちょっとくらいのスピードで

ライトがホトンドぶれずに静々と走って行く。

ぼくはといえば、バランスをとろうとしてライトがあちこちしてしまう。

 

こちらは真剣に運転しているのに

オジサンはずーっと周りを見回しつつ滑らかに走る。

この島のオジサンのバランスの良さを身にしみて感じる瞬間であった。

僕も昔いろいろと武術などをかじったし

腰にコブシを構え、片足の爪先で立ってもう片方の足のひざを高く上げて立つ

「酔八仙拳」の鍛練である片足立ちもイマダニできるわけで

バランスには結構自信があったのである。

 

だが、このオジサンは毎日のカブ乗りで鍛えているのであった。

酔拳とちがって、なんて役に立つバランス感覚であろうことか。

波照間のオジサンをなめてはいけなかったのである。

ユッタリと生活するにはバランスが肝心であったとは

全くもって知らなかった。

 

さて、疲れと低速運転でフラフラと

夜の帳の降りかけて明かりの灯った家々を見ながら集落を走り

バイクを返しに行く。

ここで最初の「釣れました?」が出現し

宵闇に苦々しい笑いが溶けていく。

 

宿へ帰ると、さっそく石垣の工務店の二代目がのたまい

黄色のTシャツがにあう可愛いヘルパーさんものたまって

お食事中ともなればほぼ全員に回答し終わった。

 

今日は流石にお食事中にビールをいただく。

 

本の先まで買いに行けばいいので、同じビールで50円高は

止めといたのであるが、本日はよろしいことにする。

500ccのビールが350円で飲めるのだから

本来は超々良心価格でもあることだし。

 

苦々しい思いのわりに、スガスガしいビールの味が

愉快な日々と一緒に心の中に収まってく

そんな飲み心地であった。

 

でもまだ愉快な日々は完全に終わってはいないのであり

このお食事のあと、ただテレビを見ながら

帰り支度の道具のチェックをそれとなく始めたときのことである。

 

カメラがあれへんがな

あれ?ほんまかいなぁ

 

こんなとき関西弁になっていることが自分でも不思議だ。

でも事実の真実だ。

 

海水浴も共にするほど仲の良かったカメラ

いい思い出のすぐ近くにあったカメラ

いつも僕と一緒に釣りに行ったカメラ

まだお風呂には入れていないカメラ

そのカメラがないのだ。

 

彼には足もなく、したがってそれを引っ込めて

火を噴いて上昇し、円盤のように回転して

夜空に旅立っていくはずはないのである。

(注意:それはガメラ......)

 

よくよく考える、長男の記憶追跡が始まった。

ホンの数秒で検索終了、夕暮れのカットを撮ったところで

記憶が途切れている。

 

彼は旅立ったのではない、置き去りだったのであった。

道具を家に忘れてき、今度は磯に忘れ物をしてきたのであって

検索はできたものの長男としては

マコトにもってこの上ないほどにユユシキ事態である。

 

これはコッソリと地図と懐中電灯を持って

さりげなく「歩いて」取りに行くしかない。

 

ロビーにはいつもの面々と旅好きなカシオの営業の男が

話を始めている。

 

さりげなーくさりげなーく、

宮古島で手に入れた遠征用の超軽量ツッカケを履き

夜の道を歩き出した。

 

ツッカケは軽量だけど変なところが指に当たって痛いから

何度か立ち止まって調整しつつ歩く。

かなりこの島で使い込みすぎてぼろぼろになってい

大東島でも鋭い磯の岩が突き立って

穴が貫通してしまっていた。

ときおり硬い枝の上をあるいたりすると

偶然にその穴をたどって枝が土踏まずを襲ったりもするお気に入りだ。

 

地図では2キロ半くらいに見えるけど

三十分くらい歩いてもまだまだある。

 

夜道は月が照り、あたりは青白い光に満たされている。

大好きな夜の風景だ。

キビ畑の風の音、光に縁取られた足早な雲

青黒い空にさざめく星

そして、この月夜の広い空間に一人でいる快感.......。

 

思わず立ち止まって夜の声に耳を傾けたり

アタリを見回して独りぼっちを満喫した。

こういう時、地球という星を感じる気がするのがとても好きなのである。

 

あまり遅くなる訳にもいかず、がんばって歩き出す。

せっかくシャワーを浴びたのに、ちょっぴり汗が出るて

また速度を落とすけど、やっぱりカメラの身の上が気になって

足早になってくる。

 

やがてようやく40分が過ぎたころ最南端に着いた。

途中、車や原付が接近してきたとき

なぜか茂みに潜んでしまったのはなぜだろう?

 

誰もいない最南端へおりていく。

歩きやすい磯で、透明な空気を通り抜けた月明かりが照り付けて

持ってきたマグライトが全く要らない。

でもちょっと足首をひねりそうだ。

 

ほどなく磯に着き、撮影ポイントまで更におりてみると

ありました、やっぱり。

僕が楽しむ地球の上独りぼっち感以上に

独りぼっちを楽しんだカメラがちょっぴり可愛く感じるのは

ちょっと異常な愛情感覚だろうと思う。

 

そんなことより、キラキラと透明な海の月夜が

これほどすばらしいとは思わなかった。

ここでもしばらく地球の上独りぼっち感を味わおうと

しばし岩の上に体育ずわり。

見上げれば大きな空、目の前に果てしなく黒く輝く海

いつまでも絶えることのない波の音

時折星空観測タワーアタリを走る車のライトが

とつぜんに現実を取り戻そうとするけれど

またすぐひとりの世界が戻ってくる。

 

こういう場所のこういう光景を何かに記録したいけれど

とてもこの感じを伝える事ができない。

 

さて、ひとしきり楽しんだ後、帰路に着こうと磯を上がろうとすると

なんと最南端付近に軽が停まってる!!!

 

まずい、磯からタンパン、Tシャツ、ツッカケで

おまけにカメラにマグライトをもった男が上がってくるなど

どう考えても不自然極まりない。

かなりマズイ長男になってしまうではないか。

 

島では噂だって早いことだし、緊急事態である。

 

しばらく岩かげに身をひそめていやり過ごし

後一息のところで、また一台!

今度は草の茂みに逃げたけど、どうにもこの茂みを突っ切って

道へ出るには、タンパンでは無理。

南国のソテツのような木はただならぬお堅い植物なのだ。

 

あちこち草の繁み歩いて考えた末、

やっぱりどうしようもないと結論して

さりげなく、何事もなかった(実際なにごともないのだし)様に

車のカップルの横を通りぬけたのだが

よく考えてみると、磯から来たのならいざ知らず

茂みから現れたほうが余計に、しかもかなり怪しいではないか!!!

しかし、もうすでにカップル車両を通り抜けた後であった。

 

帰りもひとしきりキビ畑独りぼっち感を楽しんでいると

黒い雲から雨粒が落ちてきた。

かなり濃いので、これはタダでは済まないと慌てており

速歩きしすぎだから、ますますヘンテコなお散歩風景を展開して

いよいよ正真正銘、噂を呼ぶ男になりそうな予感がする。

  

先ほどより少し雨粒が大きくなったみたいだが

ずぶ濡れというまではいきそうになくて

それなりに心の平穏を保ちつつ集落近くへ来ると

えらく地面がぬれてい、こちらは随分降った事が分かる。

 

宿へもどると、例の連中がまだ駄弁っているが

出たときほど声が大きくなく、深夜の長話モードに突入しつつあるようだ。

 

で、石垣工務店二世がやっぱりどこへ?と聞くので

あらためて正直に答えると、雨にぬれなかった事と

夜道を一人で歩くという事に真剣に怪しみを感じているようであった。

 

僕にとっては彼らが楽しむ旅の話のように

訳のわかんない中国の田舎で歩き回るよりはヨッポドマシだと思うけど

人の尺度とは定まるところがない。

 

こうして僕も連中の一人となって話し出す。

 

カシオ営業の男もかなりの旅好きで

何がそんなによろしいのか尋ねてみると

「地続きの国境越えの時ってあるんですけど入国するのに

パスポートに判子をポンと押してもらう瞬間が快感なんですよ、ホントに」

と、ちょっと快感を思い出したのか楽しそうに訴える。

 

夜歩き男よりも、こっちの方がかなりキテルなと思うけど

皆の意見はそうではなく、多数決で負けてしまった。

 

今度は工務店二世は石垣時間の話をする。

「石垣島で何時って待ち合わせると、その時間に家を出るんですよ」

と語尾を上げて標準語を放つ。

 

なるほど、ウチナーンチュらしい習性で、これは全会一致で納得したし

その様な事態になったらあらかじめサバ読んで対処すべし、

と心の大切な場所に

このお話を仕舞い込んだのであった。

 

そうこうしているとゴキブリまでが参加してきて

カシオ男が慌て始めた。

彼は虫類が駄目なのだそうで、旅人の割には根性に欠ける男である。

本人いわく、これは根性とかではなくて

小さいころの体験から来るもので制御できない恐怖だという。

高所恐怖症に似ているな、と思うがちょっと違う気もして

克服ができそうな症状と思うのだが駄目なのだろうか?

 

で、夜中に僕の飲み後のビール缶に入ったゴキブリの事実から

ゴキブリを何とか缶の中に誘い込もうと

一同ドキドキものでゴキブリを誘導して

口から頭を突っ込んで覗き込むところまで行ったものの

遂に落ちる事はなく無念な終末であった。

 

僕の部屋のオリオン500ccの缶に今も閉じこもる彼は

よっぽどオマヌケゴッキーだったようだ。

それとも暗闇で足が滑ったのだろうか?

 

実はここのゴキブリは、もちろん大き目であるのだが

色も違い、本土のものよりも茶色が明るくて

胸のところが黄色がかっていて

とても艶やかで飴色で、香ばしい色合いであり

動きだって堂々としており、個人的には憎めないやつなのだが

その様な感情はやっぱり多数決でおかしいとされた。

 

こうして、大阪へ帰りたいヘルパー男のボヤキまでを加え

男達と昆虫の夜は更けていったのである。


いよいよ最終章へ