島は変わった人たちの人情に満ち満ちている...

(中編/人情編)


沖縄では、島独特の人情の厚さをシマナサキ(島情)と呼ぶことがある。

確かに、関東から直結の伊豆諸島や小笠原諸島には断じてありえない

もろムキダシの金銭的なギブアンドテイクとは無縁の人情がある。

宿に泊まったり、お店の常連にならなくても、とても親切に人に接する人が多い

それが大東島の島情でもある。

人間に対する優しさと好奇心、それがストレートに表現できる島なのである。

だが、大体からして、南大東に住む人は他の沖縄の島々の人とは違っているし

ここを訪れる人たちは、よほどに観光に困ったり、沖縄最後のフロンティアとして

スタンプラリー的沖縄踏破旅行の終着駅として訪れる人もまたオモロ人が多い。

(オモロ人:個性的で、楽しい、一風人と違う人生を歩むオモロイ人類のこと)

つまり、オモロ人の好奇心の闘技場/ジャングル、それがこの島独特の島情であった。

南大東の人が他の島の人より変わっているのは

厳しい自然と他には無い静澄な海に鍛えられた度胸だ。

この島の独特のスケールのデカイ人情が気に入ってリピーターになる人や

居続け、果ては住み着いてしまう人も少なくない。

好奇心はやがてお互いの信頼に成っていく仕組みらしいのだ。

当然、島にはオモロ人の頂点に立つような人も多く

様々に特徴的なオモロ人としてのポイントを有しており

頂点もたくさんあるというわけだが、その筆頭には誰ということを決定するのは至難だ。

比較的ポピュラーなオモロ人としては南大東のメインストリートの南に位置する

大東そば、こと伊佐商店のI氏の存在を欠かすことはできない。

ここは、ただのそば屋ではなく、もちろん日本ぞばやでもない

気に入った人間は格安で宿泊させてくれるという実に気ままかつ温情にあつ

はたまた内地人から見れば、一見エコヒーキな宿でもあったりするのだ。

このI氏はビデオを撮ろうとすると、写すな!といやな顔をするくせに

プロのカメラマンやジャーナリストが撮ろうとすると服を着替えたりしてしまうし

あまつさえ、旅の女性と一緒に撮影となると、やけに表情がタクマしげ

カツ、誇らしげになっているのがオモシロイ。がこれがマットウな彼の真顔なのだ。

本人のそのような心がけとは別に、大東そばをこねるときに鍛えられた太い腕っ節と

冷静に見ると、ちょっとコワオモテなのも手伝って、カナリ恐い仕上がりとなる。

そういう誇らしい写真を、依頼せずとも、時折機会ある毎に見せてくれる

歳の割に純粋で結構な見せたがりでもあるわけだが

どうも、ただ撮られるのが嫌いみたいであった。

この人にとっての、友人となった人の記念、「魚拓」のようなものと考えられる。

そばを通じた出遭いこそが、彼の生きがいでもあるのだろう。

その記録として撮影されることが正しい彼の写真のあり方であるのだ。

そして、この人はとても面倒見が良く色々と手を尽くしてくれるし

時間があるときは、あちこち案内してくれる実に心優しい人でもある。

南大東を訪れたら、必ずここで一杯の大東そばを食べて

運良くI氏と仲良くなれたなら、島観光へのアプローチがグッとしやすくなるので、

この一杯は断然欠かせないだろう。

それ以前に他の沖縄そばよりグッと美味いので、そういう意味でも断然欠かせない。

本人が僕の撮影を拒むので、コワオモテで優しい風貌は

残念ながら現地で自ら確かめてみてほしい。

 

で、今回はこの人にかねてより、

お魚を持ってきてください、鍋でもやりましょうとお誘いを受けていた。

今回、満を持してガーラを持っていったところ、ちょっと険しい表情をする。

  

そう、午前中は大東そばの仕込みが佳境で、魚どころではないらしく

一応料理人であるから、彼が調理して当然と考えた僕が間違っていたらしい。

少し手を休めて連れていかれたのは、忘れもしない一年前の試食会のときに

色々あれこれと依頼なしにコミイッタ解説を展開する男の家であった。

かくゆう僕も説明好きが高じてヤヤコシイ理屈の入ったプレゼンテーションを

仕事として得意とするが、この島1番の理屈好きも並みではない。

彼の名をSさんといった。

どこが玄関か良く分からない家に住んでいるのだが、とにかく訪れるときは

イキナリ居間の戸をたたく、これが礼儀のようであり

I氏も迷うことなくまっしぐらに居間のガラス戸を細かく4回たたいた。

(ポストがあるからここが玄関か?)

すると、S氏がおもむろに戸をあけて、なんだか面倒くさそうに顔をだしてくるが

その奥には奥さんと赤ん坊の気配もある。

どうみても迷惑を持ち込んだ、としか思えない展開に、まことに恐縮してしまうが

良く考えてみれば、これはI氏が仕組んだことなので

本来は俺がこんなに恐縮するイワレはないわけで濡れ衣極まりないわけなのだ。

キョーシュクとはうらはらに、トントン拍子で

10時からさばく、との約束をとりつけて、一同は解散したが、案の定、Mさんは

生の魚は臭うせいか冷蔵庫には入れてくれておらず、死後4時間、沖縄の常温で

我が記録である6キロ強のガーラ(ロウニンアジ)は放置されるということになっていた。

まあしかし、釣りたてでイキが良いのと、このところ涼しいので、それくらいは平気であり

10時にビデオカメラを持って行ってみると、既にS氏は包丁を研ぎ始めている。

つまり、伊佐商店には魚を卸すような鋭い切れ味の出刃包丁がないわけではないと思うが

S氏のコダワリもただならぬものだけに、何が真実かはあえて触れるのはやめた。

さばき始めると結構楽しいみたいで、あれこれと依頼なしの自動解説を開始し

手も口もスムーズに稼動する。

これくらいのガーラなら食べやすいとか、惜しむらくはカスミアジが良かったとか

欠けているエラぶたを発見し、何かに襲われたんだとか、

様々な関連事項をくまなく解説していくうちに、魚がどんどんサバかれていく。

人んちの裏なのになぜかその辺のオジサンも駆け付けてノゾキこんだりする。

このオジサンとて、実は僕も知らぬ仲ではなかったりスルが

呼んだ覚えはまるでなし。

ただ、内地のように世知辛く柵で区切ったりしていないので

別段誰が歩いてきてもヨロシイわけである。

シバラクすると、腹の中の異常に気づき、その胃袋を引きずり出して

中から取り出したのは、どうもその巨大さからしてハマトビウオらしいトビウオの

Z字型に格納された半消化状態のご遺体であった。

40センチ近いその立派なトビウオは、つまりガーラの体の半分を超えようかという

ぶん不相応なほどの大きさであり、どうやってここまでデカイ魚を飲めるのか

どうも分からなかったが、その結論はすぐにS氏が自動的に現物で

解説してくれた。

(包丁の手前の不気味な半消化物がトビウオ)

これは、ホラー映画にも出てきそうなクリーチャーよろしく

何段にも生え揃った咽頭歯(いんとうし)で、

のどの奥に鋭い歯が内向き(奥に向かって)に並んでおり

これを使ってグビグビと、のどの奥へ魚を確実に圧入していったためである。

だから、トビウオは胃に入って行き場を失い、飲みこむ途中で折れ曲がり

Z字型になるわけだ。

何も、バホッと獲物をイッキのみし

勢いまかせだけの強烈な胃袋直行便があるダケではないことを

人生34年目にして教えていただいたことになる。

まあ、それからもS氏特製であるヒタスラ色々の自動解説付だったが

魚は刺身には至らず、サクになっただけだった...。

「これは明日の晩が美味いんだ、がまんだな」と言い、ニッと笑っている。

夕食の後、フロアに下りると仕掛け人のM氏が来ており、どうも一部を刺身に卸して

酒盛りが始まっているらしいという。

行ってみると、S氏の奥さんに加え、O君という島に居付いてしまった男で

もうおおかたのお刺身が食べられた後だった...。

とはいえ、このお刺身はまだまだ一部であったので、

とりあえず、待ちきれなさが釣った本人以上なのか、

働いたぶんだけ取り返しに来たのか

今回はS氏に油断した僕の負けであったらしい。

恐るべし、島の常識?である。

ヤマトンチュの長男である以上、二度と同じ手はくわんぞ!覚えてろ!と

心に刻んだのであった。

 

さて、次の日は関東から新たにM住氏がやってくるという。

このM住という男が来るために

この料理がフサワシイと言う話にイツの間にか決まっており

酒盛りの予定が立てられているようである。

はたして当日は、夕方早めに始めましょう、といっていたI氏当人が戻らず

一同はばらばらと空腹を抱えながらあちこちから集合してきて

勝手に伊佐商店の厨房を乗っ取って作業を開始する。

(のんきに撮影中なのが、問題のM氏)

どうも、これは今に始まったことではなく、相当歴史があるようで

O君とS氏の意気のあった調理には、それなりのキャリア?が感じられ

相変わらず手サバキもさることながら、口も実によく稼動する仕事ぶりであった。

煮つけには買ったばかりの日本酒の一升パックを惜しげもなく半分使い

言うまでもなく味付けには伊佐商店の調味料をふんだんに使っており

僕の釣ったお魚が、何の目的かは良く分からないが、非常に手厚く調理され

何の見かえりかも良く分からないままに美味しい料理へと変わっていく

そういうところに島情が深々と感じられたものだ。

 

特に、抜け駆けされた昨夜のお刺身事件は、

この日本酒の気前良さに十分つながっているのだなぁ、

小さな了見での早計はトクにはならないものだとシミジミ島情に感動した...。

で、昨夜も食べたが、お刺身は更にアマリそうなので漬け(づけ)にしておいて

どうも寿司として食べようと言うことらしい。

料理としてはシンプルで、煮つけと刺身が進行し、

いっとき姿を消していたM氏もどこからともなく現れて

調理にも参加することなく、いつもこうしてるんだ的にくつろいでいる。

なんとなく、僕もやることがないのでくつろいだフリをしてみたりした。

いろいろと予定外の展開があったらしく、S氏は今ヒトツ上機嫌ではないが

その割には鼻歌交じりで調理は進み、一時間半くらいで出来あがっていた。

 

僕は途中で待ちきれなかったので、小雨の宵にもかかわらず、

ダイトウオオコウモリを見ようと、なかば立ち尽くしていたバードウォッチャーの女性と

いつも出没するポイントを目指して案内に向かってしまっていたのだ。

しかし、雨はやっぱり体温を奪うせいか、フルーツバットは現れず、あえなく撤収。

そうこうしているうちに、いつしか料理は完成したというわけだ。

 

この手厚い宴会の原因であるM氏は神奈川県在住の洞窟マニアであるらしい。

奇しくも我が家からそう遠くない方面に生息しているようであるが

とにかく洞窟に入ること、そして見ることが楽しくてしょうがなくて

それでもって研究もしているらしかった。

山に登る、それも極めて解かり辛い楽しみだと思うのだが、洞窟...

というのも極めて解かり難くて、趣味の深淵を感じさせる不毛な事実である。

それで、調査と論文を用意して、世界でここしかない現象が存在する星野洞を

保護しようと、外界との閉鎖扉を二重にさせた張本人らしいのだ。

確かに、すきっ腹にビールをがぶ飲みしてうつろな脳みそにも

それらしい温度変化の調査内容を彼の作成した資料から見て取れる。

どうでも良いが、酒の席に出してくる資料ではないことだけは確かだが

そういうことには頓着せず、所構わず洞窟的自己主張と趣味を楽しむ姿勢、

これが大東での生活を可能にする原動力なので、これを制することは

非常に難しいし、島での友人としては喜ぶべきことであろう。

 

さてさて、料理も出揃って、S氏、O君、Mさん、S氏の奥さん

そして僕、という伊佐商店の主人抜きで宴会は始まり、

ついぞIさんは参加することなく宴は、一段と雨脚が強まった午前2時まで

非情な盛り上がりを見せたのである。

刺身はやはり旨味を増し、O君が丁寧にヌメリをとっていた胃袋、

それから厚めの皮と心臓に未成熟卵は湯引きにされて酢味噌和えになり

アラは全て煮付けになり、食卓を力一杯彩っているが、肝心のご飯はなく

一同ただひたすらにお魚だけを食って飲み倒すという島らしい食生活を

実感しながらの宴が過ぎていく。

 

宿の料理長が波照間にいってしまったけれど、これで料理は一応安泰のようだ。

貴重な日本酒をふんだんに使い、煮こまれた目の玉の周囲は

それはもう例えようもなくトロトロで、釣ったときの実感が蘇りながら

釣り人独特の誇りと、これまでの苦労を加味した味わいに満ちて、この上なく美味い。

良く分からないが集まってくれた仲間も、料理してくれた連中も暖かく

島情の旨味も加わり、忘れることの出来ない宴となったのであった。

美味しいのとお酒が美味いので、つい理屈好きの血が騒ぎ

島のコダワリ男のS氏といわゆるコーレーグースー(唐辛子調味料)の

大東版のボトルサイズについて、大きいほうが売れる!売れないなどなど

些細なことなのに、本音で大激論になるほど和んでいたのである。

 

明くる日、最終日にもかかわらず、深夜から振り続いた雨のお陰で朝の釣りは中止。

結局釣れぬまま夕食を終えようという時に、突如宿の食堂にM住氏が現れ

「昨日の残りで今夜も飲めるから、食事が終わったら来てください

 僕らはもう始めてますから」 という強制的なお誘いがあり

たまたま同席していたバードウォッチャーと、しこたま食事をした後で

現場を訪れてみると、例の漬け(づけ)がおいしそうに出来あがっており

ついでにSさんの奥さんも含めた昨日と全く同じメンバーも出来あがっていた。

またしてもシテヤラレタ!といった感もあるが、マダマダ魚は十分あるので安心だ。

バードウォッチャーの女性に漬けを勧めると、どうも南国の魚は不味いとか

皆が構わず箸を着けたため、年甲斐も無く間接キッスが気になるのか・・・

アフリカの集落でモテナシを受けるエセ冒険番組風に恐る恐る箸をつける様が

妙に違和感があってオモシロイ。

けれど、その大き目の切り身を口に含んだ瞬間、確かな味を感じ取ったらしく

思ったより美味しかったわ!という表情は見せたが、その後は満腹のせいか

遠慮のせいか、それともキレイ好きなのか、箸をつけようとはしなかった。

まあ、そのぶん僕は食べられたわけで、それはそれでよろしい現象である。

こういう場合は人体に深刻な影響が無ければ遠慮も必要ないわけで

別腹を用意して食いつづける方が遥かに有利な人生を歩むことが出来る・・・

そう信じられるのは、ここにいる人たちの島情のお陰であろう。

 

最後の朝、飛行機に乗りこむ時、またしてもどこからともなく現れるM住氏、

そして起き抜けに、やおらバイクに乗って駆け付けてくれたO君。

たった二食の夕食を共にしただけなのに、この情の厚さである。

(M住氏の顔はなぜか謎のままになってしまった)

大東島と言うところは人生の何たるか、友情とか人情とかを考える以上に

一期一会を大切にして、人と接する心根を温めるようである。

久々にチョット島を離れがたい気分でイッパイになり、ジーンと来る別れだった。

 

さて、釣りも振るわないし、ただ遊んでいたのか?

飲んだくれていたのか?と思われる向きもありましょうが

実はあちこちで観察も楽しんでいたという事実を元に

来週は後編(中自然編)をお送りします。


ではまた