ゆるキャラに・・・願い込め
茨城県の海岸で、台風の波が来るなか、小学生が死んだ。
これは運が悪いのではなく、親の頭が悪すぎたのだ。
こうしてユルい親の子供は死ぬ。
それが増えすぎてユルくなった人類の数を減らす摂理である。
また人柱が発生したのである。
正直なところ、茨城県の海岸は砂浜だが険しすぎる。
砂の断崖があるのは、おそらく日本では茨城県あたりの海だけだ。
九十九里や鹿島灘は海流に削られた浜で、宇宙からでも見えるほど。
あらゆる意味で客観性がないということだろうか・・・?
砂浜だから穏やかと勘違いした、バカ親がいたのかもしれぬ。
砂地は、河川が多ければいくらでもできる・・・
海流や波浪とは無縁の、個々に独立した現象だが、
そもそも親のイメージが間違っていたのだろう。
イメージ、ささいな?思い違いで、人は死ぬ。
ユルい親御さんは子が死なぬよう、気をつけたまえ。
教えてもらえなくても、言い訳しても、子は死ぬ。
このような場合、私は誰に涙してよいのか、
あの世で、バカ親を嘆く子を哀れんだら良いのか、
バカを知らずに、ただ泣き叫ぶ親を哀れんだら良いのか、
見当がつかない・・・
ただひとつ確実なことは、遊泳禁止だった、ということ。
親も親なら、子も子だった、と言われても仕方ない。
私は命に関して、死後も未死も区別しない。
あの世にいった人間を敬っても、現世で意味は無いと思う向きだから
家族の心の傷口をえぐるとしても、人柱として役立ってほしいから
あえてキツイことを述べていきたいと思っている。
死者への批判もいとわない。
われらは生きていて、生き抜くべき存在だから
たとえいかなるバカ死者であっても、役立つべきだ、と信じている。
そもそも人柱を養い、派遣したのは誰だ???
私のような間の抜けたオッサンにどうこう言われる前に
すべきことをしておきたまえ、ならば人柱っ子はなくて済んだのだ。
あえて言おう、バカ親は人柱製造機そのものだ!
子が死ぬことで、他人の子が助かる礎だ!
いやむしろ、ただの犬死にでないことを祈りたい。
私に人柱の悲しみ方を教えてくだされば・・・
私も共に、人柱っ子の潔い死に、心より悲しみたいと願うているよ。
ところで、まったく関係ないが・・・野田さんって、
脂ギッシュで、ダチョウの上島氏に似ている気がする・・・
聞いてないよ!と真顔で一度、怒ってみてほしいような。
全員野球なんて・・・悪いがスポーツはどこまでいってもゲームだ。
スポーツで死ぬやつはいてはならないが、国策でヒトは死ぬし
領土が簡単に奪われていく。
スポーツ感覚で「真剣」さが感じられないのだが・・・
なんか立場が悪くなったらすぐ辞めますという
平成無責任社長みたいなのでいいのか? こんな甘ったるい日本で・・・
さてさて
妙な前書きになってしまったが、命にかかわるので仕方ない。
気分を変えて出直しだ!
さてさてさて
天城町の町制施行50周年の、ゆるキャラ募集に応募しておいた。
当初、ど田舎のキャラ募集なんぞに応募する御仁はいないだろうと
高をくくるというか、なかば卑屈になっていたから、忘れかけていた。
すると、幼児からプロデザイナーまで、
ゆうに100件を超える応募があったので、
締め切り間際に慌てて清書して、応募した経緯がある。
情けない話だ・・・
審査は、思った以上に厳正なものだった。
最初に、桜島など・・・鹿児島と徳之島を勘違いし
島と関係ないモチーフをキャラ化したものや、
そもそも、何を描いたのか不明なものを一次審査で除外したようだ。
二次審査は、イベントに集まった子供たちの投票による。
そして役場内の審査を2段階ほど実施して、決まったという。
私以外の、最優秀賞と優秀賞のお二方の作品はどうだ?
これはキャラでなく、カブリモノのデザインではないか・・・
こういうのって、キャラデザインなのだろうか・・・しかも
ゆるくないようにも感じる。
いやべつに、私のキャラを今更トップにしたいとは思っていない。
トップになるほどのキラビヤカで、分かりやすいキャラにした覚えはなく、
分かる人にはジンワリ分かる、ゆるヒネリキャラにしてあるから、
派手なキャラを蹴落とすことは、そもそも狙っていない。
今回ヒノメをみずとも、いずれ世に出したいと願うキャラだからだ。
のだが・・・やっぱり違和感は相当に感じる。
カブリモノキャラでは、キティやキューピー、ドラえもんには全く勝てない。
そもそもキャラクターの本来の意味、人格が存在していないのでは?
誰がカブってもイケちゃう・・・いやむしろ、
受賞した定型カワイイ顔の男の子、女の子顔?のより
もっとアクのあるヤツが、カブっているほうが魅力的である。
せめて島の人らしい、小麦色の肌の人がカブっていれば・・・
なぜここまでキャラに感じるものがあるかといえば、
小学生のころより、チマチマとキャラを真似たり、創作してきたから。
仕事で30年ほどやっている方がいたとしても、私は37年だ。
つまり、もっとも分かりやすく語れば
テキトーにカワイイ2頭身の男の子か女の子を用意し、
ご当地の名産をカブせるだけで、キャラっぽいモノになるのである。
しかも、できるだけ多く、名産を網羅的にカブせたりできる。
当然、カブせるものがダブったら、類似品になってしまう。
トップになったキャラっぽいのをデザインしたのは
そちらのギョーカイの人らしく、カブリモノをナリワイにしているようだ。
そりゃー製作もしやすいわな・・・人型だし。
私が審査員だったら、箸にも棒にもかからなかっただろう。(笑)
名産を脱いだら無個性で意味不明になるのは、キャラでないと
真っ先に審査基準を決めただろう。
さて、このままでは、私のトップ当選がなぜなかった?的な
つまらぬ記事になってしまうので、少し観方(みかた)を変える。
男の子は、人がロボットになってしまったり、ライダーとか機械に変化したり
乗り込んだりすることを好むが、女の子はそうでもない人が多いらしい。
自分そのものが、違った自分になる方が、感情移入しやすいという。
前者はロボットになったり乗ったりして、結果ロボットが活躍するが
なったり乗ったりするのは主人公でも私でも、結果オーライだ。
一方、後者では、最期までキャラや自分がなりきる必要がある。
今回のキャラ談義は、女性的なキャラ性によるのではないか?
と感じている。
セーラームーン、今ではプリキュアなど
(何で知ってんだ?テレビ無いのに)は、キャラの個性をそのままに
パワーアップして敵を倒す。
服装は変わるが、本質は元のキャラを引き継ぐ。
だが、00ガンダムに乗ってしまうと、ガンダムはロボットで人でない。
ガンダムをキャラと呼ぶ方は、実在しないと思う。
ガンダムにはアムロとか、セツナとか妙な性格の人物が運転することで
感情移入を余儀なくされるが、何のストーリー性も無いままに
高校生のスゴ腕ロボデザイナーが描いた超カッコいいモビルスーツには
からっきし感情移入をする理由が見つからない。
そもそも、なぞのガンダムらしきを、誰が運転しているかが問題だからだ。
どこの部隊か、いつの世代のガンダムか、誰と戦ったのか・・・
などが気になってしまう。
このように、カブっただけのキャラらしきは、それっぽいモノではあるが
感情移入できない物体であり、キャラにはなりづらい。
最低限、みあうストーリー(設定)を背負っている必要がある。
キャラデザインとは、最低限そういうものだ、として私はデザインしてきた。
厳格に決めたのではないが、そういう意識が自然とわいていた。
最低、次のワンシーンで何をするのか、想像したくなる架空世界の住人。
野菜の妖精というアニメがある。
あれがもし、カブリモノのキャラっぽいので構成されていたら
全く減滅で、話にならなかっただろう。
レタスやにんにく、トマトやニンジンをカブっただけの小人が
ウロウロしていた日には、見向きもされない。
幼稚園生の演劇を、わざわざアニメにするようなものだ。
幼稚園生なら、それぞれの子供たちの個性が楽しいが
カブっているナニカが、意味不明な存在では、皆目感情移入できぬ。
私の違和感はここに尽きる。
よりによって、上位2作品がカブリモノであることは
なにか今の日本を象徴しているように思うのだ。
私は私を殺してでも、あなたの言いなりで私を演じますから
できれば、なるべく高い給料をください・・・という社会を。
ダークグレーか、黒いスーツを着ている方は、そういう方だと思う。
そういう方に擬態しているつもりが、いつしか身も心もそういうのに
なってしまっている可能性が高い。 というか、すぐに染まってしまう。
いろいろ描いてきたから言うが
たいがい自分が描く主人公とかキャラは、自分の映し身である。
そこに、自分が願うナニかを封入してあってこそ、ストーリーが生まれる。
想いのない
単なるウツワをデザインするなんて、私にはできたためしがない。
110番受付けシステムにしろ、放送局のデジタルマスターにしろ、
パソコンにしろ、釣具にしろ、キャラにしろ、である。
想いのないデザインができるというのは、私にとっては哀しい人だ。
想わない、思いを込めないデザインができるなんて・・・
どういうデザイナー人生だろうか?
子供に食わせる飯が、本当に美味しいのだろうか??
晩酌が本当に喜ばしいのだろうか???
たとえ、マズイ!といわれても、作りたい、食べさせたい味があり
作りつづけるラーメンと、作りたくもないラーメンとでは違う気がする。
ましかし、価値観は人それぞれだ。
感情移入しないで済むほうが、気楽な人もいるかもしれない。
私は、クロウサギもサトウキビから作られる純黒糖も好きだ。
だからキャラとなった私に託したい願いが、山ほどあるのだ。
入賞させていただいて、感謝します!
投票してくれた子供たち、ありがとう!
私にはまだ、生きていく可能性が残されているようだ。
漫画を描いたりする人間は、もともと違う自分をアレコレやたらに
願ってしまう夢想家だろうと思う。
常に自分をキャラ化し、自分を架空世界へ投じてみるクセがある。
そういう意味では、私は徳之島でのキャラとなり、
演じながら生活しているようにも、思えなくもない。
ところで、こんなもんが売られていた。
シイラのアラ・・・ しかも島外からの輸入である。
シイラやゴマサバを輸入するほど、島の魚は乏しく、貧しい。
シイラを輸入することを発想してしまう、農協職員の育ちが恐ろしい。
しかもテゲテゲに、味噌汁に最適シールを貼ってある。
こうして、味噌汁に最適シールが貼ってあると・・・
島の奥様は簡単にだまされてしまう。 そりゃ笑えるくらい。
カワハギって味噌汁にできるんだね!?
そりゃもともとできて当たり前だ。(笑) 知らないほうが変だ。
少々ニオイが強かろうが、たいがいの魚は、味噌汁にして食える。
少なくとも、島のいかなる磯の魚よりも、輸入の魚のほうが
磯臭さはやさしい。
でも、シイラやブリ、カンパチは白味噌系の島の食卓事情では
味噌汁には厳しいだろう。 やはり丁寧にアクをとって赤だしとして
いただくのがよかろうと思う。 渋めの赤味噌が良く合う。
ましかし、どう考えても、シイラのアラを売るなどとは・・・
島人が魚を大切にしているから、と信じたいが
魚自体をぜんぜん知らないと思える、暴挙に見えて仕方が無い。
ヒキも輸入される。 スズメダイだ。
こちらはわりと人気があると思う。
昔から、島ではから揚げでいただいた食材。
でも輸入されている事実は、哀しい現実を見る思い。
島の東側の海は、根底から死んでいる。
サトウキビ作とひきかえにしたものは、かなり大きかったようだ。
だからこそ、サトウキビ作は捨てるに捨てられぬ産業。
クロウサギも絶滅させられぬ動物。
私がうぎうさぎに込めた願いは、いつか届いてくれると良いが。