パニック長男、修理不能
ガス屋修行を始めて、そろそろ一月になる。
ガス基礎の学習に始まり、メーターの開閉栓、ついに修理に至った。
何しろ驚かされるのは、取扱商品の機種の多さである。
修理にいたっては、20年くらい前のから、現在に至るまで
エアコンからビルトインコンロ、風呂がま、小型から大型の給湯器など
電気、ガスのさまざまな商品に対応する必要があるのは驚きだ。
何より、水がからむ商品、湯沸し、風呂がまなどのスゴイ所は
3次元構造になっているところである。
そんなの電気製品でも同じだ・・・と思われる向きは早計。
家電やパソコンなどは、箱型ユニット部品と配線のみでできている。
したがって配線はたどれば良いし、基板はみな二次元だ。
細かく言えば4層基板など多層化しているがそれでも平板だ。
基本的にはパソコンの組み立て、修理はかなりマスターした気がするが
給湯器の構造は単純なはずなのに、メーカー、世代、規模によって
中身が3次元的に構造が異なり、配線なら手繰り寄せたりできるし
家電ならコネクターをはずして部品を外しやすくできているが
ガスや水道配管が乱舞する給湯器は、内部配管も金属なので
そう簡単には外せない。外したら漏らないように組み上げるのに
時間がかかるため、なるべく外さないで診断するのだ。
これが複雑。
熱交換器(水を温める場所)や、配管の途中にある
電気で動く電磁弁の向こう側に配線が消えている。
そこに何があるのかは、見て判断するというよりは
給湯器の基本構造パターンを頭に入れておいて
あ〜これは過熱防止装置だなとか温度センサーだな・・・などと
同じような配線を見ながらおおよその見当をつけなければ
手のつけようが無い。
だがその基本構造を頭に入れても、メーカーによって
設計思想が異なるため根本的な装置が別の場所についている・・・
なんてことはザラにある。
これにはサスガの長男もデジカメ以上の複雑さを感じた。
同じ給湯器でも、台所の小型の湯沸かし器と、マンションなどで
通路側などに設置されている、風呂給湯器では、基本は同じだが
かたや電気仕掛け、かたや電池と水力によるカラクリ・・・それが
メーカー毎に、世代ごとに違うのだからやりきれない。
先週はその機器修理の研修と試験があった。
今までは、複雑な仕組みを頭に入れて、提案書を書けばよかった。
これは答えが無い。でも修理は答えを出さなければいけないし
もとより、見たことの無い機器に出会うのは、新米なら当たり前だ。
試験では練習とは全く違った機種が登場し、しかも構造体の前に
基板が立ちはだかるという滅法構造の見えない機種であった。
試験が始まり、動作を確認し、ガスと水道を止めて
風呂給湯器本体を空けた瞬間・・・・・頭が真っ白になった。
「なんだこりゃ・・・」
試験の機種は、まず難関として、電源が入らないようになっていた。
だから最初に怪しむべきは、ブレーカー。
なんと給湯器の中にブレーカーがあるのだ。
これはしかし、誰が見ても良くわかる場所にある。
次はヒューズ。
これは厄介だ。
長男の頭が真っ白になった原因は、ヒューズではなく
構造理解をしてからでないと、部分を見に行けない・・・という
前の電機メーカーでの仕事ステップを踏む時間がないことに由来する。
どこに何があるのか、頭にイメージしてからでないと
部品のチェックに入れないのだ。
しかし、試験は一時間。
経験があれば2分くらいで構造チェックできるのだろうが
練習では2機種しか触れないし、その2機種でさえ
おぼろげにしか構造を見抜けなかった。
まずい・・・
多分、普通の生活をしていたら、部分から見ていって
分かるところから手を付けることができるのだろう。
しかし、その考え方を根本から変えてきたのが前の職だった。
いったんパニックに陥ると、再起動できないようで
やっとヒューズを見つけて、テスターを当てたのに
その切れている状況を見抜けない。
オマケに、やっと見つけたヒューズを手で外そうとしたら
ビリッときて、わが身に100V通電・・・
もうパニックは止まらない。
やっとヒューズを交換して、電源が入っても
今度は別の試験用トラブルが用意されている。
電源が入れば、風呂給湯器は操作用のコントローラー
(給湯温度や風呂温度、自動お湯はりを設定するアレ)
があるので、そこにエラーコードが出るから、わりと簡単。
しかし、パニックに陥った長男は
取説のエラーコードに照らしてはみるものの
不良らしい、温度センサーを見つけられない。
風呂温度を検知するセンサーが不良なのだが
誤って別のセンサーのコネクターを引っこ抜き
テスターをあててしまっていた。
しかし・・・間違っているはずのセンサーも
破損していたようで、抵抗値無限大・・・断線している。
コレだと思ったが、しかし試験では簡単に交換できる部品が
対象になっているはずなのに、これは風呂循環ポンプの
裏側にあり外すのにはベテランでも10分はかかるセンサーだ
おかしいな・・・
おかしいのはセンサーだが、テストとしてもおかしい・・・
パニックはなおも加速していく。
ええい!抵抗値は正しいから部品交換だ・・・ふと
試験官が、そこではないという。
あれれ?そうなんですか?
確かにサーミスタ異常なのだが・・・
(サーミスタ:温度を検出するセンサーで温度で抵抗値が変化する)
ガス機器修理の試験は、落とすための試験ではない
自動車学校と同じで、正しく作業を行えるようにマスターさせる
試験であるので、試験官が少し助けてくれるのだ。
でも、テスター当てて駄目だったのにである。
良く見ると少し上の分かりやすい風呂側配管にもセンサーが・・・
そっちが正解であった。
とりえあえず部品二個交換した段階でタイムアウト。
あわてて燃焼試験、漏電とガス漏れ検査をしてふたを閉め
タイムオーバーしながら一酸化炭素濃度検査をして終了。
多分、実技は落第だ。
後で聞いたら、別の試験ブースの仲間が
「風呂温度センサーを取り替えて風呂を沸かしてみたら
またエラーが出たんだよね、でも試験官がそれはホッといて
というんだ、試験の機械は古いのでアチコチガタがあるんだってさ」
なんだ・・・・・?
あの風呂ポンプ直上のも壊れていたのは間違いなかったのだ。
でも、エラーコードが発していたエラー源のセンサーではないことも
事実であった。
修理とは奥深い。
多分、現場ではもっとスゴイエラーや故障が待っている。
あの試験対象外のセンサーを交換しても、同じエラーが出続ける。
つまり修理の第一弾としては失敗だ。
実技試験が終わった後、筆記試験があったが
そちらは多分それほど間違えてはいないはずだ。
筆記試験も終わり、ふと手帳をみていた。
上司兼釣友が、これを使うとインストラクターの印象がアップする、
といって渡してくれた東京ガスオフィシャル手帳である。
ちなみに、これを玄関先でお客様にかざし
「こういう者です。ガス機器、見せてください。」
といって、任意で家庭に入り込み、ガス機器を見られる・・・・
なんてことは出来ない。
ただの社員手帳だ。
一応忘れないように、その日の顛末を記入することにしている。
ん?
・・・・・・・・・・・・・今日、仏滅じゃん。
長男はメーカー勤めのころから、大切な行事は大安と決めており
会議開催などは可能な限り大安にしていた。
大安では全く会議が紛糾したことはなく、実に霊験あらたかなのだ。
この度の事で、その逆も然り・・・・・・・・・・・・が証明された。
田町にある東京ガス研修施設は7月末をもって閉鎖となる。
その記念すべき最後の試験に落っこちた・・・
感慨とともに悔しさとも気概ともつかぬ、不思議な気持ちが沸いて、
いや湧いていた。
湯沸しならまだしも心を煮やしてはイカンいかん。
チャンスがあったら、又来ればいい。
きちんと資格を持った先輩と一緒なら、現場で修行はできるからだ。
「今度は絶対に落ちることは無いけん、鶴見で待っとれよ」と
つぶやきながら、夕暮れの田町駅へ向かっていた。
少し前ならば
駄目だ・・・せっかくもらったチャンスなのに、ヘボやってしまった・・・
と、かなり落ち込んだことだろう。
トレーニングセンターの門まではそうだった。
けれど駅までの道々、「大丈夫、自信を持って」と、
4月に南大東へ行った時に、大切な友が言ってくれた言葉が
胸に響きわたっていた。
そうだな、今はクヨクヨしても始まらん。
前に進むしかないし、パニックで試験は落ちたろうが
長男の頭には髪の毛こそ減る一方だが、知識は減らない。
ここで勉強したガス機器修理は忘れんぞ・・・などと
青春中年してしまった。
さかのぼること5日、
初めてガス機器分解、ガステーブルを分解、組立てした時だった。
さて、組みあがったから、昼飯に行こうとテキストをたたんだ時だ。
コロンとビスが一本転がり出た・・・
ややっ!
正常に動くのにビスが一本余ったぞ、得したジャン・・・・
このとき既に何かが始まっていた。
本来、研修上は分解しなくても良いイグナイターという部品が
その前の週にお客さんのところでトラブっていたことがあったため
このガステーブルではどこにあるか確認しておきたかったのだ。
でも、そのビスをしめ忘れ・・・
(イグナイター:パチパチパチと点火するための高電圧を作る装置)
しじゅうになってパニックか・・・長男もカワイイとこあるな。
もう、めったに緊張したり恥ずかしがったりしないのだが
案外普通の人間なんだなと、妙に安心してしまった。
それに、こればっかりはもう直らんだろう。
さあ研修はここまで、いよいよ本物のガス屋修行だ。
先月の初めに学んだ、まずはガス開閉栓からだ。
旭区で修行することになったので、そちらへ引っ越される方は
お覚悟を・・・
こちらは修理ではないので、キチンとガス漏れさえチェックすれば
あとは大丈夫。
泥舟に乗った気持ちでお任せください・・・ビスには触りませんから。