島旅の始まり
失業者生活というのは、心にわだかまりなく、よどみなく
思うまま、気の向くままに旅ができるのだと知った。
開放感、ほんの少しの孤独感、自然との一体感、島旅は始まった。
南大東の生活。
釣りは例年になく一段と厳しい。
水温が異常に低いのだ。
しかし、おいしいサイズが釣れるとすぐに宴会だ。
小さくたって美味しい事は、皆知っている。
皆といっても、島んちゅではない。
南大東で暮らしながら、鳥類研究する彼らの舌は肥えている。
なんといっても、先生こと、モズ博士Tの弟子たちである。
モズ博士T自身がかなりの釣りの腕なので、釣った魚を食べなれている。
しかもだ、彼の釣る魚は年々でかくなっている!!!
鮮度、食味、大きさがそろわないと、そうそうびっくりされない。
恐るべき学生たちなのである。
大東にくれば、皆少なからず舌が肥え、スケールのデカイ人間に
自然に成長していくのだ。
釣った魚は当然釣った本人がさばかねばならぬ・・・
宴会に至るまでには、それなりに労働も必要なのである。
またしても、O山建設、女子寮の台所を借りての調理だ。
カメラマンをしてくれているH江さんがいなければ、
怪しすぎて通報されてしまうところだ。
相変わらずジジが足元にまとわりつくなぁ。
怪しい気配に女子寮の住人がやってきた・・・が
無事110通報は免れた。
ジジ、男らしい尾の身をやるぞ!残さず食えよ!
お造りにするのは、その日の料理番、M井君だ。
男らしく造ってくれ!とお願いしたら、テッサ(ふぐ刺し)風に
きれいに盛り付けてくれた。M井君の男らしさとは
職人芸と見つけたり!微妙に男らしさとは違う気もするが・・・
ナーベラー(ヘチマ)の味噌煮もM井君が作ったものだ。
早くも席についているのは、暇な僕とお腹をすかせたH江さん。
H江さんもついでにいただきま〜す!って・・・いかんいかん邪念が・・・
しかし・・・今年の大東は本当に寒い。早朝は息が白く見えるほどだ。
沖縄で息が白く見えるなんて生まれてはじめての体験だ。
長袖一枚でバイクに乗ると寒いので、ライフジャケットを
必ず着てから出かけている。
それに加え、風が2月のようにグルグルと、めまぐるしく風向きが変わるので
シケている磯、凪いでいる磯が読めない・・・なんとも釣り辛い。
そんなだが、底物用仕掛けのテストとか、ちょっとヤワな竿のテストなどを
しながら、今年のイメージをつかむには、磯へ出かけるしか釣る方法はない。
底物用の仕掛けは、半分成功で、足元ではあったがバラハタの
子供サイズが釣れてくれた。
一方、去年の夏から投入している、シマノの細身でヤワそうに見える竿だが
カスミアジがかかってアワセを入れるためにしゃくったら、少したるんでいた
糸が穂先に絡んで、あっけなく折れてしまった・・・
やっぱり慎重に使わないと、かなり弱い。
それに内地のように足元でなく、ある程度距離をとって魚をヒットさせる
タイプの釣りならよいのだが、大半が岸から5メートル以内でヒットする
ヒラアジの多い南国では、こういうトラブルは日常茶飯事である。
さすがに旅のはじめの3日目にして竿が一本使用不能になったかと
かなり凹んだが、ふと、考え直して、折れた部分を更にきれいに切り取り
2番目のガイドをトップガイドとして使うことにして、釣りを続行したら・・・
カスミアジが釣れてしまった。かろうじて使える感じだ。
おかげさまで、冒頭の宴会ができたわけである。
しかし、かなり無理な使い方をしたものだ。
カスミアジは小さいなと思って、海からゴボウ抜きしたが
計量の結果、50センチ弱で2キロ強であった・・・
かなり太目の、コンディションの良いオスで、食味も最高であった。
だが、引き味の方はというと、竿が新しいと、こうも違うのか
竿で魚が引くのをためて、魚の大きさと反応を見ているつもりが
10秒もしたら勝手に魚が足元に浮かされていた。
糸は一ミリも出てないし、引きは結構強かった。
竿がすべての力を吸収し、更に反発力で
一瞬力を抜いたヒラアジを水面まで持ち上げてしまったらしい。
こういう芸当は、古い竿には真似できない。
つまらないといえばつまらないが、魚が弱らないので、
味も良いうちに魚を引き上げてしまうことができるようだ。
大東にはSICトップガイドがあるだろうか?
暇なときに、探しに行ってみることに。
男性の人差し指くらいしかない細い竿に秘められた力は
相当なものらしいことが分かった。
が、細いだけあって、ヤワであることも証明した。
トップガイドが吹き飛んだことで使いやすくなると良いのだが・・・
といったわけで、あせらず、ゆるゆると釣りをしたり
はたまた、ちょっとだけ移転した鳥類研究室へ遊びに行ったり
魚が釣れれば宴会したりと、愉快な日々である。
ところで
研究室で保護されているモズのヒナ「しゅらいぞう」
(英語のモズ、シュライクを冠したらしい、命名だが、かなり無理がある)
は、日に日に成長していくのが分かって面白い。
来た日はまだ、研究室でわりと大人しくしていたが
宴会をした3日目にはすでに部屋の中を飛び回ったり
僕の肩にのったり、頭に乗ろうとして滑り、笑いをとったりするほど
ぐんぐん成長している。
ちびだが猛禽で、鋭いくちばしは、子供のころから同じであるが
決して人間にクチバシで攻撃することはなく、ちょっとナツキ過ぎだが
かわいいやつである。成長したら、ちゃんと自然に帰れるだろうか?
まあ、そのあたりはモズ研究第一人者のT博士の腕の見せ所だろう。
一方、片羽根を猫にもぎ取られ瀕死であった風子(ふうこ)こと
ダイトウコノハズクは、小さいが立派な大人らしく、傷も癒えて
大き目の小屋を作ってもらい、更に、調査で島でもっとも蚊の多い場所
と分かったため、夜は蚊帳をかけてもらい、元気に生活している。
こちらは、A谷さんにはなついているが、長男が行くと
しっかり耳を立てて擬態し、警戒している。
ただ、片羽根がないので、自然には帰れない。
親兄弟は全滅し、天蓋孤独かも知れぬが、目の光はしっかりしている。
大人の手位しかないミミズクだが、たいした奴だ。
そんなこんなで、人に触れ、動物にも触れ、旅の出だしは
至って好調である。