台風のあと 秋らしさ
いよいよ兵士不足に陥ってしまったプーちんが、行き場のない戦争に
いかなる無謀な手を打ってくるやら・・ 不気味な情況になってきた。
原発に手を出して、茶を濁して時間稼ぎをするものの、世界から支援
を受けているウクライナの戦力には、正面から対抗するすべはない。
前総理の国葬でもめている。
そりゃそうだ、ぱっとせぬ現総理の実績づくりでしかアリエナイのが
ミエミエだからだ。 この3年、じゃぶじゃぶにバラマキ行政を続けて
さらに国費をつぎこむ理由が、あまりに希薄すぎる。
プーちんも、我が国の与党も、内政でしくじりを続け過ぎてきたことで
ナニをやっても、自縛を強くしてしまうだけ・・ なのかもしれない。
武漢発コロナウィルスの8波は、いづれインフルエンザと同時に来る。
感染力アップであっても、重症化リスクが低ければ、なんとかなるが・・
それにしても、中国人がバラまいたウィルスなのを、忘れてはならぬ。
それに、ワクチンと称しつつ、重ねて遺物を体内に蓄積するリスクを
許容していく覚悟をし、摂取せにゃならぬことを、忘れてはならぬ。
きょうは青空のもと、ツクツクボウシの一種、クロイワツクツクが鳴く。
湿度も60%ほどで、とてもサラッとして秋らしい。 気温は28℃くらい。
昨日まで悩まされていた仕事から解放され、きょうは仕事をする気がない。
この解放感こそ、脱サラ、島暮らし、独身生活の神髄である♪(笑)
と謂いつつ・・ 先週末は会えなかったから、カノジョに会いた〜い!!!
ワシのメロメロ度は、キチンと常人なみに回復したのかもしれない・・
ところで
想った通り、おふくろ様から入電。 文字入力がゼンゼンうまくいかぬ・・と。
一応、時計のわきにあるメモに記しておいたんだが、やっぱりダメか。(笑)
純正のスマートキーボードは左下のすみに、キャップスロックの一発キー?
みたいなのがあり、知らぬうちにたなごころが触れると、シフトキー押し続け
現象が発症するのである。
そもそも、このキー配列は、コントロールがキャプスロックの位置にあって、
UNIX由来のプログラマーオリエンテッドな配列で、なぜに左隅に、特殊な
キャップスロック押し続けキーを採用したのか知れない。
フツーにキャップスロックでよかったハズが、左下とゆ〜特殊配列だけに
ムダに利便性を付与したかった、安直発想アリアリ現象と思われる。
逆に不便になったパターン・・・
常人レベルのアイデア? いや、だたの思いつきレベルなのに、
キーボードに持ち込むなよなぁ、日常的に大迷惑だわい。
薄型でありながら、キータッチも良好なのに、台無しだ。
アップル社における、ポン語キーボードの扱いが、なんとなく知れる・・
もしかして、ワザトか???(笑)
台風14号は、ぎりぎり島をそれてくれ、暴風圏に入らなかった。
んだが・・ ほとんど内地を総なめにしていった・・
南国の島々が、いかなる台風にさらされてきたか、知れたかな?
内地の所得の半分くらいなのに、こんな災害を日常にしてきたんだから、
少しは感じて欲しいんだが・・
いつぞや、915hPaで大騒ぎしたが、今回は910hPaまで下がって
いっそう深刻だったのに、報道は控えめだった気がしないでもない。
プーちん戦争の影響が大きいんだろうけど、台風はイベントじゃないよ。
きのう、ようやくその台風の影響から解放された。
すると、やはり鳥たちにも、そのご利益が・・
飛来したセキレイは、目のところに過眼線と呼ばれるラインが無い。
黄色い顔だから今年生まれの幼鳥なんだが、背がグレーで・・
ホオジロハクセキレイだか、シベリアハクセキレイだか判りゃしない。
けどまぁ・・ 嬉しい♪
さらに、見たこともない地味さのシギが現れた。
小柄でもない、大柄でもない・・ さりとて中柄とゆ〜には小柄・・
芝地に飛来するなかでも、ヒバリシギより大きく、ムナグロより小さい・・
アメリカウズラシギより、エリマキシギのメスより、さらにさらに地味で、
ビミョ〜に小柄なような・・ メニヤックなワシを試すような恐るべき地味さ。
決め手は、首の後ろとゆ〜か、肩?のあたりにある小さな斑点、
つまり小紋(こもん)があるから、コモンシギなんじゃぁぁぁぁぁ〜。(笑)
たぶん、徳之島で未記録だったシギだ。
チシマシギ、ヒメウズラシギ、ヒメハマシギなど、地味で小柄なシギが
未見なワケだが、まず見かけるならコモンシギだろうと思っていたのだ。
まんまと想定内。
せっかく離島で生活しているから、仕事のみならず、趣味の方面でも、
あれやこれや予測して、日々の出逢いに備えるのが愉しみ〜♪
ずっと期待しつづけているのが、カラフトアオアシシギとヘラシギで・・
まだまだ見られそうにない。
かなりメニヤックな文書で顛末を記したが、ま゛〜、ワシ/私の日常は
テレビを眺めないぶん、雑然とした情報がなく、思い通りの記憶を残せる。
集中力が低下していても、集中しやすい環境なのは謂うまでもなかろう。
思うように生きられることは、幸いだ。