知っていること と わかっていること
巷の見え方
初詣は、伊勢志摩サミットの影響で交通規制がかかり、両親の代行詣でに切り替わった。
カミへのお礼や加護を願えないことには、一抹の不安がある。
現代のポン人にとって、祈りに力が存在してることは、もはやオカルトになってしまったが、
科学で謂うところの、質量保存の法則くらいは知っているだろう。
祈りのとき、脳で消費された糖分が何になるのか・・・考えてみるといい。
熱に変わっているようでは、脳はただのホッカイロだ。(笑)
祈りや思念は、意外と明確な力として存在するものだが・・・気と同様に感じられなければ
空気と同じで、その影響がわからないまま人生を送ることになる。
わからないことが、存在しないという理由にはならないのだが、
科学とは、安易な立証のみに頼った手法により、そうした盲目現象を推奨する学問でもある。
んまぁ゛・・・イスラム教徒の戒律に対する内向きのパワーは、どちらかというと
単なるストレスなのだろうけれど、あれもまた妙な力を形成している。
カーストは、より過激な社会システムだが・・・ヒンドゥーは、より高い精神性か、
もしくは、社会に歪の発散手段があるということか。
歴史の浅い、戒律主体のイスラームとは根本が異なる、ということかもしれない。
それにしても、キムチンたちはダメだと思っていたが・・・やっぱりさらにダメだった。
北キムチのパチ核実験について、南キムチがチャンの働きかけが大切だ・・・と。
民族のことを他民族に依存するとは、恥を知らぬとはオメデタイ。
水爆の実験には二つの意味がある。
1) 水爆を保有することで、全世界を巻き込む戦争が可能なこと
2) 水爆のテクノロジーを実現して、小規模な核兵器を用意可能なこと
ひょっとすると、平和ボケなポン人は(1)を懸念したことだろうが・・・ナンセンスだ。
1)のような妄想を描くようなら、軍事については口を挟むべき権利すらない知能だ。
国力とは、大きさではあるものの・・・地球の破壊力ではない。
これまでの兵装は破壊力だったが、水爆や・・・この先にある反陽子兵器は、
もはや兵器というよりは一掃装置であり、一瞬で蒸発する兵器である。
すなわち、その地域の何もかも御破算にする装備なのを、認知する必要がある。
問題は部分核と謂われてきた(2)だが、水爆の実験がパチな北には無理だ。
いや、正確には・・・今回ギリギリ成功したとしても、まだゼンゼン無理である。
そもそも、このギリギリな北キムチ的タイミングで実現せず、もっと早くしとくべきだった。
ギリギリになったということは・・・外交ポーズのみであると容易に判断してよい。
北キムチは、それほどの技術も脳力もありはしないことは、世界が認識している。
そこらのオバハンたちが、何も知らずに怖い怖いといっているが・・・
私は軽々しく怖がってしまうオバハンが怖い。 怖がったら何か起こるのだろうか?
とても哀れな振る舞いなのに、恥を感じていないことに・・・見ているほうが恥ずかしい。
考えない連中が、世論を左右してしまうことが恐ろしいし、あるいは負の意識が集中すれば、
なんらかの力を持ってしまうかもしれない。
ま゛〜オバハンはとかく、無駄に糖分を摂取しているので、無駄に動揺して、
糖分を消費するのは健康にいいのかもしれない。(笑)
報道で、そうした恥ずかしいオバハンを街頭インタビューしてるのには・・・
ジャーナリズムを通り越して、あんまりシニカルで視ていられない。
帰ったら探そうと思っていたのは、やっぱり鳥だった。
年末年始で増えたウェストは、そうそう引っ込みそうにないものの、
肉抜き+粥生活で、胃腸も含めて正常化しつつある。
2週間の不自由な規則的生活によって、不眠は進んでおり・・・週末はダウンした。
私はどうやら、天井のネズミとの生活によって聴覚が過敏となり、物音に反応してしまう。
毎夜、ネットラジオなどを流して寝ていたが・・・やはり声に脳が反応するらしい。
理想的なのは、環境音のようで、砂浜の柔らかい波の音がいいようだが・・・
持っているCDの音源は、どうも岩場の浅瀬の録音のようで硬く、耳障りであるばかりか、
沖合いを通る船舶のエンジン音が届いてしまっている。
ディーゼルエンジンの超低音は、ずいぶん遠くからでも届くから仕方ないのだけれど。
島とはいえ、人工物の音がしない環境音の録音は、そうカンタンではなさそうだから、
実に悩ましい限りである。
周囲の音を消すとなると、かなりの音量が必要で、柔らかで録りやすい音源となれば、
ゆるい落差の沢のせせらぎ・・・あるいは湧き水あたりだろうか。
浅い眠りにたゆとうかと思いきや、体長3mのキングコブラの捕獲の夢などに悩まされながら・・・
夕方まで寝ていた成人の日、空腹で目覚めたとき、一報が入ったのは新聞記者殿からだった。
かねてより、ネタとして温めていたというか、寝かせすぎて酸っぱい古漬けになりそうなので、
チャンスを見計らっていたのは、ヤツガシラの越冬であった。
珍鳥の来訪ネタは、昨年もそこそこ用意できたのだが・・・やはり努力で実るネタもないと、
動物写真家としてのキャラ設定が揺らぎかねない。(笑)
たまたま天城町には空港があり、その隣に運動公園があるから、
誰でも労せず、珍鳥をらくらく発見できる・・・と思われるのも、いささかシャクである。
12月はじめまで、ヤツガシラは運動公園とそのまわりをウロウロして過ごしていたが、
外来種モクマオウの伐採という、安易な考えで風除けになっていた木々がなくなってしまい、
ねぐらを失ったヤツガシラは雲隠れしてしまう。
現代のポン人は、科学に麻痺してしまって、わりとカンタンに伐採するが、
樹木の生長が早まる技術は無いから、伐採するならば、よく考える必要がある。
たぶん、ほとんど100%のポン人が、酸素を植物が生成していることを忘れている。
ということで、話は逸れたが・・・ヤツガシラは行方知れずになった。
のに、ヤツガシラが行方をくらませた先は、2キロ先にある職場の同僚の家の前だった・・・
のは、偶然にしてはデキスギである。
しかし、想像していた通り、冷たい雨の日が続いたら、また失せてしまった。
のに、見失って数日後・・・よりによってまた運動公園に戻ってきた。
運動公園の職員で、いつも草木の手入れをしているM原氏は、
9月の飛来時からヤツガシラを見守っていて、作業しながら私よりも日常的に見ていた。
日が高くなり土が乾いたころに運動公園へやってくる・・・と見立てていたのがヒントになった。
休憩しながら遠目の利く眼力で、イノーの野鳥もチェックするし・・・なかなか侮れないオジサンだ。
彼曰く、私が去ると現れるというから、ひょっとすると望遠レンズを恐れているのかもしれないし、
あるいはカレー臭か、オッサン臭というか・・・独特の気配?が嫌われたのかもしれない。
なにしろ、ツル系男子で無駄に光っているかもしれないし。(笑)
M原氏の見立てどおり、どうやらヤツガシラは乾燥地を好むらしいことがわかってきた。
ただ、私が観察したときには朝露のなかでも採餌していたから、背に腹はかえられぬ時もある。
で・・・その見立てを参考に、年明けになってから探そうと決めて温存していたのが、
発見地の戸ノ木団地東側の「平和の森」であった。
ここも、戦後に植林されたモクマオウの林で、伐採されないか冷や冷やである。
このごろ、うっそうとした下草が刈り払われて砂地に戻ったから、
乾燥はせずとも・・・赤土の大地よりも、すっと好ましいだろうと予想していた。
正月明けに帰島してから、やはりヤツガシラは運動公園にはいない。
というより、北西の強風と冷やい雨が続いたようで、ほかの鳥もほとんどいなくなっていた。
せいぜいシロハラとウグイス、メジロとキジバト、イソヒヨドリ、ヒヨドリ、それにハクセキレイと
筋金のような根性の座った連中のみ。
あそうそう、逃げないスズメと、風のように飛ぶリュウキュウツバメもいたっけか。
で、ようやく休日に晴れたので、平和の森へ赴いたのであったが、思ったとおりだったワケだ。
刺激して移動されても困るから、できるだけコソッと撮影するものの、
ある程度のカット数がないと、バカメラEOS7Dは、すぐにピントを外して背景へ目移りするから、
あれこれ設定を変えながら撮っておく必要がある。 そこらの加減が面倒である。
AFポイントが多点になったマーク2ならば、そうでもないのだろうが・・・
あんなのに10万円以上払うくらいなら、ヤツガシラに辛抱してもらう方がマシである。(笑)
そういえば、このごろまたニコンに引き離されてしまった。
多点AFの意地があるのだろう、150あまり・・・と桁違いに増加させた。
ヤリスギっぽい・・・と思ったらカウントの仕方を工夫してみた・・・みたいな感じだ。
プロレベルであっても、瞬時にAFポイントを選択できるのか、無駄に心配になる。
私もそうだが、飛ぶ鳥を撮影する際は、鳥の位置や向きに合わせて、
逐次AFポイントを移動させつつ連写を続ける・・・ということをやる。
それができるのだろうか??? 心配しても無駄なのだが。(笑)
画素数を2千万画素程度にし、EOS7Dマーク2と同等にしたところも面白い。
ただ、それでは画素密度が低いので、私の食指は動かず・・・このごろ多用している
ルミックスG7の方が実用性がある。
D500はWi−Fiは費搭載だが、Bluetoothが装備されているのは興味深い。
ただし、これはたぶんオンチっぽい。(笑)
スマホなどにBluetooth機器を複数接続すると、電波の奪い合いになることもあるから、
安定した通信は望めない。 あるいは、Wi−Fiとも同じ周波数帯であるし。
先の多点AFを、定点?にいるヘラサギでシミュレーションしてみた。
中央左寄りの横長めの白点がヘラサギ。
拡大すると、目のところの特徴からヘラサギとわかるのだが・・・これではAFは無理だ。
私が電子ファインダーにコダワルのは、むやみに近寄って観察圧をかけることなく、
手際よく記録をとりたいからであり、こうしたシーンではG7のファインダーで10倍拡大し、
マニュアルフォーカスした方が効率的である。
G7は2000万画素機に比べ、8%くらい画素密度が高く、緻密な画像が得られるから、
種の判別には向いている。
ともあれ
機敏に撮影するためには、やはり高速AFのEOSを用いる。
やかましいシャッター音を平和の森に響かせつつ・・・そこそこ撮影して撤収。
バイオで確認したら、虫をくわえた姿のうち、ジャスピンのものがあってホッとした。
ヤツガシラのピント合わせは、ほぼ後ろ半分のトラ縞で行うから、真横が理想的。
素人チックに顔でピント合わせ使用とすると、すっぽ抜けて後方へ目移りするから、
コントラストが高く、バカメラでもピントが合いやすい、顔より手前にある部位が理想的である。
面倒はまだある。
液晶でピント確認ができそうなものだが・・・なぜかRAWデータだとできない。
JPEG+RAWで撮影するとできるかもしれないが、それではメモリーカードの無駄だし、
書き込み遅れによる、撮り逃しも発生してしまう。
高価な一眼であっても、意外と実運用上困ることが多い。
ちなみにG7も同様で、RAW画像を撮影後に拡大すると荒くなるだけで、やはりNGである。
新聞を見てか、NHKからの映像提供の連絡があったと、
地元ケーブルテレビの担当者がデスクに現れた。
通常なら、これだけ有名な珍鳥なので、誰かが動画撮影していそうなものだが・・・
徳之島には、内地の常識は当てはまらない。(笑)
埋もれるは、沙まみれになるわ・・・砂地で三脚など使いたくはないから、私も撮影していない。
ここでひとつ、大きな問題があることに、お気づきだろうか???
「信憑性」である。
新聞に載りたいがために、パチ情報を流した・・・と疑われても仕方ない。
顔なじみの新聞記者殿は、迷わず掲載してくれるから、ほんとうに有難い存在である。
今回のは、奄美群島ではおそらく「初確認」のネタである。
んが・・・私も自信がない。
以前、観察会のとき奄美野鳥の会の会長と話した雰囲気だと、たぶん間違いなさそうだが・・・
「無」を証明することも、なかなか難しい。
少ない記録ほど見つけにくいもので、インターネット時代以前の情報だと、なお困難である。
初であることも大事だが、記録が残ることが最も大切である。
少なくとも、越冬でないとすれば、1/9に渡来となり・・・
これまた、もっとも早い渡来の記録である。
これまででは、1月下旬の記録が奄美大島にある。 ひょっとして、越冬の見落とし?とか。
とはいえ、北風と雨降りの続いた天候で、わざわざ渡ってくるような種でもない。
掲載後、このあいだ期限切れから3週間ほど経ったヤクルトを喜捨していった知人から入電。
なんでメジャーな新聞に載せないのか・・・と。
まったく、大きなお世話である。
記者殿との信頼関係もあるし、メジャーな新聞ばかりに情報が集中するのも面白くない。
研究者でもないし、ガイドでもないから、さほど名を売る必要もない。
知りたい人だけ知っいればいい・・・という情報発信もアリだと思う。
新聞ならブログよりも情報発信力は強いし、誰かが読めばクチコミでも伝わる。
ヤツガシラについては、
春先の渡りの時期にジロジロ眺めてきたものの、越冬する姿は初めてだ。
初めてだ・・・といってももう4ヶ月近くになり、知っていた程度だったことが・・・
少しずつわかってきた・・・に変化しつつある。
このごろ気づいたことがある。
そんなことをいったら、何も○○できない・・・とか、
みんな○○している・・・と謂うのはダメニンゲンのセリフだ・・・ということ。
たとえば、
化学調味料入りの食材は、みんなが食べているし、
そんなの気にしていたら、なにも食べられない・・・のようなセリフだ。
何もとか、みんな・・・と証明できるほど知りもしない、調べもしない、
まったくヤル気もないはずが、自分の無知や無能を非難されると、
猛然と反発するときに発せられる哀れな言葉づかい。
俗に言う、図星というヤツで・・・まるで子供のような、稚拙な反応でしかない。
大人になって、知ったかぶりした挙句、こうした言葉を口にしないよう気をつけたい。
ちなみに
化学調味を好んで常用しているのは、日本海と東シナ海に面した地域だけの異常な習慣。
食品に、他の食品の風味を偽装しているのであるから・・・厳に慎むべきだと思うぞ。
やはり、この地域の民族は、真似る・・・のを好む習性が根強く、食品にも転用されている。
さておき
越冬したヤツガシラの個体の行動は、個性かも知れないから、知ったかぶりは禁物だ。
どうせ他の観察者に邪魔されることもないので・・・腰をすえて観察を続けるしかなさそうだ。
ヤツガシラがいる平和の森は、
戦後、特攻隊の中継基地だった滑走路の北端につくられた林である。
70年が過ぎてもなお、大戦末期の跡が残っていた。
足元にあったのは・・・ややひしゃげた、おそらく13.2mmホ式高射機関砲の薬きょう。
ここらは何度も米海軍から空爆を受けており、平和の森は滑走路の北端にあたる場所にある。
北部から進入する機体を撃ったもの・・・つまり昭和19年秋ごろ発射されたものではなかろうか。
というのも・・・町誌の記載によれば、
当初は北部からの侵入機に対して、我が家の近所「湾屋」の崖から対空砲火を行い、
比較的容易に要撃できたといい、それを嫌った米海軍は、轟木方面=東側から飛来し、
南西方向の平土野へ抜けて空爆するようになった・・・との記載があった。
ちなみに
米機が撃墜されたときには、飛行艇が飛来して救助していった・・・とも。
度重なる空爆のなか、この砲弾をどのような心持ちで運び、装填し、放ったのか・・・
やはり戦争は勝ってナンボだと、しみじみ感じられる。
ただ、戦争が長引けば、メリケンとナチスが、必ず原爆を多用しただろう。
負けるが勝ち・・・などと軽はずみなことは謂えぬが、昭和天皇の潔い英断があったればこそ、
現代のヤツガシラ追跡生活がある・・・かと思うと、時の流転とは、あまりに不可思議である。
下草が刈られ、ヤツガシラがいなければ、わざわざ平和の森に入り込むことはなかっはずだ。
島は、生物のみならず・・・いろいろ深い。
魚は釣りづらいものの、居続けするワケはイロイロあるのだ。
ともかくも
知らないことを純粋に探求するのには、静かすぎるくらいの島がちょうど好い。