観察は金にならないのか?
ちまたの面倒ごと
フクシマのドリーム凍土壁はどうなったのだろう。(笑)
ぼちぼち原発が再稼動するらしい。 次の想定外はどのような被害を産むのだろう。
ど〜でもい〜ことだが、地下水がジャジャ漏れだったのをどうするのだろう・・・
海水で薄まることも確かだが・・・放射性物質は意外に集中しやすく生物濃縮される。
思わぬところで顕現したときに、トボケきれるのだろうか???
東電を容認し続けている政府は、また国民にアイマイな説明で、負債を押し付けそうだ。
福島、茨城の漁民は、今もその恐怖を知らない。
核は今も、確固たる人類の畏怖を支えている宗教以上の存在だ。
ようやく、島の家庭菜園が台風から立ち直ってくれた。
お陰で、100円の直売所には豊かな葉物が出回るようになり、助かっている。
それでなくても物価が高い島では、100円野菜が家計を左右してしまう。
オクラシーズンが終わって、どうしたものか・・・と頭を抱えていたが、食生活の
豊かさが戻ってきた。 どもかく、鮮度の高い食品は元気が出る。
理由は分からないが、内地の野菜は姿は優れものの疲れが取れない。
なんというか・・・気が抜けているというような印象である。
宮崎県地方で、痴呆老人が暴走した。
島ではさらに、痴呆で飲酒で暴走・・・といったことになろうか。
島の道は狭く、道路脇の草のなかに岩があっても分からないし、街路も軽一台がやっと。
長いワンボックスなどは、内綸差で側面をこすっている車が多い。
そうした情況にしては・・・まだマシな方かもしれない。(笑)
でもボコボコの軽を駆る老人は多いし、買ったその日に景色がつく・・・というのも日常的。
子供や子育て中の親が死なぬよう祈るばかりであるが・・・祈るだけでは無駄だな。
ドカチンの連中が最も苦労していて、最もブラックボックスだった杭打ちがバレてから雪崩に。
技術的に難しいこともさることながら・・・ゴマカシやすかったのがバレてしまって焦る業界。
その業界から献金やら裏金をもらっているだけに、政権政党も焦りを隠すために、
政府とは距離を置いて、まったく政府は寝耳に水のような姿勢を保った報道となっている。
ナンジャソリャで笑えないが、笑うしかない。 わかり切っていたことだけに。
一業者に閉じた現象でないことは明らかだが、与党の対応は意図的に限定的で興味深い。
なんなら
沖縄でムリヤリ基地増設に活動し始めたゼネコンの施工について監視すればわかる。
離島で埋め立てるとなれば、干拓技術とともに、いかに安くてヤバイ土を持ち込むか・・・だ。
自然遺産登録が動いているなかで、あえて基地増設と、その埋め立て土量のナゾ。
無論、輸送コストの安い周辺の島々から採取されることになっており・・・、
実は沖縄だけの問題ではない。
島民にとっては、ふざけんなよ・・・であり、自然遺産との両立など困難な事態が平行するのだ。
思ったとおり、もともと奄美沖縄で自然遺産など、無理なのだ。
世の中には、世間一般に理解不能で意味不明な研究で博士号を有するドクターが山ほどいる。
ということは・・・世の中の役に立たないことでも、博士号を持っている連中がゴマンといる・・・
ということである。 今回は別にオボカタさんの博士号をど〜こ〜ゆ〜わけではない。
ただ、一見無駄のように見えても情熱に支えられた論理が認められるのが、学問の道らしい。
豊かで成熟した社会では、様々な尺度が認められ、思わぬ成果を産むのである。
この6年、だいぶ鳥類マニヤに育ってきたように思う。
自由になったら何をするか・・・というのは、意外に答えがないものだ。
阿呆のように、ただ高い峰峰を徘徊する老人も、似たような考えだろう。
本来は、自己顕示欲のはけ口として、磯ルアー釣りを続けたかったものの、
島の磯は修行した南大東の磯とはかけはなれていて、技も道具も役に立たない。
遠浅のサンゴ礁は、安定した釣果につながらないし、結局のところ昼間は釣れない。
内地と事情は変わらず、早朝か夜釣り、あるいは船でしかマトモに釣ることはできない。
このごろ浜の釣りを覚えたが、ずっとシケ続きで釣りにならない。
結果として、野鳥に没頭するハメになってしまったワケだ。(笑)
これまでの趣味としてのバードウォッチングは、観察でなくただ種を特定して眺めていた。
それがいつか・・・仕事より熱心なくらい日課になり、見方もずいぶん変わった。
クロウサギやハブと関わることで、観察する立ち位置が変わったからだ。
ニンゲンは、あまりにニンゲンを基準にしすぎるクセがあることに気付かされたのだ。
当初、ハブに耳がないことすら知らなかった。 或いは、ヘビ好きになったことも一因だろう。
島の夜の森は、視覚が役に立つところではない、それが最初の気付きだった。
私たちの感覚と、全く異なる知覚によって生活している動物達を、一律にニンゲンの感覚で
憶測することは、全くもって、それはもう笑っちまうくらい誤解している事が多かったのだ。
茂った草の中を自由に歩き回る・・・などということは、クロウサギには出来ない。
だいいち、草丈が高くて自分の位置が分からないし、草がチクチク目に刺さるから
自由な移動など到底無理だ。 しかし嗅覚とヒゲによって、位置把握と移動が可能になる。
その程度のこと、ちょいと考えれば判ることだが・・・ニンゲンは自分の感覚が全てだと、
判断しやすいのである。
草丈の高いアシのなかを歩くことを考えれば、どれだけクロウサギやハブの生息する草地が、
住み辛い環境なのか想像できるだろう。
んが・・・たいがいニンゲンは自分の背丈でものを考える。 だから頭が悪いのだ。
自分の貧弱な発想で物事が理解できるなどと・・・つい信じてしまっている。
それが判っただけでも、メッケモンである。
たとえば辺野古へ基地を増設するなどという、笑えない茶番があるが、海の生物は、
深い海を越えて遠距離を移動できるような、そんなに自由な魚介は極少数である。
環境といってしまえば気は楽だが、死滅するのである。
ましてや元のように回復するとは、全く考えられない。
浅い海は、酸素と陽光の恩恵を受け、もっとも生産性が高く、汚濁排水の浄化脳力が高い。
酸素を生成しているのが植物だ・・・というのを忘れ、邪魔だから伐採するようなものだ。
ニンゲンの科学は、造ることを理由に、おおむね破壊のために使われることが多い。
という視点で、ニンゲンを観る様になったのが、今の私。
別にニンゲンが大嫌いというわけではないが、あんまり好きでもない。
ニンゲンには食うことと繁殖すること意外に、破壊的に無駄な欲望が多すぎる。
かくゆう私も、繁殖もしないで飯を食らうだけの、無駄な存在である。
愉しいかどうかは別として、生物は生きてこそナンボだから、無闇に死ぬる必要もないから、
なにか熱中するものが必要だった。 それが鳥類観察だ。
熱中してみると、コレが意外に面白いし、発想力の足しになる。
総じて生物が目指していることは、楽して生きることである。
私たちが考えている自然や、動物達の行動について眺める角度が変えてみると、、
世界がずいぶん広く深くなると思いきや、シンプルに見えてくる。
テレビの中でしか観られないと思っていたことが、目の前で起こる。
それはおそらく、起こる場所に行き着くことができるようになったから・・・である。
見えているチヌを釣ったり、歩いているノコギリガザミを網ですくったり・・・これまでの常識では
出来っこないことが、今の私には日常になっている。 しかも近所だ。
どこにどのような鳥が現れるか・・・も、たいがい想像がつくようになった。
9/19から長居しているヤツガシラ。
徳之島はバードウォッチャーや、欲深いカメラマンがいないから、観察圧がかからない。
球場のネット越しで、やや後ピンっぽいものの、想像していたイメージは間違ってなかった。
ヤツガシラは、やはり逆光撮影がもっとも美しい。
これまでは、誰の目に留まることもなかった光景を記録して歩くのは、無性に嬉しいことだ。
チヌ釣りをしながら、ぼんやり風景を眺めていると、空港にやってきた鳥達が、林の方へ移動したり、
草地へ移動する姿が目に入る。 それを追う猛禽類もだ。
釣果は思わしくないものの・・・そういう釣りポイントは、なかなかあるまい。(笑)
鳥は季節や風向き、食べ物の当たり年などで自動的に入れ替わってくれるから、飽きることもない。
クロウサギは夜行性で、毎日観察することは難しいが、鳥は楽である。
無論、鳥は24時間営業で、夜渡りをするし、腹が減ればエサもとる。
だが、無理して全てを知っておく必要は無いと感じている。
いづれ科学が発達すれば、労せずデータをとることができるだろう。
ネズミ型ドローンで、夜のクロウサギを追跡・・・などということも可能だろう。
いやむしろ、ネズミをドローン化して感覚をデータ化して伝送する・・・なんてこともアリかもしれない。
今もって、トシガイもなく?500mmF4のバズーカ風レンズを持ち歩いているのだが、
三脚などを用いないので作品性は低いものの、画像や映像でなければ観察できない事柄もある。
春先の渡りではやらかなったエサのブッサシ攻撃は、単におとなしくさせるだけではない。
オケラは暴れるからだろうが、コガネムシの幼虫は、どうやらフンを出させるためらしい。
なかなかワザアリである。 4K動画が欲しくなる気持ちがわかってもらえるだろうか???(笑)
春は幼虫がせいぜい1センチくらいしかなく、丸のみするしかなかったようだ。
モグラが、ミミズをしごいて泥を出しながら食べる姿を思い出す。
それに、春は地表に小さな幼虫が多く、労せず食べられたが、秋は深くクチバシを差し込み、
穴の中からエサを引っ張り出す。 それでこの長さのクチバシが必要なのだ。
もともと穴を掘って住んでいるので、必ず出入り口が地表にあり、クチバシで掘る必要はなく、
太く丈夫である必要はないのだろう。
これを撮影していたとき、朝露と逆光と8ツガシリはセットが美しいことに気付いたのだ。
観察は、想像力がなければ面白みがない。
最初はナゾばかりだが、想像し、検証する。 繰り返すうちにナゾどうしがつながり、解となる。
想像の基礎を「楽して生きる」に絞ると、意外にこれまでの印象とは違う解が出るものだ。
鳴き真似によっても、その楽の判断基準が見えて来る。
仲間っぽい声がするだけで、逃げるのをやめてエサを食うシギやチドリ達。
彼らは私をニンゲンとして見ているわけではない。 おそらくチンパンジーがいても差はない。
天敵かどうかと、間に枝や金網など、障害物があることを意識している。
鳴くことで、大きなシギ的な鳥類と見えてしまう個体もいるのだろう。
多くの鳥達は片眼視なので、視認する能力にも限界がある。
私は努めて、明るい陽光の紫外線により、白目で視線を覚られないことと、
ツバがクチバシっぽいイメージになることから、ツバの長めな帽子をかぶることにしている。
大げさな道具を持ち歩いてしまうと、機動力が落ちて観察するペースが落ちてしまうから、
できるだけ相手との距離感を詰められる手法を知ることは、大切なことだ。
500mmレンズは大きく、向けるだけで逃げてしまうこともあるから、小型化が望ましいが、
記録に必要な解像度が出ないので、コンパクト化は難しい。
やはり今は、動画も静止画も同様に記録できるミラーレス一眼が欲しいところだ。
500mmレンズをぶんまわすには、マウントが小さいと壊れてしまう。
従って、EOS70Dをミラーレスにしたようなカメラが理想的。 シャッター音が小さいことも有利。
せっかく近寄ることができても、シャッターと同時に逃げられることも多い。
一眼レフは、シャッター音を小さくすると、コマ数が落ちてしまうから、これまた観察には不利だ。
動物はカメラが苦手とするノッペリした被写体であり、さらに手前に障害物があることも多いから、
マニュアルフォーカスで常に対応しやすいカメラの方が有利である。
マニュアルフォーカスし辛い現代の光学ファインダーでは、後ピンになりやすい。
そこに注目したのが先週紹介したライツの新型ミラーレスだ。
なにしろ、もともとライツのシリーズはマニュアルフォーカスだから、オートフォーカスに自信がない。
だから、見えのいい大型の電子ファインダーに到達したのだ。
オートフォーカス全盛の一眼レフとは、全く逆の発想である。
毎日観察しているわけだから、撮り逃しの悔しさも多く、ストレスもヒトシオだ。
私がこのごろ、やたらカメラにトヤカク云い倒しているのは、失敗カットが多発するからだ。
合わないオートフォーカスほど腹立たしいものはない。
先のヤツガシラでは頭でなく翼のトラ模様を用いているのにハズレてしまう。
間にネットがあるからだろうが・・・障害物を利用せねばならぬ動物撮影には、不利なカメラである。
ネットは10m以内で、10mより先に合焦するようにスイッチしているのに迷われたら腹も立つ。
毎日、このヤキモキと付き合っている身にもなってほしい。
頼むから、せめてピントくらい正確に合わさせて欲しい・・・
現代のポン国内ではアリエナイ望みかもしれないが、
オート全盛のポン製一眼レフにおいて、ファインダーはキレがなく、
ライブビューで背面液晶を用いてもキレがなく・・・キレルのは私であった。
ということで
毎週のように、ひととおり一眼レフの苦情を述べてスッキリさせてもらった。(笑)
いっとき、ガイドもなかなか愉しいと考えていたが、このところ不眠が進んだり、
寝たきりの日が増えたりして、どうもヤル気が出ない。
だが、とりあえず野鳥のことだけでも精通しておくことで、観察眼と論理的思考を保つことが出来る。
ついでに釣りも、カニ捕獲もできる。
今のところ観察で金になりそうなのは、町の鳥類データベースづくりだが、
動物の視点は、災害時のニンゲンの行動と共通点も多い。
知識と経験が実を結ぶ仕事というのは、実に愉しい。
よる歳並みに忘却される知識が多いが、鳥類の知識に関しては日々増える一方である。
防災に付随して、無線や通信の知識も補充できるので、ソッチ系のノウハウも生き延びている。
つまり、動物的な感覚と、機械系のどちらも応用し続けられているので、私には都合がいい。
都会に居るころは、前者は持っていない能力だ。
実はその双方に有効なのがタフパッドのはずなのだが、いまひとつパフォーマンスを引き出せない。
老眼のためか・・・はたまた発想が貧困なのか・・・たぶん、ストラップがないせいだろう。(笑)
取付金具は買ったのだが、どうもビス丸出しでストラップをつけるというのが納得イカヌ。
無骨なタフパッドをこれ以上粗雑にまとめたくない・・・というのがデザイナーとしての壁となっている。
タフパッドを肩掛けできれば、おそらく機動性が数段アップするはずである。
仕方ない、100円ショップで思案するしかなさそうである。(笑)
いろんな雑品があるショップは、発想を豊かにする利点がある、 反面、民度とセンスが低下する。(涙)
ものの少ない島では、あるもの全てを活かしたいが、私には限界がありすぎるのだろうか。
これだけ野鳥が豊かな徳之島のパフォーマンスを世に知らしめたいと念じているものの、
それだけで来島者が増えるとも思えない。 だからといって、自然遺産になるとも思えない。
クロツラヘラサギとヤツガシラが同じポイントで観察できる場所など、世界でもそうそうあるまい。
ただの海辺にある運動公園だけに、環境としては味気ないのだが・・・通うほどに懐の深さに驚く。
このごろの見ものは渡りのムクドリ類。
内地では超がつくほどの珍鳥、ホシムクドリも群れが入って手軽に見られる。
定番の石垣島に次ぐ環境だと思う。 ついでにカラムクドリの群れも入ってきている。
ただし、石垣島よりも狭いエリアに凝縮されているのが運動公園のメリットである。
これまで光のあたらなった徳之島だが、実は渡り鳥に関しては実力派である。
しかも、空港から歩いて5分・・・とゆ〜か、空港の北隣が運動公園なのだ。
これだけのポイントなら、いつか流行るに違いなかろう。
問題は・・・民宿の夕食に地物の鮮魚が乏しいことだろう。(涙)
さて、ようやくチヌが産卵準備のため、イノーでエサを探すようになってきた。
観察しながら、タンパク源を得られるのもメリットだが・・・そう甘くないのであった。
ところで
バイオの後継機は火吹きACアダプター対応が怠慢だったため、買うまいと念じていたHPの、
ゲーム用ノートか・・・でもな゛〜HPだしな゛〜などと思案していたところ、バイオが気を吐きはじめた。
通常のSSDからすると、結構トンデモな数値である。 シャア専用くらいの倍率で高速だ。(笑)
いったいバイオに何が起こっているのだろうか。
たぶん、もともとこのくらいのスペックだったのが、ようやく復活してきたのである。
なぜ復活に至ったのか・・・ナゾである。
いまさら修理するには、いささか2コアのCPUは心もとない。
だからといって、今のところ一眼レフの買い替えもできず、今以上のハイパワーは必要でもない。
とりあえず、出費は抑えられそうで助かった。
ちなみに
EOSがダメなので狙っていた、ソニーNEXにキヤノンレンズをひっつけられる廉価アダプター。
チャン製みたいで、予約するには怪しすぎる・・・と思っていたら、さもありなん。
10月末日入荷が・・・11月20日になり・・・この体たらく。 やっぱりね。(笑)
これでは、11/21のバードウォッチング教室には間に合わぬ。
さてさて、教室の切り盛りはどうしたものか。