神殿肴に、ハジケろっ!
演芸王国、中之郷
「じゃあ、私が案内しますから」
I嬢が話していたオジサンが、力強く我々を引きずり込もうとする。
この舞台裏に何があろうと、もう逃げられんぞ・・・
長男の言い知れぬ不安への、心の叫びは曇天の夜空に吸い込まれ
そして、我々は演芸大会の準備をしていた舞台裏へ吸い込まれていった。
裏手には、切り上げてしまった集落の人々とは別の
何が何でも語り倒す、なにがどうあっても飲み倒す・・・
家に帰ったところで、やること無いけんね・・・てな風体の方々が
散漫に飲み食いしている。
皆が帰ってしまったので、ちょっとトーンダウンしていたところへ
我々が再突入した形になる。
徐々に色めき立つ出来上がった人たち。
使い捨てのコップもなくなっていて、酔った目がイッてしまっているのに
なおまだ洗ってきてくれるという。
食べ散らかし気味に、たくさん残された料理のど真ん中へ導かれる我々・・・
すっかり囲まれた
ま、まずい・・・
女性はまだそれほど飲まされんですむ、
しかし男はそうはイカン!!!
I嬢よ、いいよなあアンタは女性で・・・
さて、濃ゆい宴会の幕が切って落とされた。
自分が注ぐのだ、酒か焼酎か、明日の祭りは見ていかんのか
何処から来たのだ・・・訳わからん方言で話し掛け
こんな事も分からんのか、と、笑いものにするおっさんなどなど
実にいい肴にされている。
中には、明日の祭りを見て行かぬなら、今すぐ宿へ帰れ!と
自称Mちゃんと名乗るオッサンが、明日の昼前の便で帰る我々に
半ば本気で怒り出した!!!
やばい、やばいぞ!酒が入ったら長男も何するか分からん。
あんまり変な攻撃せんでくれよ・・・と祈るばかり。
だが
この一声を聞いた周囲のオッサン達までが
明日の最終便をとってやるから絶対に見ていけ
いいから見ていけ、それでも見てけ、何でもいいから見てけの連発だ。
もはや、客とか住民とかそういうレベルではない。
長男が予想したとおり、リミッターの外れたやり取りが展開し
多勢に無勢、窮地に立たされていく事となったのであった。
いうまでもなく、酒の味どころではない。
なかでも先生が芸をやるから見ていけというのが強烈なのだが
当の先生本人はそれほどでもないのが微妙だが・・・
この先生の踊りに何が潜んでいるというのだろうか?
他にも、長男をデザイナーと知るや否や
こっちへ来いと呼び出し、八丈の子供達に草木を育てさせ
それをアートにまで高めたいのだ・・・自然のアートミュージアムの島に
育てたいのだ・・・と真剣そのもので熱弁を振るう大男も登場したが
アルコール漬けとなった長男の頭には、馬耳東風である。
申し訳ない・・・
ふと
長男とI嬢がオッサン達にハマっているところへ
同じあしたば荘に宿泊する救世主、T夫婦が突入してきた。
話題が分散してありがたい。
周囲のオッサンの話題は少なくとも2グループに分散し薄まる。
いよいよ夜は更け、人数はひとりふたりと、いつしか抜けてゆき
選りスグリの濃ゆい人たちのみの宴会ではあるが・・・
とりあえず仲間が増えて良かったとばい・・・
するとやがて
となりにやって来た漁師風の茶色い肌のオッサンが
ベロンベロンながら
「私は木曽のOタケサンともうしますっ
当年とって38歳でございますからねっ、でへへへへぇ〜っ!」
てな事をいう。
俺と同じ年のはずがネ〜ダロ〜にっ!!!
すかさずテンポ良くI嬢が酒をすすめると
「ハイハイ私わっ、何でもいただきますよ〜っ」といい
差し出したカップの中は薄茶色で、多分、ビールだの祝いの樽酒だの
島の焼酎などが雑多にブレンドされたもののようだ。
それでもI嬢が注ぐと、チビッと口をつけて飲むところがわきまえている。
すげ〜飲みっぷりだぜ・・・さすがにその飲みっぷりに
さしものアル中寸前の長男でも恐れ入る。
タダモンじゃなかですばい、こん人ば・・・
この人の横で、結構焼酎を飲んだ気がするが
とんと後半は覚えが無い。
いつお開きになったのか、帰り際に、やたらめったらOタケサンと
握手を交わした気がするが、何を語ったのか、
どうやって帰って寝たのか、覚えが無い。
まあ、無事帰って寝ていたので良かったヨカッタ。
明くる朝
釣りどころではなかった。
アルコールの重い頭ながら、昨夜のシウチ?への反発心と気力が
パソコンを開きインターネットで帰りの予約を変更する事をさせていた。
けれど頭は回らず、とりあえず電話して便を変更する事に。
ビジネスリピートだからか?、何やら対応が丁寧で助かる。
頭の回転とは別に、あっという間に最終便が取れた。
これで、後には引けぬ。
昨夜、怒っていた自称Mちゃんの鼻を明かし
あの場にいた酔っ払い達の昼の顔を全て撮影して帰るのだ!と
ズイブン体に残っているアルコールだが
一方では全身の反発心をジリジリと燃やし始めていた。
朝飯を食い、なぜか同じように予定を変更してしまったI嬢と
今度は祭りを目指す。
二日酔いでしんどい坂道で、祭ばやしをスピーカで鳴らしている
ハンドル付きの山車に追いついてみると
いた!ひとり目のオッサン、先生である。
この人は演芸大会で踊るそうだが、どんな踊りだろうか。
演芸大会は、天候が悪いために、昨夜の場所から体育館になったという。
ちょっと近くの林道を登って、11時の開演まで時間をつぶし、いざ突入である。
いたいた、昨夜のおやじ達。
ん?
いた!Oタケサン!!!
お前だけは、タダ置かんぞと思っていたオッサンが早々に現れた!
このオッサンだけは、必ず撮影して帰らねば気が済まぬ。
しかし・・・忙しそうにしている彼は
あえて正面きって写真を撮っている長男に気づかぬ・・・
意外な行動に、I嬢と顔を見合わせつぶやく・・・
「全然覚えてないんだ・・・昨夜の事・・・」
聞くところによると、中之郷一の酒豪らしいが
ベロンベロンに酔うと、記憶が残らぬという弱点を見た瞬間であった。
あれだけ盛り上がって、握手したのになぁ
800食を用意したイベントだけに、どれほどの人気なのだろうと
意気込んで会場に突入したのだが、はたしてやはりカナリ人気らしい。
会場は11時少し前だが既に6割以上埋まっている。
お弁当の中にも半分みかん、もう一個別にみかんが付く・・・まいっか
ただでもらったんだし。
後ろを振り向いてみたら、いた!教頭先生だ。
おおっあそこで何やら忙しそうにしているのは
やたら暑かった、いや熱かったアートの大男だ。
皆アレだけ飲んでも、てきぱきと演芸大会の準備をしている。
三島神社の大切なイベントとあって、真剣そのもの。
昨夜のテイタラクからは想像もつかぬほど意外な光景である。
この切り替えっぷりが、何かを背負うものの強さというか
地に足のついた生活基盤を支える強さというか
集落での大切な何かを支える人間としての
絶対的な責任感を感じさせた貴重な一幕であった。
さあ、開演だ。
カラオケ、演歌をバックに踊る踊り・・・?
これは一体誰が振付けたのだろうか・・・日舞でもない・・・
地域の有力者の、かぼそい演説をはさんで
更に八丈太鼓、踊り、バンド演奏、また踊
酔いも覚め、興も冷めるようにまったりとした大正琴
仮装・・・そしてまた歌、踊り・・・
4時間で終わるのか?と思われた演芸であったが
なんと予定通り4時前に終わりを迎えてしまう。
I嬢は4時間が長いというが、人間本来の時間は
そんなに切羽詰まっていないし、時間通りでもないではないか。
これだけの素人芸と舞台の段取りを読みきっているというのか!?
あらためてこの企画の鋭さと計算高さ?に驚かされる。
内容は、見ても分からないだろうけれども
重いビデオ((WMV形式、26MB以上)にまとめておいた。
地元の人意外、見ても何も分からぬ、難解なビデオとなっているため
決してダウンロードしない事をオススメする。
ところで、演目が進む中
二階通路に物々しい雰囲気が漂う。
警察官が見守る中、多数の箱が積まれていく。
あ、あれはモチ・・・
あそこから、まくのかコッチヘ!!!
阿鼻叫喚のモチまき風景が脳裏をかすめる。
何箱あるのだ?
おおっ?
箱の多い、長男が座っているあたりに人が集中し始めた。
まずい、極めてマズイ。
足元のお弁当も、リュックも、その中のパソコンも、
今撮影しているカメラも、風前のともし火となった。
演芸が終了すると、モチまきは始まってしまった。
もはや、神主さんの座ったまま、拾ってください・・・などという声は
モチまきの興奮の渦に、のみこまれていったのである。
○×あうっ▼≒±おいっ◎■×・・・
おわっ↑♂△●うわ〜っ♪∈□◆・・・・・!!!
て、撤収ぅ〜っ!!!
I嬢と長男はかろうじて、荷物を持ち、体育館の出口へたどりついた。
もはや会場はモチをめぐって一触即発、阿鼻叫喚の大乱闘状態である。
撤収直前、モノノミゴトに、キヤノンパワーショットPro1へ
モチが落下してきて、もはや黒い本体は真っ白だ・・・
カバンの中に入れておいたみかんも潰されて、パソコンケースを染めていた・・・
アチコチ命中したモチの粉をはらう余裕など無く
とにかく出口を目指したのだが、被害は抑えきれなかったのであった。
帰り際、かなり帰りの便までタイトな時間なのに
大男は、ぜひ見せたいものがあるから、来いという。
小学校にあがりこみ、手にしてきたのは何と
美しいガラスのコップに植えられたフェニックスであった。
「これ、昨日の晩行ってたヤツよコレがっ!」と力強く大男は言うが
長男はにわかにそれがアートにしたい植物だとは気づかない。
酔っ払った席の事じゃけんなぁ、覚えちょらんけん・・・とは言えぬ
大男にぶっ飛ばされそうだ。
そんなことはオカマイナシに一同の目前に冷たい空気が流れゆく・・・・
ま、マズイ・・・相づち打っておかなければ、タダでは帰れんぞ・・・
「あ〜アレね、これがそうなんですかァ」と生返事しているうちに
ようよう思い出してきたが子細は思い出せぬ。
このままじっとしていてもお互い凍りつくだけである。
冷たい空気を振り払い、とりあえずお礼を言って
そそくさと宿へ引き返したのであった。
おそるべし、中之郷
はじける島民、計算し尽くされた演芸大会・・・
あるいは酒の席でも真剣談義・・・
改めて、濃ゆい、濃ゆすぎる八丈パワーを思い知った。
ん?ところで昨夜
祭りを見ないのなら、すぐに宿に帰れ!と憤慨していた
自称Mちゃんと名乗るオッサンは何処へ行ったのだ!?
まさか、二日酔いで寝てたんじゃね〜だろうなっ!
ついにその日、Mちゃんの顔を目撃する事は無かった・・・
確か、あしたば荘のマスターの同級生と言ってたよな・・・
覚えてろよ、Mちゃん・・・
まんまと演芸大会にハメてくれたお前の名は忘れんぞ!
こうして、終了間際に脱出し、I嬢ともども羽田行き最終便で
無事帰還したのである。
だがしかし、床屋も、ワイシャツのクリーニング出しと引き取りも
一週間の朝夕の食材の買出しも出来ぬまま、仕事に突入するという
前代未聞の週明けを迎えた事は言うまでもない。
それはそうと
この記念撮影は、一体誰のためのものだろうか・・・
アートな大男とI嬢、そして何年かぶりのVサインをする貴重な長男・・・
大男はまだ顔に仮装の化粧が残ってるぞ・・・キテレツすぎる・・・
謎多き記念写真をよそに
八丈の濃ゆい思い出を胸に刻まされ
夜な夜な奇妙な夢うつつにうめく長男であった。