釣れなかった種子島、だが居心地はいい。

合言葉はガケップチ!


 

別段ガケップチにある宿ではなかった。

 

種子島の宿は、これまで同様ネットでテキトーに探し

島の北に近いところを予約した。

島の真中に泊まると、全ての釣り場が遠くなることがある。

だから、かならず端っこにちかいところを予約するのだ。

 

もちろん、地図はもらってないから、出たとこ勝負で行くしかない。

 

そろそろ夕暮れだから、行かないと。

 

とても美しい夕暮れ、今夜の宿はどんなだろう。

島での生活は、泊まった場所がカナメであるから

ちょっとした緊張感である。

 

道すがら、ふと見たら

「珊瑚礁」の看板があった。

 

電子地図であらかた目安をつけておいたのだが

かなり違った場所で、西之表のまちなかかと思っていたら

ずいぶん北のほうである。

 

幹線道路から、急カーブの細道を降りると

ガジュマル?らしい巨木のトンネルの向こうに玄関が見えた。

 

「うーむ・・・」

 

ひなびたイメージからは遠く、なんとも演出過剰な構えである。

わりあい新しい宿であった。

看板には「居酒屋民宿 珊瑚礁」とあり

もちろん鉄道は無いから車で来る居酒屋で、民宿ということだろう。

どっちかにせい!とつっこみたいが

とりあえずココかどうか確かめねばなるまい。

 

同じ名前のほかの民宿があるのではなかろうかと思ったが

おそるおそる、玄関の呼び鈴を押すと優しそうな奥さんがでてきて

やはり、予約したのはココであった・・・

 

ホッとするやら、微妙な心持ち。

 

さっそく、表のオドロオドロしい木の名を確かめたら

これこそ、ガジュマルっぽさナンバーワンながら

違う種類「榕(あこう)」だという。

 

なぜガジュマルじゃいかんのだ・・・と淡い疑念を抱きつつ

部屋に案内されてみたら、一気に疑念は吹き飛び

この窓の風景が気に入った。

スゲーぞ!海が見える宿ぞ!

海だ、夕日ぞ、畳の部屋わい!!!

 

ロビーというほどでもないが、フロントがあり

みやげ物もアレコレ沢山陳列されていて

とても数部屋しかない民宿とは思えない念入りさである。

宿泊施設より、食堂というか、食事スペースやら、先のフロントが

やけに充実していて、逆に心配になるほど広々としている。

洗濯機だって自由に使えて長逗留もOKだ。

 

ひなびて、狭くて、片手間に宿を営んで

民宿一家と客が同居させられるような民宿とは正反対

民宿とは銘打っていても

宿をやる気マンマンなのだろうか。

 

すぐさま風呂に入れというお呼びがかかった。

奥さんが

「岩風呂へどうぞ、まだ作っている途中で

   外を回らないと行けなくてすいません」 という。

頭の中には、テレビで見たような夕暮れの海を見下ろす

伊豆半島風の露天風呂がビュンビュン浮かんでは消えていた。

 

で・・・

実の風呂はというと

お、二つある。

右のバナナの木のところには、作りかけの岩風呂らしきもある。

進化途上の宿のようだ。

五右衛門風呂と岩風呂・・・

五右衛門が女湯で、岩風呂が男湯???

ってわけではないのだろうか。

中に入ると、さっぱりとした板張りの脱衣場があり

岩風呂というよりは、微妙に石風呂寄りだな、と思った。

ゆったりと体を伸ばして入れる

これまでの旅で味わったことの無い新鮮な開放感。

 

普通なら、民宿といえば、ちょっとチープで

安い宿に泊まる微妙な後悔を感じることもあるが

ことここに至っては、全く感じられないのが

不思議で仕方がない宿だ。

釣り以外は地元に合わせて妥協するのが楽しみでもあったのだが

もてなし感、贅沢感が有り余っている。

 

ただ、ゆったりしてよいのだが

石があちこち出ていて、ちょっとどこへもたれたら良いか迷うが。

 

湯船の向こう側の扉が気になったので

コッソリ空けてみたら、部屋の窓と同じ光景が、どーんとひらけて

夕暮れの海を渡る風と共に、ゆうげの香りがしてきた。

平日の疲れが、一気に全部チャラになった風呂であった。

 

いよいよ、問題のゆうげである。

 

なんと言っても先月の対馬では

「私は、魚が嫌いとです!」と宣言した奥さんだったから

釣り生活の全てがかかっているといっても過言ではない。

 

今日は寒いので、外ではないという。

外にも食べられるテラスがある豪華さだ。

妙にカッコウつけてペンション風にしてしまわずに

気持ちイイから作ったんだ、といった気負わない感じだ。

 

おおっ!鍋だ、和風だ、でも魚づくしじゃないぞ!?

黒豚のシャブシャブである。

手前の天ツユみたいなのが、実はタレである。

天ぷらは塩でいただく。

後で知ったが、この島にIターンした方が

苦労して作られている天然塩だ。

 

美味い ・ ・ ・ 落ち着く ・ ・ ・

 

味がよいのはもちろんだが、多分、量が多すぎないからだろう。

気負って、どれとどれは確実に食って

残すなら、これと、この付け合わせと・・・腹が膨らむからビール一杯だけ

などという計算が必要ない。

 

一人旅を察してか、マイビールを片手にご主人がやってきた。

他にはもう一組、家族連れが居たから、コントラストが激しかったからだろう。

僕自身は慣れっこだが。

 

先ほどの「実はタレ」について、苦労談を語り始めた。

黒豚にあうタレを試行錯誤し、できたは良いが、作りおきできなかったという。

確かにこのダシは塩ベースで味付けされ、豚の味を引き立てていて

コダワリのほどが舌から伝わってくる。

 

あちこち気の利くご主人だが、見た目はごっつい男である。

もともと、運送トラックにも乗っていたそうだ。

 

夕暮れから食べ始め

それから、結局・・・飲んで語って、12時前・・・

種子島で民宿をやりたかった、というご主人のコダワリとチャレンジの

大半?を聞くことができたような気がした。

 

常に、宿や食事を進化させることを止めないのだという。

とどまっていたら、普通の民宿で終わってしまう。

客足も遠のくかもしれない。

島で民宿をやることは、決して楽ではない。

楽ではないから、常に先を行くのだ、と言い切る姿が見て取れた。

 

見た目はイカツイおっさんだが

 繊細な工夫と大胆さをあわせ持った大した御仁である。

 

その夜、久々にぐっすりと眠れた。

枕が代わると眠れない長男が、すっと眠ったのだが

芋焼酎のおかげか?ご主人のおかげか?

 

さて

一夜明けて、関東はぐずついているが

種子島では、一向に天気が良い。

今度は一日の活動を決める朝飯っ!

さっきから漂っていたのは炭火の匂いであった。

この宿の名物?自分で焼く朝食だ。

毎朝必ず、何らかを焼かなくてはならない仕掛けだ。

 

客がたとえ一人の時でも、必ず炭火は起こしてあり

焼くためのメニューを用意してある。

この朝は生のキビナゴ

漁師が捨てていた魚を干してみたら美味しかったという

イトタマガシラというお魚の干物

アルミホイルは謎であったが、ニガタケであった。

 

この季節だからか、必ず毎食ニガタケは登場し

ほろ苦さと歯ごたえがとても爽やかなチビたけのこである。

アク抜き不要で、焼くだけで美味しいという。

特に種子島のものは苦味が少ないという事だ。

急がず、ゆっくりお茶でも飲みながら、焼けるのを待つ。

魚の味噌汁が極めつけに美味い。

 

ご飯ももちろんオカワリできるぞ!

島では昼飯を食べないで活動する長男には大切なことだ。

ニガタケには、バターが利かせてあり、

満を持してホイルを開けると香りが広がり、ほこほこ美味い。

 

地元名で、何とかダコと言っていたイトタマガシラ。

漁師が捨ていたというのは、やはり、この魚の臭みからだろう。

干物にすると和らいでいるが、でもしっかり臭みがある。

でもでも干物的にはしっかりした味で、なかなかのものである。

捨てる魚に目をつける、ご主人らしいコダワリに満ちていた。

 

炭火でコンガリ焼くと朝から日本酒が欲しくなるほど、幸せである。

 

普段はゆっくり朝飯が食べられないだろうから

思い切りゆっくり食べられるように

炭火で焼くメニューを考えたご主人。

とても、あのイカツサからは想像できない機転、人は見かけに寄らぬ。

(失礼・・・)

 

ゆっっっくりと朝食を摂り、お茶をすすってから

食事のできるテラスへ出てみる。

海から遠い海の家といった感じで、海風と板張りが心地いい。

今日も天気が良いぞ。

思わず釣りに出かけるのを忘れてしまうほど居心地の良いところだ。

夜は居酒屋としても機能する場所らしい。

この風景を見ながら調理がしたかったから

調理場を新たに作ったというご主人の気持ちも良く分かる。

気候としては、関東の10月初旬くらいの感じだろうか。

一ヶ月ちょっとさかのぼったような暖かさだ。

 

思わず、居心地が良いので

タマタマやってきた、ご家族連れの方をつかまえて

これまでのズッコケ旅行をだいぶ語ってしまった。

 

よーし、栄養もつけた、歯も磨いた、宿も気に入った

部屋に戻って釣りの準備である。

 

窓からはやっぱり海が見える。

実にやる気の出る窓である。

 

天気は最高、さあ釣りへ出かけるとするか。

 


 

ご主人は何もないところだという。

だが、長男には、何もかもあるところでもあると思える。

長男が手に入れたいことのほとんどがココにある。

 

実は何もないとは思っていないはずだ。

種子島のこの場所で、ここまでこだわった宿を続ける心意気は

宿に泊まれば、だれでも伝わってくる。

 

ふと次の朝、長崎から来ていたお客さんと

朝食後のマッタリ感を味わっていた時

「人間、ガケップチに立ったら、何か必死で考えるもんだ」と

民宿をはじめてからの人生を笑って語っていた。

「毎日がガケップチだからね」とも。

 

長男はゆるめなサラリーマン生活で、心を病んでいたが

ご家族を背負い、脱サラして生まれ育った島で

ゼロから民宿を営むご苦労に比べたら

単なる甘えくらいのもんだと思えてきた。

 

まあしかし

サラリーマン生活でのガケップチを感じ難いから

現実のガケを下りて、磯釣りを始めた長男である。

危険を克服した時、大自然のスケールを

少しだけ体に取り込めるからだ。

 

しかし、そんな甘いものではない。

釣りはいつでもやめられる。

 

ご主人のガケップチの重み、心にしみた。

 

新たな長男のガケップチは

独身で迎えてしまうかもしれない四十の壁だろうか???

それとも、マンネリ感が出てきた釣りを後にして

新たな釣りを見つけなければならない事だろうか???

 

とりあえず、もう一回珊瑚礁へ泊まりに行って

考えてみるのも悪くないだろう。

 

一泊 5500円、こんな民宿、ナカナカあるまい。

 

 

がけっぷち

か・・・

 


ではまた