人生、至る所に落し物・・・ともあれ
その朝は
晴れ渡っているのに、赤く染まる富士が
とてもきれいであった。
予想では、西からの波が5m、後に2.5mであるから
ゆっくり始めればよいと思ってやってきた。
ここはバスを降りて20分ほど歩く、伊豆大島の西の磯。
到着してみれば、いつもより低い波、すでに2m程度だ。
しかしながら
あまりにも美しい富士を、ひとしきり撮ってから
ゆっくりと用意を始めた。
実績の新しいポイントから入ってみるものの
音沙汰がない。
風もほぼ止まっているので、軽くてスリムなルアーが使えるから
魚の食いが多少悪くても平気だ。
だが、どのポイントもアタリがない。
結局、大島ではじめてヒラスズキを掛けたが
取り込みが不可能という鬼門の磯へとやってきた。
ここはちょっと変わっていて、大戦中の施設でもあったような
コンクリの基礎が波に洗われる磯である。
ここで、困ったことが起きた。
大島の磯は水深が深いので、ヒラスズキ用ではなく
港湾用で深めに潜るようなルアーを使うのだが
これがまた、不思議と鮎カラーがよい。
何気なく、その鮎ルアーに交換して、二投目・・・
「ガクンっ!ぎゅううううう、ぎゅううううう」
と一方的に食い逃げしようとする、巨大な引きが伝わった。
と・・・?
「こりゃ、ヒラスズキじゃないな、デカ過ぎる」と即座に判断し
アッサリ糸を切ってしまったのだ。
切ってしまった、というと本当にアッサリ聞こえるが
リールから出て行く糸を強引に止めて、糸の限界で切ったのだ。
20ポンドテストの糸が、結び目とか岩でこすれるのとは
何の切れるゆえんもない
魚と僕との中間地点で切れている。
20ポンドは、直強力10キロである。
竿のクッションがあるので、もっと引かないと切れないが
言葉どおりアッサリと切り去っていった。
仕掛けを作り直しつつ
「あれはマダイかなあ、青物(カンパチ、ヒラマサなど)は
水温が低いからもうこの近海には
居ないと思うんだけどなあ・・・」などと
ぶつぶつ言いながら考えていた。
果たして
ほかに行くところもないので
確認のために、もう一度同じポイントで投げてみる。
残念ながら、先ほどのルアーはもう無いので
やや大きなルアーを使う。
そうすると「カクンっ」とアタリが来たが、食いつかない。
ルアーがでかくて気に入らず、オッカナビックリなのだ。
小さいのがないので、細いので・・・ということで妥協しつつ交換し
投げてみると、ヒット!
「あ・・・」
さっきと同じ引き方だった。
ヒラスズキは浅いところではジャンプしまくるし
深いところではヒタスラ水中を走り去る。
出会える機会が滅多にないので
この魚の引き方全てを覚えるには経験が少なすぎたのだった・・・
正直、南国のヒラアジのほうが馴染み深いぐらいだ。
加えて、群れがまだココに居ると言うことは、この群れのなかの
桁違いにデカイヤツが、さっき掛かったと考えるのが妥当であった。
今度のヒラスズキは
仕掛けの強度からは、とても逃げ切れない大きさしかなく
もがくように一度ジャンプした。
このジャンプ(エラ洗い)こそがスズキのアカシであり
スリリングなやり取りを約束してくれるので
釣り人をトテモときめかせるのだが
先ほどの巨大魚の引きがあるので
全然感動がない・・・
貴重なヒラスズキには大変失礼なのだが
萎えつつある気分で、こんなの楽チンだ・・・と思っていたら
意外に横っ走りし、竿でためているのに、ズンズン右へ右へ行く。
ヒラスズキに「大したことないな」という思いが
伝わっちまったのかもしれない。
そしてついに・・・根(岩)の向こう側へ・・・
ズリズリと岩に糸が擦れる嫌な手ごたえが伝わり
魚は意地になったように、もっと右へ行こうとしている。
竿を二、三度引いてみたが外れない。
これ以上糸に無理をさせられず、万事休す。
竿を立てて、糸をたるませないようにしてヒタスラ待つ。
波が何度か洗うのを見ていたら、ふと糸が根から離れた。
岩ガキが噛み込んでしまうと、二度と取れないのだが
そうではなかったようだ。
ようやく頭を左に向け、こちらへ戻ってきてくれた。
さて、足元まで寄せてはみたものの
今度は取り込む場所がない・・・
魚をへばらせて浮かせ、荒れた波間に横目で見ながら
しばらく磯をうろついたが、ずり揚げは無理のようだ。
仕方が無く、タモ網を使うことにしたのだが
伸ばして、すくいにかかっものの・・・
「ありゃりゃっ、やばいな、またかよ」
ルアーだけが網にからまってしまった・・・
ここで、エラ洗いして首を振られると身が引きちぎれて
ルアーだけが網に残り、魚は逃走してしまうのだ。
外そうとアタフタするうちに、波に洗われ、もまれ
波が引いた瞬間、タモ網の柄の先が「パシッ!」と
乾いた音を立てて折れてしまった。
波にもまれる間に偶然
魚と網の頭の部分を向こう側にして
水中の根(岩)の上に柄がさしかかった瞬間
波がサアーっと引いて、ぶら下がった形になったためだ。
慌てていたようにも思うが、頭の中には
「まだ糸は魚とつながっている」ということが浮かんでおり
竿と折れたタモ網の柄を放り出して、糸をつかんでいた。
しかしながら、つかんで立っていた場所は、あろうことか
波の洗う下の磯であり、無意識のうちに降りていたのだ。
リーダーは幸い、去年の苦い経験から太い糸に交換してある。
だからルアーから手前4mくらいは、随分太い糸だ。
それを夢中でつかみ、グイグイと荒波の中から
魚と、そのルアーにくっついたタモ網の先っぽを手繰る。
ことのほかシッカリ針がかりしていて、魚は全然外れない。
それに、もれなくタモ網も付いて来た。
デカイ波が来ないうちにと、あらためて魚を網で受けて
磯へエイヤッ!と一息で持って上がった。
二年ぶりのヒラスズキ。
とりあえず、魚は上がった。
群れはまだ目の前に居るし、もっとデカイのも居るだろう。
でも、取り込む手段が無い。
あの巨大で独特のズンズンっとくる鈍い走りの感触が
まだ体にありありと残る。
美しく、タモ枠と同じ60センチの魚体は良く太っており
産卵期直前のもっとも充実した状態で美味そうだ。
ぱっと見ると、メバルの王様に見えるくらい肥えている。
(参考:メバルだ・・・)
けれど、心の中にはわだかまっているものがあった。
なぜ、ああもアッサリ諦めたのか・・・
あれを夢見て来たはずなのに・・・
一応、計量して、ヒラスズキ独特の下あごの一列の鱗も撮影。
寸法は測るまでもなく、やはりジャスト60センチ。
重さはなんと、ヒラスズキ人生最重の3.1キロ。
この長さでこの重さは実にいい。
冬の最も美味しいヒラスズキであることに間違いはない。
スズキだとせいぜい2キロを超える程度だから
ヒラスズキがイカに太いかがよくわかるし、パワーもあるわけだ。
(ヒラアジやマダイは生まれつき体高が高いので
更に1キロ太くなるが、こちらは全くジャンプなどしてはくれない。)
折れたタモ枠ごと魚を運んできて、早速さばくことにした。
そのままでは到底クーラーには入らないからだ。
頭を落とし、今回は身が厚いため、しっかり身をヒキシメるため
二枚に卸して、身と身の間にアイスノンを
サンドイッチするかたちで納める。
もちろん、直接身と冷媒があたるとよろしくないので
新聞紙をかませてある。
魚を片付け、朝食をとり、しみじみと海を見るともう10時。
日は高くなったが、どうしても
あの巨大ヒラスズキが忘れられない。
もう一度、竿を出してみた。
アタリはあるものの、針に乗らないので、やっぱり諦めて
今度こそ本当に納竿。
港へ行こうと、11時半ごろバス停に行くと
さっき出たばかりで、次は13時半ごろであった・・・。
「歩くしかないかぁ」と
とぼとぼと一周道路を歩いていたら
軽自動車が停まってくれた。
実はチョッピリ期待していたのだが、
まさか本当に乗せてくれるとは思っていなかった。
島の人は、本当にやさしい。
「あんた、さっき、海の方で歩いとったろ?」という。
まあ、消防みたいに赤いズボンと背負子姿などという釣り人は
宇宙広しといえども、長男だけだろう。
それにしても
この人はバスに乗り遅れた不幸な人を探して
いつもこのあたりを巡回でもしているのだろうか???
ともあれありがたいことに、ほどなく岡田港へ着いた。
やることもなく、そろそろ風邪の影響が出てきたのか
ちょっと食欲がなく、待合の座敷で寝ることに。
気づくと、僕意外には・・・
おじいがポテッと一人死んでいた・・・?
ゴロゴロばかりしていてもつまらないので
外へ出てみると、あろうことかアルバト・・・・が
体力を失いつつある長男を笑っていた。
空は雲ひとつ無く、天晴れな日本晴れだが
猛然と寒さが襲ってくる。
ありったけの服を着込んでうろついていると
ようやく、帰りの船が入港してきた。
ヒラスズキ釣りの帰りとは思えないような静かな水面を
しずしずと回頭するカメリア丸が美しい。
帰りの船は、明日から椿祭りということもあり
帰る人も居ないのかガラガラ。
大の字だろうと、YMCAだろうとどんな寝方をしてもオーケーだ。
なんだか咳が止まらない。
原因は、昨夜
これまたガラガラであった一島客室の隣の客が
どうも風邪で寝込んでいたようで、そのすぐ横で寝たことと
窓際で冷気が多少寒かったことが原因だったように思うのだが
夕暮れを迎えるころには、ちょっとダルさが出てきた。
夕暮れも富士が美しい。
日もどっぷりと暮れて、夜の帳が居りきった頃
横浜ベイブリッジを通過するアナウンス。
そのころは、すでにダルさが頂点に達し
多分発熱していたことだろう。
桟橋から桜木町までの歩き、電車の中、日吉駅からコトブキ酒店
そしてわが家、これほど遠く感じたことはない。
結局、刺身はトロの部分をチョッとだけ食したに過ぎず
次の日からの風邪との戦いで、煮付けに供されたのであった・・・。
(白子の刺身は鮮度が命)
熱はすでに8度を超えていたが、驚くほどウマイ刺身だ。
白身なのに、脂が乗りカンパチに近い味がした。
この時期しか、この味が出ない。だからこの時期しか狙わない。
ヒラスズキを愛すればこそ、周年狙わない理由がそこにある。
茶漬けもやったんだけどね・・・
全く普通なヒラスズキ仕掛けを無理やり紹介。
竿が長め・・・なくらいかな・・・特徴は・・・
あと、リールが変わってるか・・・
何か大切な、夢とチャンスをつかむ勇気を
どこかに置き忘れてきてしまったような週末であった。
また明日から、落し物を探しに出かけよう。