融通できる社会

 


世間的な話題

 

五十肩になった。 肩が芯から痛いんだな〜これが。

坐骨神経痛ほどでなく、医者にかかる類のものではなさそうなのだが、痛くて眠れない。

このごろ呼吸が止まるので、仰向けに寝られないから、横向きで寝る。 すると肩が痛い。

今朝はネズミが天井で騒いだのも手伝って、ウトウトしかできなかった。

ちなみにまだ稼動範囲はほぼ制限がなく、背中で拝むような?合掌のポーズはできている。

 

伊藤博文首相を暗殺したヤツを敬うというキムチな連中に、チャンが連動した。

山口県人としては、とてもではないが許せる事案ではない。

しかも、内政面での往き詰まりを、チャンと同様にポン人でも責めとけ・・・しかない

ネタギレ女キムチ大統領。 女大統領らしく、戦略なく感情論を展開するのが読みやすい。

 

キムチにしろ、チャンにしろ、マネと設備投資と安い賃金に支えられた工業振興に行き詰まれば、

税収も減ってしまうし、内需も頭打ちとなるのは仕方ない。

それだけ自身の開発無しに借り物ばかりし、ヤッツケな発展をしたのだから、終焉も早い。

引っこ抜いては使い捨て・・・のようなアメリカ的なやり方では、アイデアや独自性が大切だが

マネなので、それによる発展は望めない。

人材育成を軽んじるアジア市場のあり方が、いよいよ鮮明になってくる時代になった。

 

技術力のなさを物語るのは、カメラだ。

あれだけヤッツケで大企業になった三星電機だが、ポン国内の列強を圧迫するようなデジカメは

まったく発売されていない。 チラと、ソニーNEXモドキが発売されただけで続かない。

光学や画づくりといった、ノウハウの必要な分野を、じっくり育成していないからだ。

 

完成品には、確固たる価値観が必要だ。 我々ポン人が、完成度と呼ぶものだが、アジアには無い。

だから結局、マネだけで製造を継続できる部品製造にシフトしている。

お手本にしてきた、アイフォーンも肝心のジョブスを失い、スマホは安値競争になるだろう。

スマホに必要なのは、足の無いロボット、相棒としての対話型の人工知能が必要だが、

そいつをメリケンのグーグルに頼っていては商品の特徴が無い。

 

スマホつながりで、未だパケット量に制限がかかっているキャリア各社の貧弱ネットワーク。

みなみなさまのスマホの利用で多いのはなんなのだろう・・・メールだと意味が無いな。

デカイ写真を添付したメール? ガラケーでまったく同様にできることである。

オッサンにとって、スマホのメリットが見えてこない。

スナックのねーちゃんとイチャイチャするツールにはなりそうだが、島は枯れたスナックしかない。

マメに顔本とかやっているのだろうか。 私が最も重宝しているのは、SMSだ。

島ではケータイ番号を相手に知らせるのが常識だから、連絡は安価で確実なSMSが便利。

ジジイは文字入力できなくて返答してこないが、女性は通常SMSで十分である。

 

私が唯一使いたいことは、ネット検索だ。 グーグルとグー辞書あたりか。

ガラケーだと、老眼が強くなってきた身には少々画面が狭い。

ただ・・・島ではさほどスピーディに処理する仕事もないし、知り合いの家でパソコンを借りれば済む。

 

強いて言えば、バードウォッチング教室で、リアルタイムにファインダー映像を表示する

屋外用モニターとして使用したいのだが・・・ヘンにWifiとかNFCとか、つまらない規格にしばられ

HDMI接続で、単なるモニターとして動くようなモードが無くて不便極まりない。

タブレットパソコンも同様だ。 あくまで主役に徹したいために邪魔な存在になってしまう。

パソコンは柔軟な機器だが、モニター一体になってモニターの利便性や役割を忘れた気がする。

5〜7インチの単体モニターが5〜8万くらいするから、タブレットパソコンで兼用できれば財布に優しい。

 


 

ラジオ深夜便で聴いた。

アフリカでは、知らないひとんちにコンニチはといって入り、宿泊できるのが普通らしい。

時代劇や昔話でよくある、一夜の宿感覚がアフリカには今もあるという。

今の日本にはなくなったよね〜 そうしたオモテナシ感覚。

現金収入があると、一族郎党に配ってしまい、稼いだ金が一夜にして手もとから消えてしまう、とも。

独特の所有感がアフリカには残っているようだ。

逆もあり、ある部族は地球上のウシの管理を神から賜っていると信じており、盗んでも平気という。

地球上のウシは全て自分たちの管轄にある・・・と信じているのだから、始末が悪い。

 

しかしまぁ・・・掟や法律などというのは少ないに越したことは無い。

 

このごろ、写真がボチボチ売れ出した。

島内の啓発に用いる目的が多いので・・・島内価格を設定しているから、せいぜい1〜2万円程度。

とはいえ、年収100万もない身にとっては、非常にありがたい収入になる。

自然遺産にならないと保護できない自然なら不要だと考える私だが、島人に考える時間は必要と思う。

町の広報誌で、特集コーナーができた。 担当者が私好みの人妻から真面目な男性になったのだが、

ネタに困らないように・・・ということもあるんだろうが、真面目に着実に役立つ記事を目指しているような。

 

私の写真を、担当U氏とともに使えそうな探すので、とても時間がかかるが・・・

シマンチュのなかに、自然と記録写真への理解者を増やす意味で、協力することにしている。

私は担当の書いた記事をチェックするだけだから、記事を書く担当の知識が増える良さもある。

 

特集初回は、クロツラヘラサギだった。 しかもヘラサギとの比較も含めて・・・である。

 

去年までは著作権使用料という予算を計上していなかったから、写真提供はいい加減にしかできなかった。

しかし、全面的でないにしろ、町長にもご理解いただいて、写真の対価をいただけるようになったことで

クオリティの高い写真を提供できることは、とても嬉しいことだ。 島人の知らない島の姿を知ってほしいし。

 

過日、ミニ講演会と題して開催されるユイの館(町の博物館)の館長からの依頼で、

イノー(礁池)の鳥たちの話をした。 ついでに写真展もしてほしい・・・ということだった。

私は安易に高品位な写真プリントアウトを要求する島人も多いから、破損したプリンターを買い替えなかった。

なので、レーザープリンターを借りてプリントアウトし、展示した後提供してほしい・・・という要望にも応えた。

安易にコピーされても困るので、さりげにウォーターマーク的に解説とコピーライトを入れるのに時間がかかった。

これも経験。 儲かる仕事ではないが、そもそも鳥類写真は層が厚く、そうそう売れるものでもないから

出し惜しみしているよりは、積極に人目を刺激する方が得策と考えた。

 

で・・・先日のこと、

あろうことか私としたことが気付くのが遅れ、役場関係のデータが全て収まったハードディスクが破損しかけ、

電話回線より遅いデータコピーを、ヒヤヒヤしながら行なっているところへ・・・館長。

このあいだの写真展の写真をアルバムにしたので、トリトリデッキの写真で表紙をこさえてほしい、という。

具体的な要望だが、もちろんトリトリデッキの写真は用意されていないから私が用意しろ、という内容だ。

無論タダで・・・だ。 館長は今年に入り野鳥観察も始めている手前、野鳥仲間に金をせびり辛い。

 

とはいえ

トリトリデッキは自分の基本設計だし、いろいろコトあるごとに撮影してきたが、タテ構図はなかったような・・・

便利な時代、サイバーショットは画素数が多いので救われた。 ヨコ構図をタテにトリミングした。

完璧だ・・・ 自分の写真集に氏をつけるのは、いささかテレがあったけども。

講師で呼び捨てというのもオカシかろうし。

 

青空はナマ青空で合成も加工もナシである。 備えあれば・・・という長男魂が少し生き残っているようだ。

関係ないが、アオリ補正をかけて、垂直の柱類を整えてあるのだが、

その際左の鉄骨が外側へ開いていることを発見してしまった。 3m弱で何センチもズレる建築・・・島らしい。

 

私はデザインではしっかり金をとるようにしているが、写真やガイドは目的によって違う。

デザインは島人にとって自然の知識などと違い生活に必須ではなく、志の問題だからだ。

ただし、貧乏な私が何もボランティアする必要も無いと考え、ボランティアガイドだけはすまいと決めた。

こうした子供たちのガイドとはいえ、ハブなどの危険と隣り合わせだから、報酬がないと気合が入らない。

 

役場からの依頼で、議員や視察団を案内することもよくある。

そうした場合は、自給でいただくので非常に低い賃金になる。

本来なら朝10時〜11時だと半日分の拘束料金がいただきたいところだが、そこは融通する。

その融通分を、別のところでチャッカリいただくためである。

名詞をこさえたり、こうしてチョッとした工作をするときに役場の資機材を借りるのだ。

名詞などは、ほとんど役場の公務で消費されるものでもあるし。

 

上の工作物は、私のカメラがアトピニスト(後ピンEOS)だと述べたら、ピント調整をするスケールを

写真家でキヤノンのテスターの戸塚氏が送ってくれたPDF。 プリントアウトし、組み立ててみた。

紙はもらいものだが自前、インクジェットプリンターは役場で使われていない小さな複合機を使用。

カッターマットもカッターもモノサシも総務課のもの。

 

これらを公私混同と切り捨てるのは簡単だ。

しかし、円滑にものごとが進むなら問題ないし、私ばかりが儲かっているわけでもない。

なにもかも買うのでなく、こうして実際に手作りする姿も、職員に見ておいてほしいからもある。

トリトリデッキの窓を検討するときも、家具屋さんにもらったダンボールで1/1モデルをこさえたように。

私も一応、役場の中でも平均年齢的には上になり始めたから、そうした親心的な?気持ちもある。

大事なのは、前例とか効率ばかりでなく、自分で担当したものに対して、明解な自分の答えを持つことだ。

手を抜き、短絡思考しやすい島人社会において、自分で調べ、考え、実行し、検証することが大切だと

知っておいてほしいのだ。 一口にPDCAというが・・・そんなスマートなもんじゃない。

 

役場内のパソコンの修理対応は私の担当ではないが、担当者H君がいないときは、私も対応する。

できることを、できる範囲内でやればいいのだ。

 

ただ・・・私は役場の中をブラブラし、島の業者さんより便利な、仕事を盗みとる人材ではない。

私が役場にいるのは、役場から正規に受けたデザイン、もしくはシステムコンサルタント業務を

している時に限って・・・である。

このごろ体調がすぐれないので、朝一からキッチリといるわけでもないし、

だからといって役場の仕事を遅らせているわけでもない。

とかく役場や地元団体からの案内やガイド依頼は土日が多いから、土日がキッチリ休めるわけでもない。

体調、写真家としての観察、役場の業務を折り合いながら回している・・・のだ。

私よりクオリティが高く、安い業者がいれば、私は手を引いているし、何でもできるわけでもない。

筆耕ほど時間に制約されないかわりに、月給もない。 けれど体調や自然に合わせられる。

 

劇的なことに、今日もまだあのアジサシはいる。

今撮っておかないと、次はいつ逢えるか・・・あるいは、逢えないかもしれない。

非常に高速で間近に飛来してくれるかわりに、今もまだ、カメラも私も追いつけないでいる。

 

仕事ばかりに追われ、毎朝吐き気ばかりの日々を送るわけにもいかないから、

釣りにいったりして気晴らししなければ仕事も続け辛い。 今は荒れて釣りにならないから、観察主体だ。

そうした姿は島人からみればサボって見えるだろう。

私が悪く見えるのはいいのだ、しかし役場から無駄に私へ給金が支払われるような誤解だけは避けたい。

だからこそ、半日がパーになっても、稼働時間しかお金をもらわないでギリギリに生活することも大切。

それで私が死なずに、最低限生き抜いていれば問題ない。 扶養家族もなく、裕福になる必要などないし。

 

そのぶん、現金でなはないが、いろんなところで甘えられ、融通してもらえれば幸せる。

島人の場合は、先輩がほどこし、後輩が受け入れつつ先輩に従うのが常識だが、私の先輩はいない。

だからこそ年功序列から外れた、融通と甘え方があるはずである。 堅い表現をすれば。

 

所詮私は島人ではない、由縁もない、無理に島に合わせようとしても、今更無理なことも多い。

ならば、島の融通に甘えて生活させてもらえれば、いつか私も治るかもしれないと思うようになった。

 

ギブアンドテイクでもない、ただ皆がいいように生きられる折り合い。

アフリカでなぜ現金を一族に分配できたのか・・・お互いさま、お陰さま・・・か?

少なくともアフリカには仕事の概念は馴染んでいない。 代替価値、貨幣社会になればこその概念だ。

生死と生殖と食べること以外の価値基準が、本来の動物には無い。

食べることを前提としない労働は生物にとって美しいことではなく、余剰の貨幣もけして好ましいものでない。

たぶん、これまでどおり男性が狩りをした得物を公平に分配するのと、同じ感覚なのだろう。

私たちはそうした発想にならないよう、コントロールされた社会に、私欲優先で生活するようになった。

 

私たちは、メリケンがかかげるウタカタの貨幣主権の自由とやら以上に、本来は自由になっていいのだろう。

シキタリとか道徳とかに縛られたポン人意識からも。 主権は全て命にあるべきなのは、わかっていることだ。

人の命のもとに、全ての事柄が融通されるべき・・・それこそがヒューマニズムの真理では?

ポン人の道徳観は優れている。 だが・・・資本主権社会になったことで、征服的な利己姿勢が勝ち始め、

昔ながらの、一夜の宿に困った人をもてなす気持ちと融通を忘れているのかもしれないなぁと、薄々想う。


ではまた