カボチャの

ん゛まいスープ

 


世間の話

 

もうひと月以上雨が降っていない。

憧れの南国生活のように、毎日毎日、来る日も来る日も快晴! スコールすらない。

現実には、そろそろ断水の危険が迫り、農作物も打撃を受け始めた。 干ばつだ。

一方で、内地では大雨による大打撃を受けている。

高気圧がどっしりと南西諸島を覆っているおかげで、台風が来る様子もない。

輸入しようにも、内地の野菜も高騰しているし、直売所の野菜は皮の厚いウリ類ばかりになり

カボチャ、トウガン、アカウリ(島キュウリ)、漬けウリ・・・葉物が育たないらしい。

 

相変わらずフクシマでは核分裂中である。

「冷温停止状態」とは停止しているかのように見えるだけで、停止していない。

冷却水を循環させ、温度を下げているだけの状態。

メルトダウンしているので、反応を抑制する物質を流したところで、文字通り核心には届かない。

原子力政策上必要とされる、危険性をマイルドに感じさせるための、言葉のアヤというヤツだ。

というより危機は続いている。 核分裂中の破損原子炉を、どうやって廃炉にするのだろう。

専門家という言葉もメディアなどで囁かれるものの・・・原子力災害の専門家などいるはずもない。

東電の問題は日本の問題でなく、世界的原子力業界の危機ともなっており、

その先端であるメリケンが属国に統制をかけてくることは、容易に想像できることだ。

東電を含めてポン政府には相当な圧力がかかっていて、半減期の短いヨウ素やストロンチウム89は

海洋のモニタリング対象外にされていることでも判る。

原子炉はメルトダウンすると止まらないことを世界に示すことは許されないのだろう。

 

どれほど核汚染が進むのだろう・・・なにしろ時間はタップリある。

一見、津波後30年ほどでセシウムの半減期が来るように感じるかもしれないが、

メルトダウン原子炉の核分裂が今日も着々とセシウムをこさえ、半減期30年先は今日も更新中だ。

ヒロシマの次はフクシマ・・・核汚染に魅入られた国のようである。

 

廃炉については、東電はまったく視野に無いと思われ・・・おそらくメリケンが先端技術の実験場として

廃炉作業にロボットなどを投入してくるのを待っている状態・・・といったところか。

宇宙開発や災害作業用ロボットとして、いきなり実績を積むことも、ポン政府からたくさんの実験予算を

ふんだくることもできるし。


 

先にも書いたが、野菜があまりない。 食欲を湧かせるような野菜がない。

食欲も相変わらず湧かない。 というのも・・・食材が無いから料理を考えるのがユウウツなのだ。

 

現金収入があっても、脂の少ない牛肉を仕入れないスーパーが災いし、牛肉にも手が出せない。

薄切りの豚肉にも、半分以上脂か?というような部位ばかり目に付く。

 

直売所のカボチャは、先日最悪のを味わった。 観賞用を食用として売ってしまっているのだ。

ペポカボチャを食って悔しさ倍増、多少高いがスーパーの半値以下なので、カボチャを求めてみた。

たまたまスーパーでは鶏ササミが特売・・・併せて煮っ転がすことに。

ササミなのは、当然冷やしでいただくためである。

 

タマネギ、カボチャ、鶏肉、ポン酒、食材すべてを投入し、ジックリジックリ加熱していく。

煮えない程度にじわじわのんびり加熱していくと・・・なんか腐りそうな気分になるけれど・・・我慢しつつ

肉どうしがヒッツクと出汁が出づらくなるから、時折まぜながら。

タマネギは食べる用でもあるが、肉の臭み消しの役割が大きい。

 

シビレを切らして加熱を早くすると、アクが汁にとどまるものの、汁は澄んでしまい、味が薄くなる。

なるべく白濁した状態を保ち続けるのが味わい深さにつながる。

 

本来、強風の澄んだ味わいを好むポン人味覚だが、もともと動物にアクは無く、

いや・・・アンタにはアクがタップリあるだろうが・・・味は別だ。 

動物にアクがあるなら、アンタはアクも体臭も強すぎて、セックスも献血も不能で役立たずということになる。

料理において嫌われるアクとはもともと植物由来の毒素のことであって、アク抜きの灰とは趣を殊にする。

それに、動物の毒素は、加熱して失われるようなヤワな毒素でない。 フグの肝臓が煮て食えるか?

南国には毒魚が多いが、それでもいまだに加熱処理でOKと信じるのは、野草と勘違いしているだけだ。

勘違いで旅館を営むのは、いささか怖いけれど・・・

あ゛・・・そうそう、ハブ毒はタンパク質だから、咬まれたところを煮ると消える。(涙)

 

煮っ転がしだから、汁気は少なくしたいので、醤油、ミリンで調味しつつ煮詰めようと頑張るが・・・

高湿度の南国では短時間で蒸発は望めず、なしのつぶてだった。 煮崩れるので火を止めるしかない。

汁気の多い・・・というか煮物風な汁物になってしまった。

 

そのことが、ラッキーだった。

なんと深い味わいの汁がたっぷりと・・・冷やすとなお美味い。

ただし、美味いがどうしてもカボチャの煮っ転がしスープであって、失敗料理っぽさは否めない。

 

究極的に、鶏肉の旨味を引き出していることは確かだった。

 

そこで、カボチャ半分を洋風のスープ仕立てというか・・・カボチャと鶏のポトフ?みたいに仕立ててみる。

カボチャは後で加えることにして、粗挽きコショウ、ニンニクパウダー、ナツメグを少々くわえた

ササミがなかったから皮と脂を除いた鶏ムネとタマネギのスープをじっくりじっくりノンビリこさえる。

 

いいかげんジックリ煮過ぎて白濁したスープができたら、カボチャを加え、塩と隠し味の醤油で調味して仕上げ。

カボチャの具合が整ったら出来上がりだ。

 

けれど・・・食べるときに、もうひと工夫。

ギューニャー魂を発揮して、牛乳を加えて味わう。

 

あるいは・・・

冷えたトマジューを加えて味わってみる。

 

カボチャベースの汁物が、これほど美味しいなんて・・・カボチャとタマネギの甘さが加わった冷製スープ。

白濁した鶏肉スープの地力の底力も素晴らしい。

ことに、トマトの旨味が加わって濃い味になったスープはタマランかった・・・

 

実は、横浜に転勤してしばらく、庭先の月桂樹(ローレル)の葉を冷凍し、寝かせ続けたマイルドな香りが

味わいを整えたことも忘れてはなるまい。

 

横浜からやってきたのは、ヒネ素麺5年ものだけではないのだ。

 

ちなみに、島カボチャと信じられている細長いカボチャは、古来からの日本の鶴首カボチャらしく、

甘さも強いらしいので、ペポの悲劇を水に流して、再チャレンジする必要がありそうだ。

が・・・問題は熟れ具合を自己責任で確認する必要があるところに、ハードルの高さ具合がある。

野菜に試される感覚・・・島生活はやはり面白い!

 

ところで新発見。

モロヘイヤのタマゴびたし? ネバリがあるので、玉子を割りいれて和えてみた。

なんじゃこりゃ〜! というほど鮮烈な玉子風味に驚く。

どこかで味わったような気もするのに、思い出せない。

ただ、これほどの鮮烈な玉子風味は、これまで味わっていない。

モロヘイヤが、玉子の生臭さを消しつつ、玉子風味を加速させる風味を有するようだ。

モロヘイヤを減らし、玉子を増量して、どこまで玉子風味を加速できるかが、今後の取り組みとなろう。

 

玉子を助力する野菜・・・ニラ玉とか、対抗しつつもバランスする食材はあったが、

栄養と風味を強化する食材はなかったように思う。

 

あるいは、玉子の生臭さと、モロヘイヤの臭みがシンクロして判り辛くなった・・・だけかもしれぬが

たまごたまごした風味の心地よさは、代えがたいものがある。

 

テレビと肉の血なまぐささから離れてしばらく・・・それはそれで、違ったものが見えてきて愉快である。

 

恨めしいくらい晴れ渡る夕暮れが、嬉しいようなビミョ〜なこのごろ。

けど、夕風の心地よい、よすぎる夕暮れの空には間違いなく、毎夕、ゼイタクな散歩三昧である。

雨が多かったこれまでを取り戻すように、晴れ続ける今年。 足もとには農薬らしい白い粒が散乱している。

 

足もとを見てみたら・・・ここんとこのシュノーケリングで、背中側が不自然に焦げた体を思い知る。

なにやら・・・明るい特性の広角で撮ったら手前はデブな足、向こうはフツーの足みたいに写ってしまった。

ダイビングシューズのあとがクッキリしている。 ってことは、見えないが首筋とか後頭部も焼けているはずだ。

 

外の日焼けも、内の食欲も・・・ビミョ〜なこのごろ。

改善も前進もないが・・・とりあえずいろいろジタバタできて面白い日々である。

そっちにエネルギーを使うから、なかなか仕事できないのだけれど。


 

ではまた