トリトリのまわりに鳥あり

 


世間話。

国内は黄金週間に突入した。

昔のようにアクセク働いていない自由業。

休日のアリガタミはなく、フィールドに人出が増え、邪魔で困るだけ・・・になってしまった。

島は海開き以外、さしたる変化もないような気がするし、いつ入梅してもおかしくない時節だ。

イノーや漁港が濁り、釣れなくなりそうであるし、思わぬものがいるかもしれない。

 

高価だがエコギア・アクアでも買って・・・泥の海でルアー釣り気分を味わうのも悪くないかも。

あの魔法の汁に漬けておけば、おそらく他のソフトルアーも味付きになるに違いなく、

一袋買っておけば、何度も美味しいかもしれない。

いやもともと、カツオ出汁の素をソフトルアーにまぶして補完しておけば、かなり効くと思う。

外国製の味なしソフトルアーで早速実験しよう。

 

それと、闘牛に突かれてTさんが亡くなった。 その牛はホルスタインが混じっているとかで

気が荒すぎて扱いづらかったらしく、その父親も鼻でつかれてアバラを折り、退院したばかり。

闘牛協会は、昔のナクサミから興行になって賭け事になった闘牛を文化財指定しろというが

こうした荒い牛に走り興行色が強すぎるのを、改める時代が来るかもしれない。

が・・・おそらく今回の死亡事故を受けても、闘牛反対の声はヒトコトも起こらないだろう。

なにしろ闘牛を扱っているのは、島のコワイヒトらだから、言えない。

 

闘牛は、ハマっている家族なら、老若男女一体となって盛り上がる類稀なイベントだ。

だから子供のころから憧れ、小学生でも闘牛をひいて散歩させたがるほど。

無法といえば無法・・・しかし命がけであっても、親しみを持って守り抜いて、あと200年くらい経てば

賭博も含めて・・・文化財指定はできるだろうと思う。

ナクサミという集落あげての慰安行事から闘牛だけを抽出し、さらに農耕牛でない運動不足の牛を

戦う牛に仕立てて利用し始めたが、まだ日が浅すぎる。

 

人気がある社会現象を文化財とするなら、クマモンは闘牛よりも文化財に近かろう。

しかし、眺めるだけで入場料3,000円は高いなぁ・・・ やっぱりリターンの賭博もしたくなろうものだ。

 

島では闘牛に突かれて死ぬのは、釣り人が波に飲まれたり、サメに食われて死ぬような感覚に近い。

仕方ない・・・で済む死である。 が・・・その辺を堂々と殺人牛を散歩させるので、いささか意味は違う。

 

それと・・・やっとYさんと戯れる?町勢要覧の編集作業が終わった。

小学生のようなワガママと思いつき、サボりたがりに手抜きがたりと一月ちかく付き合ってフォローし、

胃腸がぶち壊れてしまった。 昼食まえや、夕食前の吐き気たるや凄まじい。

メモはとらない、考えない、締め切りの感覚がない、作業の把握もしない、ふらりと居なくなる、休む・・・

予測しない、客観性はない、ただしナゼか写真をダブって使うことを嫌がる、見栄えを派手にしたい思考。

伊仙町の観光パンフレット化した、ホトンド内容の薄い派手な町勢要覧に心を動かされただけだった。

結局Yさんのサボって派手にしたいだけなのが、アトアトの作業となって跳ね返ってくるから、

平常心を保つだけで精一杯。 食事もままならぬ状態が続いてしまった。

アチコチでYさんの悪口をぼやいて回り・・・多少のストレス解消しようとしたが、追いつかない。

技術向上にならぬ、つまらぬ手数ばかりかかるルーティンワークは最もストレスになるのだ。

 

さすがに今回は

海に車ごと突っ込んだ方が・・・とか、崖から落っこちた方が楽かな〜とか考えることが何度かあったから、

連休後半は、役場も休みだし、ナイトツアーも断って休むことにした。

ナイトツアーの申し込みがあっただけで・・・オレのコトも考えろ!的な、怒りがこみ上げるのだった。

久々のヤバさかもしれない。

 


 

さて明るめな話題。

 

トリトリデッキをこしらえた町の総合運動公園だが、以前から鳥の多さには驚かされる。

渡り鳥は、どういうわけか空港周辺など、ひらけた草丈の低い場所を好む傾向がある。

そうした場所のすぐ近くにある高木や茂みで寝るものも少なくない。

たまたま空港のそばで、たまたま人通りの少ない運動公園だった・・・ということか。

 

このごろは、ガソリン代もバカにならないし、儲からない野鳥撮影に本気になる必要もなかろうと

運動公園周辺の定点観察に徹している。 っていうか楽だし。

お隣の奄美大島には、フィールドスコープなどを携えた旅行者が数多く渡来するようだが、

徳之島にはそうした客は渡って来ない。

 

しかし、イヤミを言うわけでないが・・・あのように大人数で漫然と望遠鏡でノゾキ見できる野鳥に

観察する意味があるのかどうか・・・ 人間を知って、気にしながら生活している様子を観察するなど。

こともあろうに、そうした遠征をする人は多いようだから、世の中儲かるようにできてるかもしれない。

徳之島の場合は、案内しなくても場所は決まりきっているから、ガイドの必要があるか微妙だ。

 

シニカルに表せば、漫然と遠くから観察するための望遠鏡が、フィールドスコープという道具・・・ということか。

 

確かに昼ごはんを団体で食べられるレストランなどは島にほとんどなく、まして郷土料理などという

家庭料理は外食するべきものでもないので店では出てこないから、手配が必要である。

そういった意味では、ガイドして、食事して、気の利いた観光をチョコチョコっと織り込んで・・・といった演出なら

ガイド業もまんざらではないかもしれない。

 

個人的には、団体で旅行するなど思いも寄らない奇行。 なんでワザワザ邪魔臭い他人と動くのか・・・

そう考えてしまう私にとって、観光ガイドは無理かもしれない。

 

野鳥だけならば、私のブログでおおまか情報を把握しておけば、誰でも自分で行けそうである。

広くもない徳之島、怪しい地図しかないから海岸線伝いにしか移動できないが、それで観光は十分だろう。

積極的に山に入って観察する野鳥といえば、アカショウビン、アカヒゲ、カラスバトくらいなものか。

 

そうえいば、鳴きマネでアカショウビンとリュウキュウコノハズクを呼び寄せて観察してもらうガイド・・・なら

どこにも居なさそうだから、やってもいいかもしれぬ。

 

運動公園は管理職員や草の刈り払いなど、人出が常にあるから、ハブの心配はない。

トリトリデッキから、陸上トラックの下にある駐車場までが運動公園全体である。

左に徳之島空港、その間にはイノーが広がり、右はサトウキビ畑だらけの浅間集落。

トリトリデッキは三方をイノーに囲まれた場所である。

ただ、当のデッキは私の観察ポイントの★がない場所でもある・・・ 実はダメな場所だったんだよね・・・

ってなことはない、一応は。(笑)

 

確かにシギ、チドリ類が集まる場所ではないし、他の野鳥も絶対に群れる場所ではない。

一方で、見ての通りイノーを見渡すのにはコレ以上ないポイントである。

島に来てすぐ、近所に居候させてもらって、通うようになって以来、必ず訪れるポイントがココである。

鳥見に現れた客がまずここで見渡し、それぞれのポイントを目指すには好適な施設なのだ。

 

設計しておいてなんだが・・・正直なところ、想像以上の見晴らしの良さに驚いた。

 

エサが豊富なイノーだから、エサ探しに夢中になった鳥が、左のイノーからトリトリデッキの前を通過して

右の角地方面を目指すときに通過しなくてはならない場所である。

生物とは、環境のエッジを好むのであって、だだっ広い真ん中を歩くことは少ない。

つい先日、国交省の役人さまを案内することになり、トリトリデッキで貸し出すフィールドスコープや、双眼鏡を

展開して到着を待っていたとき、すぐ前にやってきたカラシラサギ。

コイツはけして来ないだろうとタカをくくっていて、トリトリ図鑑には載せてないのに・・・さっそく来てしまった。

 

ふいに飛び去ったと思ったら、なんの目的か知らぬが、不用意にイノーをのぞこうとしたオッサンがいた・・・

クソ〜 トキやクロツラヘラサギ並みの希少種なのに゛〜 なんで来たんだクソオヤジ!?

 

繁殖地が、チャン国の朝鮮半島側沿岸だったり、北キムチ国沿岸なので情報不足が災いし

絶滅危惧指定が甘くなって準絶滅危惧(NT)にとどまっているため、何重にも危ういサギ。

トキもクロツラヘラサギも、繁殖地は同じような場所だ。

 

奇しくも、こうしてトリトリデッキの存在意義が証明された・・・ だけど、チ・キ・ショ〜クソオヤジ!

 

ちなみに

空港上空ではハヤブサ、空港沖合いはカツオドリ専用のビューポイント。

もっとも下(南)は、イノーが空港と運動公園にはさまれて数メートルしかないところ。

非常にゴミもたまりやすく、気分の悪い死に海みたいなところだが、エサも多くチヌもシギも好む。

実は、もっとも奥だが直接海へつながるコミョグチ(小水脈口)のナレノハテであり、西に向かい空港下を通る

水路が設けられてある。 奥でありながら潮通しアリ、特殊な場所でもあった。

この水路があるために、辛うじてイノーが腐らずに保たれている・・・が、イイワケ程度にこさえたため

細すぎて流量が足りない。 シマンチュはイノーの死を予測していて、空港建設の際に切望した仕組みだった。

けど、当時のバカ役人にはイマイチわからなかったのだろう。

 

そのためにイノーの泥がたまり、空港セキュリティのために必要な、周囲の柵上から干潟までの高さが

違法なほどに詰まってきている。 自業自得・・・だな。

 

役人さまを待つ間、私より輝いている御仁が、スコープそっちのけで双眼鏡をのぞいている。

理解者であり、頭のキレる副町長のM田さん。 私以上に頭の毛がキレかけている・・・危険な光物だ。

なのに、このごろ初めて日焼けで頭の皮がむけたらしく、99年、14年前にむけてしまった私の後輩にあたる。(笑)

 

配備しといてなんだが、フィールドスコープは非常に好かぬ見辛さがある。

わずか2ミリくらい光軸からずれただけで、接眼レンズは真っ黒な光景しか見せてくれないイケズな代物だからだ。

 

なので、その不便さを払拭するために、あらかじめ私も頭をヒネッっておいたのである。

ひょっとすると、無料貸し出しするのは世界初かもしれない、防振=ニコン風ならVRの双眼鏡だ。

個人的に持つには10万弱の高額光学向学な商品である。

使ってみて初めて、ヒジョ〜にいいことがわかって、フィールドスコープ(望遠鏡)はひとつで十分だから、

残りの予算はコチラにつぎ込んだ方がよかったのかもしれない・・・とも感じられるほどに、異様に見易い物だった。

配備したのはX12だが、X16モデルなら、デッキなしでもOKだったのでは?と思うほど、防振双眼鏡は

劇的に見易く機動力あふれる。 ただし、小学校のお子様にはやや重すぎかもなぁ。

 

トリトリデッキは私にとって、裏の設計者?だけでない、特別な思い入れのある施設だった。

こうして、動物写真家の抜群の技前で撮影すると、別天地のよう。(笑)

背後にはすぐ、B&G海洋センター体育館がある角地で、いささか狭苦しい。

 

このごろイノーの特殊な生態系がだんだんわかってきて、チヌやらカスミアジが釣れそうだ・・・と思えることと、

島とは思えない、海とも思えぬ絶景になる瞬間を味わえることによる。

ひときわ風のない朝のひととき・・・・・・・イノーは浅い海水の湖になる! 正面には寝姿山。

 

浅いからといって、魚がいないかといえば、2キロクラスのミナミクロダイやら、仲良くペアのカスミアジが足元まで来る。

非常にセンシティブな釣り場だが、釣れないルアー人の口癖、自然のなかで竿を振られただけで幸せ・・・を連発したくなる。

 

もちろん、後ろを通るジョギングやウォーキングの方々にも細心の注意が必要な面倒さもあるものの

このごろ顔見知りが増えてきたので、とてもヤリヤスカッタリ、やりにくかったり。(笑)

 

妊婦が床で洗い髪している様に見立てたという寝姿山の名付け、内地の旅行者によるらしい。

イマサラながら、すんげ〜マニアックいやフェティッシュな視点だよな゛〜 そのマニアックさが、今や島の誇る山の名。

何重にも、やべ〜ぞ・・・島の常識感覚。(笑)

 

南の島の人らは、とかく美しいという言葉を多用する。

先日、ガクゼンとさせられたのは、フェリーの名に「きょらむん」だとぉ〜!? コレを、きょらむんと呼んでしまったら、

アマミノクロウサギのウンコですらも、きょらむんかもよ。 きょらむんとは、清らかな(美しい)者という意味。

そもそも自分や自社が保有するものを、美しいものと表現するのをオコガマシイと感じない神経は南国ならではだ。

愛娘に超絶絶世美女的な名、小町とか名付けるのと同じようなものである。

 

そういえば

シマという名の経営者が、キュラシマという名の文具店を営む地元の現実、美しい私という名など常識的には

北の独裁者、キムチ一家くらいしか、思いつくほうが不思議な感性であると思うのだが・・・違うか???

 

閑話休題。

トリトリデッキの半径1キロ圏内で観察した鳥類は、ざっと130余種。 現在も増加中だ。

島に来て動物写真家を始め、野鳥もそのテリトリーにしてきたために、やや野鳥の知識は向上した。

それは、島の友人やら、モズ博士Tによるところが大きい。 私は単に、眺めて愉しんでいるだけであった。

 

なのに・・・である。 このごろ町長をはじめ、周囲の方々に野鳥博士的な扱いをされると、とても気が引けてしまう。

なにしろ私は鳥類にそれほどの愛着や知識はなく、ただ身近にいる自然のダイナミズムを知る指標生物として

観察を続けているだけで、鳥類愛好家ではないからだ。

 

わざわざ知らぬ鳥を観察するために、他の地へ赴くような熱心さはサラサラない。

むしろ島に来ない鳥を知ったところで、無駄としか思えない。 島の生態系に無用な知識は私には不要だからだ。

強いて言えば、静岡の掛川花鳥園でクロツラヘラサギにカパカパされたい♪と思う程度。

 

一方で、島での認知度を向上してくれている事実も否めない。 っていうか・・・ビミョ〜なところもある。

パソコン教室の先生、バードウォッチング教室の講師、ナイトツアーガイド、動物写真家、レシピ集の編集者、

役場企画課に席のあるオッサン、イノーの観察者で釣り人・・・それぞれ接している方々のイメージがバラバラなのだ。

 

さておき、野鳥観察において、私のヒマな人生は、島に貢献できているようでもあるから、あんまり否定もしない。

鳥だけにトリアエズ・・・私は島の鳥類に関しての観察密度は、トップクラスだろうから、

信じてくれている方々に報いるように、精進とまでは行かないが、観察して知識を高めているところだ。

 

何しろ私は、内地にいるころはさほど鳥好きっぽい活動はしていなかったから、内地にいる鳥なのに

知識の薄い面は否めない。

 

内地で遅い寒波がやってきているころ、島は季節はずれの北風が吹き荒れていた。

すなわち、渡り鳥が徳之島や奄美大島から北上しようとすれば、小さな島々の十島村(トカラ)をアテにしなければ、

一機に数百キロを飛ぶ必要がある。 お陰で希少な渡り鳥たちが近所に滞在することとなったのだ。

渡りの衝動というのは、おそらく人類には理解し難いほど強烈な精神力であるようだ。

それはおそらく、子が生まれた親が、未来に感じる責任感と希望とヤル気を掛け合わせたものに近かろうか。

ヤツガシラはとかく一見っぽい印象で報道などされているようだが、運動公園は体力回復に好適なのか

今年も数日滞在中である。 昨年は半月くらい居続けしていたようだった。

 

で、野鳥の会の先輩の獣医屋ケンチャンも初見という鳥達も続々と。

内地の鳥類マニアにおなじみの、オオルリ。

島ではおそらく初。 真に私が初めてではないと思うのだが、目に見える公式記録は初だ。

以前住んでいた兼久には、今もオオルリを飼っている人がいるという。 カゴヌケか? ビミョ〜

 

こちらもカゴヌケか?のようなコイカル。 これも初だろう。

なんか破綻したマイカルっぽい軽やかな名。 コイカルはあるが、ウスカル、メダカルはない。

思った以上に人を恐れないので観察は楽だった。

ただしオオルリも含め、たいがい珍鳥は1羽で、注意力が散漫では見つからない鳥である。

幸運が味方だったらしい。

人のすぐそばにある樹木にも平然とやって来るが、あまり動かず気付き難い、裏をかくような習性だ。

 

ヒジョーにチョロチョロし、観察し辛いスズメより小柄な渡り鳥は、シマンチュの発見は必然的に難しかろう。

オジロビタキ。 飛んだときに広げた尾羽の端っこが、チラリ白っぽく見える。

ヒタキ類は居場所を決めると移動しない。 なので待ち伏せ可能だ。 午後、待ち伏せたら、やはり出てきた。

が・・・近くに居た友人をケータイで呼び出しているさなか・・・軽自動車が横切って、大きく逃げ去った。

とかく島は、そんなもんである。

 

先の二種は、私が始めて見かける種である。

幸いにして、脳内にある、おぼろげな図形情報により、おおまかな種の判別ができるものの・・・

観察の場で判断できないので、後で驚かされる。

 

ゆえに現場で慌てないで撮影できるメリットもある・・・のかもしれない。

飛び去るとき、慌てずに漠然と視覚でとらえておくと、結構いろんなものが見えていて、後で役に立つ。

先の尾の白い模様もそうだった。 徐行する車から見ただけなのに、ちゃっかり記憶していた。

 

トリトリデッキとは島の反対になるが、気になった鳥も載せておきたい。

 

和瀬池で鳴きマネして呼び寄せた、ビミョ〜なアカショウビン。

今年は寒く、アカショウビンの渡来がまだほとんどない。

 

そこらにいたアカショウビンは4羽だが、どうもフツーのアカショウビンっぽい。

鳴き声が、これまで修行を積んできたリュウキュウアカショウビンの声と違い、マネできないのだ。

 

代表的なさえずりのキョロロロロロ〜だが、リュウキュウアカショウビンは最初のキョロロ三音が強く、

フツ・アカショウビンのは、ネットの音声で聴くしかなかったものの、クロロロロロロ〜っぽくパンチがない。

むしろ尻下がりな鳴き方のタメに、テンションが下がるような陰気な鳴き方に聞こえもする・・・

そんな声だったのだ。

 

声以外にも

ご覧いただけるとおり、先のアカショウビンの写真は、翼の色が紫味を帯びていなく一様で、

内地へ渡るべき、フツ・アカショウビンのよう。

 

寒い今年、

アカショウビンとリュウキュウアカショウビンの分布域は変動するだろうことは、こうして予想がつく。

 

そういえば半月ほど前、内地でアタリマエのカモメを、初めて近所で観察した。

セグロカモメは、もっともポピュラーなカモメのたぐい。 なのだけれど、島では珍しい。

内地の経験で、珍しくないからホットク・・・・ってのもナシなのだ。

湘南でハンバーガーとか、さらってくトンビすら、こちらでは稀な鳥なのだから。

 

ついでに

またしても、トリトリの屋外図鑑で掲載もれになってしまった?イノーの鳥がやってきた。

シベリアの北極圏で繁殖し、アフリカやオーストラリアなど、南半球で冬?っていうか夏を過ごす

サルハマシギである。 なぜか北半球だけで繁殖するのが不思議だ。

図鑑にもってこいなほど、接近して観察できてしまった・・・

これまでさっぱり来なかったし、今回も1羽だけだったように、個体数が減少している種だ。

島人にバレるくらい来てくれると嬉しいし、そのくらい島人も観察に興味を持ってもらえれば幸せる。

私の周りで付き合いのある、イイトシの50代のオジサンらも、だんだん野鳥を見始めた。

私も、野鳥も天城町になじんできているのかもしれない。

 

野鳥の渡りは、ヘナチョコゴルフのように刻むことはあまりなく、一機に飛ぶ。

だから徳之島に降りたら、次は九州か朝鮮半島だから、北上シーズンなのに北風が吹くと足止めされ

観察のチャンスが増える。 もちろん奄美大島はその最先端であるから、なおチャンスは多かろう。

しかしながら、ほとんど観察者を見たことがない徳之島。 ゆるり珍鳥を独り占めできる悦楽も捨て難い。

観察者に来て欲しいような・・・私独り、愉しみたいような・・・ それもモッタイナサ過ぎるような・・・

さりとて、先のイノーの風景を独り占めしながら、チヌやカスミアジを狙える極上の悦楽は譲り難く・・・

 

モズ博士Tは、すかさずブログをのぞいているようで、チェックが厳しい。

イノーの珍鳥はタマタマだから、話題性はあるものの、統計的事実がなければ単発では意味がない。

反面、こうして多数の渡り鳥が身を寄せ合い、休む環境は貴重だという。

撮影に関しては、潮の干満のタイミングが難しいだけで、わりとフツーの風景である。

それに、内地の観察地、例えば実家かいわいの伊勢湾などに渡ってくる大量のシギ類ほどの数もいない。

 

けれども、種の混じり方は、いささか異なるかもしれないし、広大な干潟のなかで目視できる場所に

寄り集まること自体、貴重なのかもしれない。

ナゼか島には周年渡りがあるキアシシギに混じり、アオアシシギ、ソリハシシギ、飛ぼうとするサルハマシギ。

確かに自然の豊かさを表すイイ風景である。 から撮影したのだけれど・・・ 鳥マニアにはビミョ〜かも。

Q極に近いヨーロッパから渡来したズアオホオジロを目視した経験がある手前、この光景を観に来るのは、

よほど鳥好きで、鳥の動向全般を把握したい、野鳥の全体観を知り尽くしたい至高の観察家しか

認知し得ない領域にあるのが、徳之島の位置づけ・・・かもしれない。

 

貴重な野鳥ばかり見られるワケでもない、いつも野鳥があふれてもいない・・・けれど奄美大島と

徳之島をセットで観察すれば、内地を北上や南下する渡り鳥の動向の大半をイメージできるだろう。

能登半島沖にある舳倉島だけでは、ニッポンを渡る鳥たちの傾向を知るには、イマイチだ。

珍鳥のみを愛でるビミョ〜な愛好家には、徳之島は味わえないのかもしれない。

 

ま゛〜イノーでは、腐りかけたアオサを、腐り尽くした感覚と目で採り尽くそうとするジジババがいて、

飲み物の容器やら入れてきた袋を放置して帰るそばで・・・野鳥達の宝庫・・・とは言い難い。

 

イロンナ意味でアジアの縮図がココにある。 だから観察は愉しい。 だけど自然遺産は無理。

 


 

追伸

以前、モズ博士Tが島にやってきたとき、鳥の密度が高い・・・と口にしていた。

とりたてて珍しいヤツラが身近にいるわけでもないが、こと冬は、ほとんどの家庭にウグイス、シロハラおり、

もちろんフレンドリーで足元にもくるスズメ、キジバト、イソヒヨドリは周年フツーである。

なぜかアマミヒヨドリや、リュウキュウメジロ、アマミシジュウカラは距離を置いて10m以内ギリギリだ。

そもそも、スズメが足元2m以内がフツーというのは、内地とカナリ違う現象だが、餌付けしたわけでもない。

無論?鳴きマネ常備の我が家では、目の前3mでリュウキュウコノハズクは日常的になった。

このごろ我が家をテリトリーに加えたヤツがいてくれるお陰である。

裏の牛小屋のそばのガジュマルには、2月からアカヒゲ(コマドリの一種)がやってきて、賑やかになった。

渡りのシーズンには頭上の電線に、ズラリとコムクドリなどが並んでいたりもするし、南西諸島ではおそらく

天城町だけだろう留鳥化したムクドリも、チラホラ通りかかる。

 

そんなわけで・・・トリトリデッキも歩いて10分、海も近いし、一応それでも津波で死なない程度の標高18m。

先日は歩いて3分の給食センターのとこで、アカガシラサギも目撃されている。

ってことで、鳥を観察しないのはモッタイナイ環境のようなので・・・やっぱり鳥は生活の一部だ。


 

ではまた