うまいご飯の原因

 


以前、うまいとされる伊佐米を鹿児島の釣友からもらったことがある。

でも、不運にもカビていた・・・島は高湿度だから、よぶんな空気を抜いてから

保存する必要がある。 米びつなんかに保存すると、すぐカビる。

 

先ごろいただいたのは、なんと手作り米というか、島の米である。

イセンノヒカリという名づけからして、ヒノヒカリかコシヒカリを栽培したのだろうか。

そこにコダワリがあるとは思えぬので、品種はまーテゲテゲに捉えておく。

 

島では、小学生が稲作体験をすることが慣習になっている。

わが町、天城町のユイの館は、あまりにも無防備だったので、

大半がスズメのエサとなったが、イセンノヒカリは生育の悪い白い米がほとんどない。

小学生の心を削がぬように、いろいろご努力されているようである。

 

炊いてみた。

キラキラだ、ピカピカ、ヒカリの名付けはダテではなさそう。

 

うまうまだ。 しかしながら、鼻の奥に香る感覚が今ひとつである。

いや、今ひとつというのは、どの米でも同じように香るのである。

竹を燃やしたのを水に溶かし、ハチのニオイと足したような感じ・・・

私の感覚の問題だろうか。 それこそが米の香りだったら仕方ない。

 

近年、極めてうまい飯は、兼久のご近所だった、土岐(どき)ラーメンのだ。

口にした瞬間に、美味加減のずば抜けさが鼻腔を突き抜ける。

味と香りが素晴らしいご飯だった。

一口ふくんで「ん゛まい!」と叫んだのを覚えている。

 

トライアスロンのまかないご飯のおにぎりだったのに、素晴らしすぎる味だった。

その味が本当か、あまりの美味が信じられず、後日弁当を買ったが同じ。

むしろ、水蒸気でべチャッとしているのに、すごく美味い飯。

 

安っぽい、人造調味料で不味い梅漬けなのに、それを包み込んであまりある、

まったく異次元の濃い?飯の味だった。

 

鼻の奥に漂う香りは、爽やかな青竹のようだった。 ハチのニオイはまったくない。

炭を入れて炊くとよいのだろうか・・・これはガスか電気か・・・ということとは違う。

土岐ラーメンの米は、さして上手な炊き方とは思えぬ。

 

ちなみに、ハチのニオイとは、あえてスゴク判りやすく云えば

薄めたセイロガンっぽいニオイ・・・だろうか。 ニオイの方向性は似ている。

 

カレーを知らない人に、カレーの風味を伝えることは、極めて難しい・・・至難がある。

 

まさか、南国にきて真にうまい米に出逢うとは。

申し訳ないが、今のところサッパリうまさの原因はつかめない。

無責任に、結論なしでスルーさせてもらおう。


ところで

内地はすっかり冷え込んできているようである。

南国もそれなりに冷え込んでいるものの・・・まだまだセミも鳴く。

Tシャツで過ごせる南国は快適だ。

 

ただ、誤解しないでいてほしい。

被害者妄想ではない、ただ事実を伝える。

内地では報道されていないだろうけれど、台風21号は厳然と大海にあり発達中。

発生以来、強い風と、ときおり外縁の雨雲をもたらし、常に晴れのち雨の日々。

釣りに行きたいが、軽いルアーを使うにも、重いポッパーを使おうにも

強風が邪魔をして偵察に行けない日々が続いている。

ちょうど仕事が入っていて都合が良いような気もするが・・・

 

ちょっと晴れては雨が降る日々が続いている。

南国は、おそらく内地人の思うような天候でも気候でもなくなったのだろう。

 

一方、我が家の玄関にはGTロッドがスタンバイされ、好日を待っている。

それが現実の南国である。

 

アナタが内地で厳しく、忙しく働いているさなかも、

嵐や荒天の多い事情になっている南国。

私はユルユル生活したいと望んでやってきたものの・・・そうもならないねぇ。

生活しているぶんには、親しくしていただいている島人と同じ時間を過ごしていて

好き時も、好ましくなき日々も、それはそれで味わい深いのだけれど、

旅人として旅費と貴重な休暇を割いてやってきたなら、一日一日が満たされないことが

とても苦になってしまい残念な旅になってしまうことが多いだろう。

 

ま、トラブルも旅の味わいではあるが。

 

ここ最近、とても風雨の日々が続くことの多い南国。

卓上の調味料すらカビるようになったけれど、笑顔が絶えない島。

何が起こっても、苦しくても、やっぱり笑顔が絶えない島。

そこいらは、真に厳しい時代を過ごして来たご先祖のお陰だろう。

南国の笑顔は、真の苦しい歴史の裏返し。

 

それが私の救いになっている。

 

笑うことは、幸せの基本だ。

ここんとこ、心底笑ってないなぁ・・・でも、まわりには笑顔が満ちている。

笑顔の大国に、私は住んでいる。


ではまた