人助け ネコだすけ

 


このごろめっきりアリが同居している。

炊飯器の炊き込みご飯にアリ、寝ゴザの裏にアリ、ナベをあけるとアリ。

 

このアリ、オオズアリといって

現在のダブルに代わる、もうじき始まる次代亀ライダー?そっくりの名で

タイムリーに登場だが・・・オーズでなくオオズである。

 

特徴は、土でなくても布団や新聞の隙間でも、

すぐに巣にしてしまうことだ。

一度追い払っても、ニオイが残っているようで、またやってくる。

メダルこそ集めないが、こいつが集まって体じゅうに噛み付いて

あちこちチクチクするので不眠が進行、体にダルダルが集まるのだった・・・

 

はたまたこのごろ、

急に草刈してくれたり、酒飲みに誘ったりしてくれる御仁は、

やたらワケアリ・・・らしく、

人はいいが、かなりヤバイ過去を持つオッサンだった。

 

ご近所に

ヤのつく商売のオ○ブンがいると噂に聞いたのは、彼かもしれない。

といっても今はフツーの・・・ゴマづくりがヘタッピなオッサンである。

彼自身も、くミをまとめていたことがある、と言っていた。

といっても、島には他にもコワオモテで、日本語が通じにくいオッサンが

山ほど居るので、さだかではない。 もっといるかも知れなそう。

(聞くと、幸い???お○ぶんではなく、ナンバーツーだったそうだ)

 

ちなみに、裏手の家は警視庁で警視監をやっていた御仁もいるので

なんちゅーか、いろんな意味で密度が濃いお土地柄のよう・・・

すごいコワオモテというか、目がオトロシイ御仁だ。

 

オッサンは、ダサイたまケンケーにパクられて、

関係のないレジ損壊で別件拘束の果てに、

裁判前に裁判官からオマエは絶対に数年はシャバに出さんぞ

と、言われたらしい。

被害を受けた店主に、当初目撃していなかったのに

目撃したと虚偽証言をさせて、臭い飯を数年食わされたそうだ。

普通に考えれば、ヤバイオッサンが事をなしているのに、

数メートル以内の店内で目撃する余裕があるかというと・・・

そりゃー無理だ。

でも、閉鎖された裁判の場で、手軽にブチコメル手法であることは

間違いないだろう。

司法の恐ろしさを、逆の立場の人から知らされるというのも

妙なことである・・・国家権力とは、思った以上に怖いものである。

必要悪、とでもいえばよいのだろうか?

オッサンも、そんくらいゴクワルだったということだろうけども・・・

えん罪が生まれやすい体質とも、言えなくも無い。

 

ある朝、そのオッサンは

いつもの黒い顔ながら一段と曇った表情で、相談があるとやってきた。

雰囲気は、かなり怪しげに。

 

開口一番「金が無い・・・」と。

 

やばい!

金など財布にほとんどないし、金にズルズルそうな島人と

妙なことになるのはゴメンだ。

立ち退きの金も、本当のところ、入ってくるかどうか分からぬ。

米と味噌と糖質ゼロビールは貸せるが、他は無理。

 

だが、冷静に聞けば

オッサンのそのまたオジサンが、無責任に放し飼いにしているネコが

ハブにたたかれて死にそうになっているので、

金は、これから何とかするから助けたいという。

ハブは遠くから、ひっぱたくように飛びかかるので、

噛むことを「たたく」と島人はいう。

 

オッサンのオジサンは、

死にそうだったら捨てて来いと言ったそうだ。

だいたい、島の人はこういう向きが多いことも否めない・・・

実際、捨てられたイヌネコがかなり多い。

その筋の人にしては、ネコごときに筋の通り過ぎた話である。


私は、自分が生きることに罪が無い!などと

思い込みたい衝動は無いので

生物は生まれたときにすでに罪を背負い、

他の生物を圧迫なり、殺すなりして生き残る宿命と思っている。

 

いろんなものを飲んで食べ、無駄に虫けらを殺し、知らずに踏み殺し、

いわんやイヌネコなどのペットを飼い殺していく。

 

つまり、生きることは罪の積み重ねだ、と。

罪を自覚して、その重さをしのいで生きるチカラこそ

生命の偉大な継続力だと信じているからだ。

 

だから、罪も無い子供・・・などといわれると噴飯する。

生きていること自体が罪なのに、笑わせてくれる。

それはそう言いたい人間自信の自己弁護、自己美化したいのを

遠まわしに語っているだけで、ちっとも意味のあることではない。

人生の自画自賛にもホドがある。

 

生まれてすぐ死ぬのを惜しがったところで、

どんな偉人でも必ず死ぬ。

生まれてすぐ死ぬというのは、罪を重ねずに死ねるので

私にとっては、さほど悪いことには思えない。

そういう意味では、死んだ子供に罪は少なく、最小限?だ。

 

いささか

このドロドロ現世の苦しみを楽しまずに死ぬのは

M的想念からしみると、少々残念ではあるが・・・

全ての悩みやクビリから開放されるのは、悪くないだろう。

 

だから、大切な人が亡くなっても、それほど悲しくならぬ。

なんか、すぐ会えそうな気がするのである。

すぐ会いたければ、とっとと向こうに行けばいいだけのこと。

ドロドロ現世もよし、向こうの世界もよし、それでいいと思う。

まだ見ぬ向こうの世界に怖れをなしても、みんな行くのだ。


そんなわけで

つまらぬ人間科学で、イヌネコをながらえさせるのは

あらゆる意味で間違っているので、

オッサンには、くれぐれも生き死にを静かに見守るよう言った。


私はジジババの死に目に会えなかったから、

その瞬間に立ち会うことが、命にとって一番大切だと思う。

 

しかも

動物はハブ毒に対して強いから、まだ死ぬと決まったわけではない。

生き残る瞬間瞬間であれば、なお見届けられるというのは素晴らしい。

 

世界中で優しいペットと大勘違いされているが、

飼い猫はヤマネコである。

人間に歯向かい難いという理由だけで、世界にはびこる小型の猛獣。

それを無駄に生かし続けるのは、動物写真家として本意ではない。

 

死んでいい命は無い!などと

全く無根の事由を述べる呆けた方がいらっしゃるが

死んで悪い命は、どこにも存在していない。

むしろ、必ず生まれる・・・という言葉も事柄も知らないが、

キチンと死ぬことは誰でも知っている。

 

たとえば

痴呆になっても、再生医療で体だけ元気に?

500歳を迎える人類など、生殺し墓場人生の万年終末劇場だ。

 

一方、

考え方によっては、ネコを弱体化させるのに貢献するので

モノは考えようかもしれぬ。

 

一見優しいネコだすけだが

本来ならば、ハブに噛まれても死なない猫だけが生き残るのに

そうでない猫を無駄に生かすことで、強いネコと並存し、

強い血を薄めていってくれるわけだ。

言い換えれば、人間に媚びて生活するネコが長生きし、進化する。

人間にとっても飼い猫にとっても、微妙な関係が進化し続けるということ。

 

人間にも、同様の現象があるのは否めない。

無駄に科学で生かされて、薄まっていく強い血。

未来へのヒューマニズムを考えない、想像力乏しい人間が

目の先だけ考えると、そういう事態を招くという証拠となろう。

 

まー、天敵がいなくなったように見える動物は増えすぎて

互いの食料や資源を食いつぶすので、種の滅亡を近づけるわけだが

それを加速する科学の側面を見ないフリしているワケだ。

でも、いずれ来るものはくる・・・しかも加速度的に・・・

 

アレルギーが多いのも、そういう血が多いのかもしれない。

本来なら、喘息や肌荒れによる化膿で長生きできないだろうし

サバやエビで、気管にジンマシンが出て窒息死することもあったろう。

生かすことは未来の大きな死や、取り返しのつかない体の欠陥に

つながるのだ・・・ 生き物は死ぬことで、進化するように出来ている。


などと考えていると・・・

オッサンは語る。

 

人の生き死にを身近に見てきたから、

できるだけのことをして助けたい・・・のだと。

 

この言葉は

いつもの口調にしては、変に重かった・・・


この一匹の末裔が、クロウサギ絶滅を招く引き金かもしれないが

それも時の流れの中では仕方ないことなのだろう。

人間の積み重ねる罪、未来への悪の布石であっても

今は助けてみようかなと思ってしまった。

 

まーね

人間が絶滅すれば、また生物の歴史は元に戻るだろうし。


ウシ専門だが、獣医屋ケンちゃんに電話してたずねると

動物用の血清はもっていない、という。

ウシは、めったに死なないので、消炎剤化膿どめの抗生物質を

注射する程度なのだそうだ。

 

つい先日、あっけなく死んだ子牛の話をしたよなケンちゃん・・・

 

与名間でもらった、新鮮な魚をおいしく調理した直後のこと、

まったく間が悪いが、急いで腹へつめこんで、ケンちゃんちへ。

 

後ろ頭を噛まれているためか、顔がポンポンに丸くなっていて

わりあいカワイイ感じになっている・・・

死ぬほど苦しいところ無謹慎で、まっこと申し訳ないが。

けど、どうして首より後ろは平気で、顔だけがポンポンなのだ???

島人のよく言う、頭だけが異常に肥大すると言うことは

本当に本当だったが、ナゾは深まってしまった・・・

 

ケンちゃんいわく

筋肉じゃないので、毒がまわっていないように見える、と。

消化液なので、進行速度が一定だとすれば、

頭の皮一枚だと被害は最小限ということのようだ。

頭の皮一枚の毛の生え方で、人生が変わりそうなもろい人類には、

意味の深い一言でもあったように思う。

ミャーミャーと環境の怪しさを察して、妙に元気というか

フルパワーが出せないパニック状態になっている。

つまり全力だが、一見ゆるいパニック。

ネコと飼い主?の顔がシオシオのバーチャンっぽくなっている。

 

飼い主ではないが、ダメなオッサンのオジサンのせいで

実質飼い主のオッサンの顔は、終始不安と心配でいっぱいだ。

本当にヤ○ざ?だったんだろうか・・・?と思うほど優しく悲しい顔。

 

ケンちゃんは、しばらく悩んでいた・・・

ウシ用の薬品なので、1キロあるかないかのネコに

どの程度注入するべきか、を

目分量で測るのに集中している。

 

それでも、あっという間に注射して終了。

 

すると、即効性はないのにネコは元気になった!?

オッサンは驚いて、即効性をたずねるほどに。

 

さりげなーく、なでるフリをして

たっぷり気を当てておいたのが効いたか???

自分の切り傷を閉じるくらいしか

効果を確かめたことが無いのでネコに効くとは思えぬが・・・

 

蛇足だが

私の「気」は極端に効き目が出ることもあり

切り傷の血を止めるどころか、1分程度で傷口の肉がふさがり

手を洗おうが風呂に入ろうが、傷口は二度と開かず

そのまま治ってしまうこともある。

 

ただ、それは調子が良く、ノリノリ?・・・のときだけ。

けど、ハブ毒に対抗する気合が生まれたのだろうか???

 

ノリノリのときだけ・・・なんてアテにならないので

自身「気」の効力については、カナリ半信半疑なのだけれど。

 

さて帰り道

無駄に生かしたネコだったはずが、なんとなくホッとして心がぬくい。

 

ワケアリのオッサンというが、子供をあやすように愛おしむ姿に

ときには、死なずにすむ命があってもいいかな・・・と思ったり。

多少寄り道の多い人生を歩んできた彼にとっては、

ひょっとすると心を許せる、家族のような思いがあるようだったり。

本来なら、脅してでも獣医に診せたかったはずなのに

カタギの素人な私にとって、優しく接する仁侠と情のあふれる感じは

やはり、ただのボーリョくだーン的なのとは違う人だったのかと思う。

京カツ?の前があるらしいが、それは一応そのスジで食べていく

最低な連中の間に閉じた、カたギと関係ない処理だったと語った。

 

オッサンは、

ネコをケンちゃんちへ連れて行く道すがら

つくづくイロイロ人生について余計なことを伝えてくれるが・・・

ネコを助けたい、その気持ちだけで十分であった。

 

いろんな人がいるものだが、ウソホントは別として

そういうことを、正体不明な私に話すのが不思議である。

以前、和歌山の漁港でも似たよう境遇のオッサンが、

いろんな話をしてくれ、魚を分けてくれたことがある。

 

こういうことを、話してくれる御仁は

おそらく故郷といはいえ、オイソレと旧知を復活できないのかもしれぬ。

自分のプライドや、集落の噂などが邪魔をするのだろう。

その点、怪しい内地人の方が、接しやすいのかもしれない。

それはそれで、自信の存在価値が分かり、よかったかな?と思う。

どうせサエナイ人生、島人のためになれば、それもヨキカナ。


ともあれ私は、

動物写真家として、写真を志す人間として

悪いが命のやりとりの際にも、記録を撮らせてもらっている。

生きる記録、危機の記録、死ぬ記録、イイ記録ワルイ記録、

時と共に過ぎ去るだけでは、だれも振り返ることの無い瞬間を

シャープにピンボケに切り取っておくのが写真の大きな力だと思う。

 

このあいだ、

東北でダンナを殺したオバサンがいたと報道のあった事件、

共犯の中年殺人犯の男ら、M山、U原らの写真がおろそかで

ずいぶんヤンチャなころの写真である。

 

誰も彼らに注目しなく、記録がなかったからかもしれないし

記録があっても持っていたくない、即座に捨てた・・・といったことかも。

哀しい人生は、哀しい結末に至るのが理(ことわり)ということか。

取り戻せない生きてきたかけがえのない記録を、

あっけなく失ってしまうことも、罪の重さの証しといえるのかも。

 

では

味気ない人生は、そのまま味気ない結末ということか・・・

やれやれ、無理やりネコだすけしたのに。

味気ないのは問題ないが、食事の味はしっかりとして

食欲だけは旺盛であって欲しい・・・今日このごろ。

味気ない食事だけはゴメンなのであった。


このごろ

気になることがある。

パソコンに辞書を入れるのが面倒なので

グー辞書を使うことが多いのだが、コンナ画面が出る。

 

多少、オリジナルのエフェクトを加えてみたが・・・

「謹慎」と単語を入れただけで、スポンサーリンクも笑える。

集中法とか、自分をダめにするとか、加齢臭とか・・・

失礼なアド(宣伝告知)が軒を連ねる。

 

こんなのにダマダレルやつがいるから、はびこるのだろうが、

ウトマシイ人災である。

年収ってナンダヨ・・・低すぎっていうか、

無さすぎで悪かったな・・・と思いつつ、感心してアチコチ目を通す。

財布にはあと4000円ちょっとしかない。 

 

あるいは

失礼ということは・・・心当たりがあるということだが、

それにしても、カナリ怪しい情報が、ネットに顕現しているということだ。

 

NTTとかプロバイダーが、個人のIPアドレスを取引しているというのは

噂だけでは済まされない事態になっているのは事実である。

一ヶ月くらいで、割り当てを切り替えるので、個人情報ではない・・・

という逃げ道があるので、当局も取り締まらないのだろうか???

でも、なぜか地域ごとに決まったIPアドレスを割り当てているのである。

意図的にそうしているとしか思えないし、

短い期間の間だけだからと意図的な不正を行うな外力に対して

譲歩している感は、十分すぎるほど実感している。

 

いやむしろ、

エロサイトなどにアクセスしている一見不利益に見えるユーザーに

プロバイダーが打撃を与えたいという、下心さえ感じられる。

けれど、プレイステーションも、インターネットも、このごろ流行の3Dも

巨大なエロ市場によって成長しているというのに。

VHSやDVDなどメディアの発展は、巨大なエロ市場に支えられて

発展してきたのであって、表の利益などは、吹けば飛ぶようなユーザーで

エロに傾注した連中ほど、熱心で投資十分な市場はありえない。

道理や倫理は、絶対に本能には勝てないのである。

 

少なくとも私が鹿児島のユーザーであることは、バレバレなアドが

ポンポン飛び込んでくるので、プロバイダーなど信用に値せぬ。

それ自体、倫理や正義よりも、多数のユーザー情報を売りさばいて

単なる利益が優先している現象を、裏付けているだけである。

資本主義とはよく言ったもの。

 

島に来て

楽天で買い物をしてから、とんでもないヘッポコ金融から

サラ金同様の勧誘がメールされてくるのだから、世の中は

信じるものは皆だまされる・・・世界になったと証明されたように感じる。

 

とりあえず、

買い物は一万以下の口座振込みか、代引きにしている。

残り少ない貯金がムシばまれては大変だし

これ以上の面倒はゴメンである・・・???


それにしてもまだ、アレから会っていないが

丸顔ネコは死なずに真顔にもどれたろうか・・・?

 

8/24朝、

23日朝に起きたとき、もう死んでいたと伝えに来てくれた。

あれから丸二日くらいは生きたのだろう。

享年ゼロ歳のネコだったので、体力が続かなかったのだ。

あの世で会いたい者が増えたな・・・

ここに載せてある写真が遺影となったが、

このネコの記憶は、もう消えないですむ。

 

あれからついに札が財布から消滅した日・・・

課長にしては珍しく?手早い稟議書回覧で

与名間で実施したパソコン教室のバイト料がもらえた。

 

とりあえず・・・こちらはぎりぎりセーフ・・・危なかった。


ではまた