ついに登場

本番の焼きそば


関東のガス屋の最大イベント、ガス展。

前回、9月半ばに焼いてから、もうひと月以上が過ぎていた。

速い、早いよ、もう41歳がだいぶ過ぎてるよ、まずいなぁ。

焼きそばなんぞ焼いている場合なんだろうか。

 

通算1,000食くらいは焼いてきたと思う。

 

鉄板には、中華なべにも、フライパンにも出来ないことが

たくさんあった。

 

今回は、油を使わず、豚バラの脂だけで焼いてみた。

前回同様、肉は焼くが、野菜は蒸らし、最後に麺とソースを

火を落としてから焼きこむ。

すると、香ばしいのに、野菜はしんなりした

あっさり焼きそばができた。

 

またしても、体が勝手に作ってしまった・・・

焼けめがついているのは肉だけで

焦げやすいキャベツも全然焦げない。

 

無駄なく、むらなく、美味しい。

焼きそばを自分から食べないので、普通なら美味しいとは思わぬが

今回の焼きそばは、心底うまい!と思った。

しかも、油を使っていないので、全く胃にもたれない。

 

オススメ度ナンバーワンの出来であった。

 

液体ソースも使わない、豚バラ、キャベツ、ピーマン、にんじん。

焼くのは10玉ぶんを一度に。

多分、ズッシリとチンしておいた麺が野菜、肉を鉄板に押し付け

蒸気を閉じ込めて、蒸上げるのがイイのかも知れない。

 

長男は

なんかやったら、必ず求める心が生まれる。

 

だが今、その

なんか始めようという気が起こらなくて不安だ。

 

与えられたものでは駄目なんだ、なあんか知らんが駄目なんだ。

だから始めたいのだが、始められる気力がないのか

人生にやる気がないのか、どうも駄目なのである。

 

イベントの余りモノのカボチャをもらってきた。

最近、カボチャを食べてなかったから

タップリ食べたかったのだ。

 

鍋にたまねぎをたっぷり敷き詰めて

その上にカボチャをのせる。

酒と水を、たまねぎが浸るくらい加えて蒸すこと20分。

特段、チンを数分すれば済むのだが

なんだか不思議と酒と水で蒸したい。

 

うま味はカボチャの中に、たまねぎの甘みは少しの酒と水の中に

そうしてカボチャとたまねぎの甘さが蒸しあがっていく。

 

水と酒でもどしたシイタケを加えて

戻し汁で九州の麦味噌を解き、ひと煮立ちさせて出来上がり。

 

適度に崩れて、カボチャとたまねぎの甘さと

麦味噌のやさしい味がからみあうと、絶品となる。

思ったとおり、純朴でチカラの出る味わいとなった。

素材の味わいを、体が勝手に感じて料理してしまう。

便利なんだが・・・不思議な機能だ・・・

  

ところで

なんかこう・・・

長男の人生は片輪が脱線したジェットコースターのような

感じがするこのごろである。

スリルはあるが、確かさはない。

昔からやっていた、特段食あたりもしない

消費期限のインチキが今なぜ検挙されるのか。

何かもっとスゴイ事を隠すために政治屋が動いている感が

ありありとする。

 

肉も野菜も加工食品も、インチキは多分普通に行われている。

先日食べて、体中が赤白になってしまった焼津の生ぶしも

包装には消費期限を明記せず、スーパーのラベルで

明記するようになっている。

もう、二度と買わない、だまされない。

明らかにインチキ消費期限用に、製造、販売がグルである。

だが、それをさせてしまう社会構造が問題なのである。

豊かさもない、未来も見えない、未来を切り拓けない子供ばかり、

それでも自殺しないで、人をだましてでも手段を選ばず

生きようとする事だけは、立派ではないが、前向きと認めたい。

 

正しいことと正義は違う。

 

正義は絶対値であり、正しいとは比較論だ。

人間の存在自体が正義でないかもしれないから

正しい(生き延びる)ことをするのが、前向きである。

だからといって、食べ物が危機を迎えている社会に、

社会性を必要とする人間自体の危機は明白だ。

 

せめて、食べ物には勘が働く体や脳みそでありたい。

そう信じ始めている長男であった。


ではまた