鉄板求道者?

ヤキソバージョン・アップを感ず

 


久々に焼きそば、焼いた。

季節外れ?いや、日常的に異常な残暑の強い日差しに

左半身まで焼いた。

陽の下で、お子様向けの風船ヨーヨーが、ぽんぽんと破裂した。

すさまじい日常、長月である。

 

中秋の名月も夏の季語になっちまうんじゃないか?

というくらい、夏が山のように残っている。

 

焼きソバは3日間で200食くらいだろうか。

楽勝であった。

一回10食を焼くのだから、そんな大した事は全くない。

鉄板の力はそんなものではない。

 

新横浜拠点の、元コックN村先輩に直伝していただいた技前を

少しだけ借りただけだが、スゴイレベルアップした気がする。

 

長男は、これまでどおりだが

焼きそばを焼くときに、焼きそば麺をチンするのだ。

(水蒸気爆発に注意、必ず袋には穴か切り込みを入れてください)

長男の場合は、10玉ぶんを別の袋に入れてチンする。

 

そうすると、鉄板上で、そばにお湯をかけなくていい。

無論、水分を補給しないと麺がやせすぎるので

あらかじめ炒めておいた肉の上に、タップリのキャベツや野菜を盛り

ほんの軽く炒めた後、その上に麺をどっさりと盛り付けるのである。

 

麺に封じ込められた肉や野菜たちは

鉄板の強烈な赤外線に焼かれそうになるが

水分がしっかりとあるので

野菜もお肉も守ってくれ、100度以上にはならぬ。

一方、水蒸気が強烈なイキオイで、麺に覆われた野菜と肉と

その外側の麺に100度の火を通し始める。

 

水分がある間は、100度以上にはならないので

じっくりふんわりとしてもらうのを感じつつ、塩コショウだの

ありきたりな粉ソースを半分くらい振っておく。

 

鉄板の神が、微笑んでいる瞬間だ。

 

鉄板のたっぷりとした赤外線(近赤外、遠赤外)によって

独特の素材の甘みをもたらす、蒸らし効果である。 

 

蒸れてにじみ出た肉や野菜のウマミを、

ほんの少し待ってから混ぜ合わせてやるだけだ。

 

その後、蒸気を逃がしながら、さらにもう半分のソース粉末を

からめて熱い鉄板の上で混ぜ合わせる。

焼くのは最後だけだ。混ぜるだけでいい。

 

が、油断せずに、火を止める。

 

鉄板の神は冷めにくいたちで、熱は力強いからだ。

今回は、この力が手に取るように感じられた。

焼きそばの残った水分と、鉄板の熱量をバランスさせる感覚が

自然に感じられてくる。

 

これまでは、焦げ付いたソースをヒッペガスことは難しかったが

今回は逆に、火を入れてソースの皮膜が浮いたところを

程よく削り取って、鉄板を新鮮に保つことを体が知っていた。

前回はまったくそのようなことは想像すらも出来なかったのに・・・

である。

 

なんで、こんなことが見えてくるのか不思議だが

自然に分かっていた。

 

鉄板は最後までピカピカである。

人間の感覚とは面白いものだ。

無理しなくても、自然と感じるチカラが働くわけだから。

感じようとしていたが、感じられず

体が勝手に覚えていて、それについていっただけ・・・

 

こんな感覚はこれまでにない?

 

はずだが、ちょっと似た現象でというか煮た現象の中で

鍋の具に、火が通ったか見ただけで分かる、

その感覚に似ている。

 

今回は、油っこくなくて美味い!という有難い絶賛の声の他にも

前も焼いてましたよね・・・という声も聞かれた。

N村先輩の技前を得て、自然に蒸らし製法をエトクしてしまったので

当然油っこくないのだが、前も・・・という声は意外であった。

 

横浜人の焼きそば好きには恐れ入る。

 

まずくて、ぼそぼそで、それでも何か食べたくなる焼きそばとは

一体、一体・・・・・・・・一体全体、ナンなのだろうか。

 

壮年アフロマニアなオジサンが、卒然食べにきてくれたり

あれこれ焼きそばを求めるお客さんの珍現象が起こるわけだが

長男の焼きソバは、なおも進化せねばならぬ宿命のようだ。

 

麺は固くなくコシがあり、しかし伸びもせず

油も少ししか使わずに、時間がたっても

ひとかたまりにならない焼きそば。

3日間、昼飯として食べ続けたが、胃のモタレなし。

 

このごろ、水蒸気で味を作り出す技に注目している長男だが

鉄板でも水蒸気が使えるとは痛快である。

鉄板の神が、長男の水蒸気好きにシンクロしてくれたようだ。

 

さて

写真は、そばとは何の関係もない

新作、イカの浅漬け。

 

日本酒に、色がつく程度のしょうゆと

しょうゆ以上に、もっと甘くなるほどの砂糖を入れる。

(みりんでもOK)

お好みで一味か、きざみ唐辛子を加え

ひと煮立ちさせ、アルコールを煮切る。

 

タレがさめたら、安価なイカの刺身を漬けて一昼夜。

沖付けより遥かにマイルドで甘いイカのしょうゆ漬けができる。

沖付けはイカを生きたまま作る単なるしょうゆ漬けだ。

宿命的に塩からすぎるのである。

 

キモとなるのは、しょうゆを限りなく少なくすること。

薄くて甘いしょうゆダレを作るのだ。

 

イカには体質的に、大量の塩分が含まれている。

本来、味付けなど要らぬほど強烈に塩味が効いているが

これを知っている人は料理人でも、ごく少ない。

長男はたまたま昔、おふくろ様の作った、イカのつくねを

素で試食したときに、その塩辛さに驚いた記憶による。

 

イカ本来の塩辛さと甘さを引き出すよう、

しょうゆの香り漂う薄味のタレを作ってやれば

自ずと甘くて美味いイカの浅漬けが仕上がるわけだ。

 

しょうゆは香りのためだけで十分。

香りがついて、しょうゆの色を見たら

人間は塩味をしょうゆ味と感じる・・・のを利用する。

 

屁理屈以上に、メシが何杯あっても足りないほど

うまい浅漬けができるので、黄身などを落として

どんぶりにでもチャレンジされるとよろしかろう。

ちなみに、造りは浅漬けだが味は濃厚、タップリ味である。

自信作、また生まれてしまったか?

 

長男はよく、コダワルと言われるが

こだわっているのではなくて、

単にちょっとした研究が好きなだけだ。

熱くなるだけだから、さめたらサラリと終わる。

ただし、一度学んだら、なかなか忘れない。

それだけだ。

 

コダワルってそういう単純なココロモチとは違うと思うが・・・・

 

もっとヒツコクて、ねじれてて、目的不明で

長男が標準装備するほど、便利な装備とも思えぬシロモノだと思う。 

 

さてと

次のイベントは11月、その間、焼きそばは磨く予定はないが

次の焼きそばはどうなるんだろうか・・・

 

にしても、イベント中に食べたカボチャのポタージュ

あれは正にヌチグスイ(命の薬)というほど美味くて、体にしみた。

あんなのは焼きそばでは逆立ちしても得られぬ元気感である。

焼きそばで、あの元気を出すことはできぬものか・・・


ではまた