ポレポレなんくるタックル7、命のスパイクが逝くのか


この時節、ヒラスズキは命がけの釣りであり

長男の生きてきた証のような、生きる糧であるような

最も生きる喜びを感じる釣りである。

 

大変な危険をしのいで

冬のヒラスズキを釣る・・・白身なのにシマアジのようなコク

たっぷりとした脂、なのにすっきりとした後味。

魚河岸では、ほとんど見かけぬ、釣り人だけの魚、

命を掛けるに値する魚である。

 

今や、長男にとって

この釣りができぬのなら、生きる意味すら失う・・・というくらい

大切な釣りになっているのであるが、今や慢性不況となり

道具が衰えても、買い換えることができぬ事態となった。

 

長い竿は磯竿の中通し竿で代用できる。

そのほかは普通の道具を使ってきているが

ひとつだけ代用できない道具がある。

 

スパイクシューズである。

 

 

今売っているスパイクは全て、シングルピンと呼ばれる

スパイクの裏の山(ゴムの歯)の上に突き出た金属ピンが一本のもの。

荒磯で、しかも常に荒波に洗われ

最も滑りやすい海草のうっすら生えた岩の上で耐え

命を預けられるスパイクは、ダブルピンと呼ばれる

金属ピンが二本のものであった。

 

だが、この細い針金が二本飛び出しただけのスパイクは

一見全然すべりに対して効きそうにない。

けれども、3ミリくらいのステンレスの太い歯が一本の

最近のものでは、岩で先が丸められ、無いよりマシ・・・程度しか

磯では効き目が薄く、危険なのである。

 

現在、このダブルピンのスパイクシューズは売られていない。

使用しているシューズも10年選手である。

ほとんど秋のカンパチ釣りと冬のヒラスズキにしか使わないが

そろそろ限界である。

もう、ゴムの山はちぎれ、ダブルピンも根元が露出してきた。

う〜む、この釣り、いつまで続けられるのだろう・・・

 

磯に行きたいという釣友、HMSにも購入をすすめたが

メーカーに問い合わせたところ、売れないので作るのをやめたという。

磯で最も命のかかるスパイクシューズ、1万円強・・・

確かに高い、しかし、何が大切なのだろうか・・・釣り人らよ。

ライフジャケットもろくに着けず、スパイクブーツも安物・・・

怪我のひとつもしたら、いっきに吹き飛ぶ金額であろう。

釣り人が、磯を、自然をなめていたら、話にもならぬ。

 

悪いが、シケのさなかに磯でさらわれる人に

助けを求める資格は無いと思っている。

まして、死んでしまった人がいたとして、その人には

哀れむ心すらもたぬ。

それで良かったのだ、と思うだけだ。

道具立てもできず、海も読めず、まして気象も読めまい

そんなのが磯で遭難してしまった・・・・そうなんですね・・・

それで終わりで良い、十分である。

遺族には悪いが。

 

ちなみに長男は、死んでもともとのヒラスズキ釣りには

覚悟して挑んでいる。

これまで、走馬灯を見たことも何度かあった。

だから、死んでも分かるように、絶対切れない標識を首から下げ

首がサメにでも食いちぎられない限り、自分と分かるようにだけは

しておくようにしている。

 

人間の価値観も、ここまで来ると異常だ。

だが自分は、命の反発力を使って生きているのが現実である今

この釣りも、大東や八丈の荒磯での釣りも

そこから生きて戻り、大好きな海の表情や自然を呼吸した体で

人と語らい、食事をし、酒を酌み交わし、眠る時

それは生きていると実感できる、最高の生き方だと信じている。

 

だからこそ

まずは足元が基本。

このスパイクシューズがいつまで持ちこたえてくれるか分からぬが

不況だからと、職場と家の往復にかまけ

自然と離れて、働き詰めて暮らす・・・

それで幸せが得られるはずがないし、良い仕事ができるとも思えぬ。

 

生活の足元も、金銭以外を

もっとキッチリ考える必要がありそうに思える

このご時世である。

 

ああ、スパイクよ、頼むから、あと少し

次のスパイクがいつか世に出るまで、俺の足場を頼んだぞ・・・

修理に修理を重ねつつ、願いをこめる長男であった。


ではまた