木を植える男

 


そんな名の話を知っている。

スペインの荒れた土地に、どんぐりを植えていった男の話。

 

長男は、向かいの騒音近所迷惑家屋、吉川ハイツの

家の中の飼い殺しに等しい犬達の叫びに哀れみを感じつつ

犬の吠え声を少しでも小さくするため、木を植えることにした。

 

といっても、お向かいの家である。

植えても育つとは限らないし、切られないとも限らぬ。

しかし、当該ハイツの住人はめったに外に出られぬようだし

ましてや、家の裏になど気をまわしたりしない。

それが回るくらいなら、町内会で決まった吠えてうるさい犬を

飼わないように、というお達しを無視して、犬を飼いつづけたり

買ってきたときのケージを裏に放置したりしないだろう。

 

この殺伐とした関係に終止符を打つべく

長男は立ち上がらずに、それとなく種をまきつづけた。

桃栗三年、柿八年というが、3年になると思うが

ついに、ついに実った!

なぜ、吠え声に大自然の木の力を借りるかといえば

それは定在波を減らしたいのである。

定在波というのは、時々旅館や、引っ越してすぐの

がらんとした部屋で手をたたいたりするとビビン!と響くアレである。

向かい合った壁の間で犬の声がコダマしないように

木の葉の力を借り音を分散させようと思ったのである。

 

多分、実生の柿だから、渋柿である。ざまあみろ。

 

今年の夏もずいぶんやかましかった。

開いた窓から、ワンワン、オンオン、ぎゃんぎゃん、ミャーみゃーと

朝も早よから、夜も遅くまで無き散らしてくれたもんだ。

 

多分、家からも出られず、近くに友達もおらず

子供も遊びにこないような老夫婦が住んでいるのだと思うが

よくもまあ、10年以上も犬牧場をやりつづけられるものだ。

多分、犬と人間の主従関係は無茶苦茶だ。

 

哀れんでも哀れみきれぬが、うるさい物はうるさい。

 

そこで、大自然の木の力を使ってみたのだ。

他の木もズイブン伸びたので

こちらの大家さんから苦情でもあったか、ある日剪定されていた。

実は、その剪定された木の向こうに、たわわとまでは行かぬが

ウラナリとはいえ立派に実った柿ノ木を発見したのだ。

 

うれしい、いくつも、いくつもまいたが、まさか実ろうとは・・・

 

柿が実ったから、多分残されたに違いない。

人間、実る木が生えると、欲だから残したくなる習性が役立った。

今度は、刈られても刈られても実を落とし、茂りつづける広葉樹をと

どんぐりをまいてみることにした。

新治市民の森からいただいてきた、きれいなどんぐりである。

これが実れば、長男が引っ越した後も、きっと茂りつづけるだろう。

そして、吉川ハイツはいつしか、どんぐり館(やかた)と呼ばれ

クワガタやカブトムシがやってくる、日吉本庁3丁目のオアシスとして

愛されるようになると良いなあ・・・とぼんやり思う。

お、そうそう、それにはクヌギが要るなあ。

来週にでもクヌギの丸いどんぐりを拾ってこよう。

 

もっと早くに気づけばよかったなあ。

どんぐりを拾って、町内中にまいて歩いておけばよかった。

もうあまり長いこと今の家には住めないのが残念だ。

ムシキングの町として名をはせる町にしたかったなあ。

一家に一本クヌギの木が、なんだか自然に生えてくる町・・・

にしてみたかった。

 

ともあれ、もう少し柿もまいとくか。

そうそう、栗もまいとこかな、これなら誰も嫌うまい、どんどん茂るぞ。

日吉が雑木の町に変わる姿を夢見て、拾うぞまくぞ!

 

吉川ハイツも栗拾いやカブト虫取りのできる人気スポットになれば

犬なんぞ飼わずとも寂しくない家に変わるに違いない。

 

しかし、ちょっと作付面積が狭いのが気になるわい・・・


ではまた