島酒はなぜ

  合わないのか?

 


 

気まぐれな 人事

 

よりによって、連中が死刑になったのは、私の誕生日だった。

組織の構成や、化学兵器の開発力は、後のIS発生に影響大だったのだろう。

無差別テロの先進国は、我が国であることを、忘れてはならない。

かててくわえて、イスラミックナンチャラよろしく、見せしめに中継したというから

テロにはテロリスト同様の行為で報復した・・・のか?

 

大雨で、大被害となった。

常識的には、見舞うとか、悼む意志を示すのがタテマエであるが、そうもならぬ。

私たち先進国の繁栄と、科学崇拝による爆発的な人類の増殖がもたらした、

当然の報いであり、謂わば先達の意図せぬ仕業に被災した・・・までのこと。

気の毒であはるものの、まだ痛ましさが足りない気がしないでもない。

何しろ、サッパリ学ぶこともなく、だらだら悲しんだり、恐がったりするだけでは、

これからもっと苛烈な災害になってしまうだけで、失われた命に対して無責任だ。

ニンゲンが増えすぎなければ、CO2や危険な宅地が無駄に増えなくて済んだ。

ダムの放水にしても、放水すれば確実に水害になるのを承知で実行するなど、

死刑執行人まがいである。

 

知らぬうちに、世の中はずいぶん変わったなぁ。

 


 

ところで

夜明けまえ、ゴトゴト音をたて、ネズミがそこらで活動している。

また耳たぶでも甘噛みされてもかなわんから、仕方なく起きあがって、

粘着シートを仕掛け、カセットボンベで道を狭めておいてから、また床に就く。

じき、ガタガタうるさい・・・ たいがいネズ公のやりたいことはわかるようになった。

どうやら、寝室の南東の壁の中を巣にしていた、もっともウルサかった個体が、

家の中に進出してきたらしい。 すっかり静かになり、やや安眠が戻ってきた。

 

 

さて

 

黒糖焼酎は、とても不味く感じられる。

9年も飲んでいるが、泡盛のように、お気に入りにはなっていない。

できれば、地酒を好きになりたかったのだが・・・久米島の久米仙に戻りたい。

でも、町内には売っていないから、仕方なく黒糖焼酎を続けているのが、正直なところ。

 

辛うじて飲めるのが大島の銘柄だ。

低温蒸留で3年貯蔵という、優しすぎる甘い風味の黒糖焼酎で、名を「里の曙」という。

通称サトアケにも、貯蔵していないのもあり、そちらはやはり飲みづらい。

パックと瓶、どちらも左側が3年貯蔵。 やはり3年もののパックが売れている。

私が求めるのは、当然ながら一升パック。

真に香りを嗜むなら、確かに小パックの方がオシャレである。

香辛料や生しょうゆだと小出しが基本だが、酒については、それほどコダワリがない。

 

不味いと感じる原因は、米麹黒糖の風味が、ガツンとぶつかっているからだ。

もとからこの風味に馴染んでいれば、一本化された風味の酒は味気ないかもしれぬ。

 

私は、少なくとも一本化されたものを、美味い酒として認識してきた。

内地でも、フルーティと呼ばれている純米吟醸のうち、酒と酒粕の両方を感じる酒は

美味しいと感じない。 しかも、飲むとじきに頭痛がする。

 

町内で人気が出てきているという、地元の銘柄「奄美の匠」にチャレンジしてみた。

黒麹仕込みと白麹仕込みのを適度にブレンド・・・という、シマンチュなりのコダワリだ。

黒いのがそれ。

偶然、すぐ左にあるのは、忘れもしない・・・大阪にいたころ、驚異的に不味いと感じた銘柄。

右端にあるのが、さらに私史上もっとも不味かった、焼酎的な液体、マブラッティ。

勇気があるなら、青汁のつもりでイットケ・・・ なんの栄養も無いが。(笑)

 

問題の奄美の匠は、やはり質でなく量を好む民族を体現した酒のようだ。

 

ダブル麹のお陰か、生やロックで飲むと、フンワリと「ウィスキーっぽい」コクのある

甘い香りに仕上がっていて、豊かな風味に感じられる。

けれど 「っぽい」 だけなので、水割りにしてしまうと風味が割れてしまい、

いつもの島酒の雰囲気に戻ってしまうから、濃いめに割っとくしかない。

 

クサヤ、ブルーチーズ、トウフヨウも楽勝なのに、なぜ島酒がダメなんだろうか。

 

島酒は、水道水と化学反応して味が激変してしまうことが、がよくある。

サトアケでは出ない気がするが、特に地元の「煌きの島」では、飲めなくなることがある。

まったく、泣きっ面に蜂だ。

天城町の水道は、簡易水道。 消毒剤が問題なのだろうか。

でも、せっかく島酒を味わうのに、わざわざ他所の天然水を買うのもアンバランスだ。

 

さすがに

大阪の臭い水はめったに飲まんかったが、南大東のイオン交換の水も飲んだ。

旅をしたら、そこの水道の水を飲むのが私の流儀である。

 

横浜にいたころは、手取り30万円以上だったし、年間200日くらいコダワリの酒屋に

足を運んだから、そこそこ舌が肥えていると思うが、島で酒を美味いと感じるのは稀だ。

伊勢では美味いとかんじるポン酒、義座衛門ですら、島では不味い。

むしろいただきものの、ブランデーとかで感動する。

 

大気のニオイが強いことが原因の一つだと思う。

潮の、草木の、サトウキビの、家の腐れた畳の、猫のマーキングの、牛小屋の・・・とか。

鼻をつまんでカレーを食っても、ただピリ辛なネバネバご飯でしかないが、

その逆も真で、あまりにニオイあふれる場所では、繊細な香りはスポイルされる。

 

一方で

5年ほど放置した焼酎をもらって飲んだら、普通に美味しかった。

熟成すると、香りが一本化に向かうのだ。

 

個人的には、ゼンゼン好ましくない・・・

ガツンガツンな二つの香りのぶつかりは、製法が原因ではなかろうか。

 

ラム酒は麹を用いず、酵母で直接サトウキビのしぼり汁を醗酵させる。

 

そうなのだ

サトウキビはとっくに糖分だから、本来は米麹を用いる必要がなかった。

ちなみに黒糖焼酎で用いるのは、しぼり汁を炊いて、冷やし固めた黒糖を

さらに水に溶いたもの。 黒糖は保存が利くが、フルーティでない風味になる。

 

泡盛との縁が深いとされるが、江戸初期に芋焼酎の蔵人などに学んだなら筋が通る。

一次発酵で米麹を増殖させ、二次発行でアルコールの元となる素材を投入する手法。

サトウキビ(固形の黒糖)のみならず、シイノミ、ユリ根、ソテツも用いられたらしい。

(泡盛は米のみだから、二次醗酵はない。)

 

最初、米しかない環境にさらされ・・・ 麹菌はシッカリ米を分解して増殖する。

そこへさらに芋、そば、栗などを加えられると、さらに増殖しようと分解しはじめる。

もちろん、先に分解した米に含まれる糖分を利用して増殖しながら。

 

ただ

先にも述べたように、黒糖は糖質そのものである。

麹だって生物だから、繁殖/増殖のため、アタリマエに楽をしたい。

 

たぶん、麹菌たちは米には見向きもしなくなり、ひたすら黒糖の分解に専念し、

せっかく甘くなりかけた米麹は放置され、アルコール発酵が進んでしまう。

都合、米麹のサトウキビアルコール漬けになっていく。

 

今では

醗酵効率のためか、二次醗酵の際に黒糖の汁に酵母を混ぜたものを用いるようで、

醗酵は進むものの、なおさら米麹の一次発酵が無意味になってしまう。

実質的に、一次発酵と二次醗酵が別物だから、

むしろ純粋に、臭み付けのために米麹を黒糖アルコールの中に放置している状況だ。

 

とにかくコストを抑えたい。

一次醗酵はそこそに、二次発酵を早めるために、酵母を投入してチャチャッと醗酵させ

生産量を増やすために、早めにモロミからアルコールを蒸留する・・・

 

二次醗酵の酵母によって、余計に臭くなっているのが現代の黒糖焼酎かもしれない。

 

確かに、島々の地酒は、長期貯蔵したものでなく、すぐのむスタイルが常識だが、

ここまで妙な風味では、売れるのが不思議なほどである。

 

ここに至っては

ナマナマしすぎる米麹の臭みを好ましいどころか、耐えられるシマンチュも減っていて、

低温蒸留や、貯蔵されたものがジワジワと人気になっている。

低温蒸留は、風味が出にくい・・・とされるが、米麹臭さには丁度いい具合なのだ。

 

薩摩藩への隷従生活によって、歴史めいたものが窮めて少ない奄美においては、

黒糖焼酎は歴史の一つだ。 基本的な製法も、風味も変えてはならない。

酵母テンコ盛りの製法では、広く浅い醗酵が仇になるから、伝統を回顧してはどうか?

 

とはいえ

土佐の酒盗をアテに、ロックをチビチビやるのは、イケそうである。

コクのある甘さと香りには、カツオの臭みと塩からさが好く合うのではなかろうか。

黒潮つながりでもあるし。

 

健康には、まったく悪いが。(笑)

 

奄美の屈曲した歴史を、酒として味わう・・・ そういったシニカルな気分に浸りつつ、

敢えて、ブラックな味わいに親しむのも、オトナかもしれない。(笑)

 

つまるところ

苦渋のち短絡の歴史を味わうなら、ザックリ割れた米麹とサトウキビの風味・・・・・・・

料理に合わせ、スッキリした風味を求めるなら、優しい3年以上の熟成・・・・・・・

を分別をもって愉しむのが、黒糖焼酎好きらしい嗜みといったところか。

 

少なくとも薩摩藩士の末裔には、飲んでもらいたい味である。

 

しかし一方で

黒糖焼酎の、昔ながらの味をどういったものかを、再現してほしいものだ。

無論、現状が酒蔵にとって最高の美味しいと認めるのならば、再現など必要なく、

より進化して、更なる黒糖焼酎らしい美味さを求めてほしいだけだ。

 

 

気になることがある。

島に残っている、あるいは島に出戻ったシマンチュは窮めて知識欲が薄い。

調べる・・・ということがとても苦手で、不確かだ。 すなわち、伝説に満ちている。(笑)

黒糖焼酎に甘みを感じるから、糖分が入っていると信じるシマンチュが大半だ。

危機感を覚えたメーカーが、表示をはじめた。 なんとも哀れな、島の風景。

 

ニンゲンが甘いと感じるのは、戦時中のサッカリンなど、糖質だけではないし・・・

ミラクルフルーツを知っているシマンチュは、片手で足りそうな気がする。

 

だた

コレはコレでキケンな気がする。

糖質はゼロは事実だし、アルコールのカロリーは脂肪化しないらしいのだが、

飲むと太るのは、生理的なワケがあった。

 

細胞にとって、アルコールは特別なエネルギーらしい。

 

アルコールを摂取したとき、細胞たちは全力でアルコール消費を始めてしまい、

糖質を消費しないようなのだ。 具体的には、体が温まる。

そして、飲みながら食べた脂質、炭水化物や糖質は細胞が消費することなく、蓄積へ。

食べるなら、タンパク質やそっけない味の野菜に限られる。

 

なんかこう、先の醗酵に似ているような・・・

 

残念ながら、シメではどうしても炭水化物や糖分が欲しくなる。

それは肝臓がアセトアルデヒドを分解するのに欲しがるから・・・である。

 

二日酔いの原因、アセトアルデヒドは猛毒だから、必ず分解し無毒化する必要があるが、

そうすると、大半の糖分は蓄積に回されてしまうことに、なりかねない。

 

酒好きがデブになりやすいのは、このためらしい。

かててくわえて、徳之島のシマンチュの食事は油っこいし、スンゴク甘いから、

ズングリ体形は民族性というか食生活がベースになっている体形の可能性がある。

 

それはそうと

細胞で脂肪を燃焼する・・・などと表現する、ヘンテコリンな脂肪消費至上主義者がいる。

だが、燃焼のイメージと違い、ゆるやかに消費するから、単なるイメージ戦略だ。

私たちのカラダは、ガソリンエンジンや、ジェットエンジンのような非効率ではない。

全力で走る時に、エネルギーを騒音に変換することもない。

 

 

ところで

ときどきやる、スナックの冒険。 ココ壱番屋監修という、チーズカレー風味を試す。

袋を開けた瞬間、ぷ〜ん・・・

これから食べるものなのか、排出したものか疑念がわくのだが、

鮮烈なチーズとカレー臭と色合いは、リアルに腹具合が「超悪い」ときのフン囲気のような。(笑)

 

 

いづれにしろ

幾多のニオイの経験値は、人生には、あんまりプラスにはならんかもしれんなぁ。

 


ではまた