知る必要のない事

 


 

世間の惑い

 

朝鮮学校の補助金が出なかったとして、訴えるらしい。

ただ、教育と洗脳は非常に近しいワケだから、北朝鮮の影響力がある団体には

教育のための補助金を支給することは、危険性を伴う。

つまり、懐に爆弾を養うことにもなりかねない、というか養成してしまう。

表向きばかりが、世の中ではないことくら、サルでも知っている。(笑)

民族の融和を唱えるのならば、少なくとも麻薬や核兵器をふりかざすのは無意味だ。

そもそもそんな連中を国家と認める事すら、危ういことだ。

それでなくても、国民の貧民率は絶賛増量中である。

無駄な金を使うことはない、ましてや国債を発行してまで。

 

東電、どうなるのだろう。

自慰眠党がメリケンの裏意向で推進してきた国家プロジェクトが原子力。

しかし、まさかの大事故でメルトスルーし、廃炉を先延ばししたい気マンマンだ。

確かに、記憶も恨みの気持ちも薄れ、さらに半減期でセシウムの放射能も薄れる。

東芝の事業売却問題も同様だが、裏事情がからむと、火消しが相当に困難だ。

 

そういう意味では、チャンが重んじる腕力による鎮圧=治安と考える安直さも有効だが、

問題は、裏が裏を呼ぶ腕力の社会だけあって、さらに解決不能な事態の連鎖を招く。

今や、長江のコエダメ=三峡ダムはいろんな意味で、赤い自転車像業における、

窮極の大問題のひとつである。 無論、もう一つは大気汚染だ。

腕力では、水も大気も浄化されないし、あまつさえ土壌汚染は深く濃く進む。

無駄に多い人口は、もっぱら減るべきだが、そのヒズミが隣国へ及ぶのは時間の問題だ。

 

そういった環境が推進されつづけるのだから、私たちはもっとシニカルに毒素を解析し、

解毒サプリ・ビジネスを展開してはどうだろうか。

どうせ効能なんて、漢方よろしく気持ちの在りよう次第だ。 病は、気で治る!(笑)

 


 

ところで

南国なのだから、暑いのは当然・・・なのだが、この夏はかなりの夏だ。

今のシーズンは、節約のためもあって水シャワーを使うのだが、一瞬熱くてのけ反る。

そのあと、わりとフツーにお湯が出てくる・・・

 

関東では、いよいよヒョウが降った。 わかりやすい気象激化のバロメーターがヒョウである。

暖流で温暖な日本だが、北に位置しているから寒気は避けられない。

猛烈な上昇気流と寒気があれば、当然大粒のヒョウが落ちてくる。

どこまで激化するのか、見当もつかない。

というか、人類が弱体化するまで劇化するのだろうが、考えてたところでせんないだけだ。

  

さて

先号で、ツバメコノシロをいただいたが、その前日のこと。

釣りを始めようとしたところ、アブのたぐいが竿にとまって、産卵まがいを演じた。

体長は、産卵管も含めると24ミリといったところか。

パッと見から、内地にもいるシオヤアブの近縁、ムシヒキアブの一種くらいまでは判る。

 

青の読者諸氏は都会派で、マメに図鑑を眺めるような、自然に熱心ではないと思う。(笑)

とはいえ、図鑑に載っていない、調べのつかない生物に出逢うのは、どう感ずるだろうか?

 

私たちは、日本は科学、学術、教育において他国に負けないと信じている。

でも、図鑑に載っていない場合がある。 それは人気と実害だ。

人気のない生物は、あんまり載らない。 例えばダニ図鑑なんてのは、無用の長物に思える。

だが、目の前に現れた、そこそこ大きな昆虫が、図鑑にもネットにもない・・・のだ。

その手の昆虫好きの掲示板で問い合わせたが、色よい返答はもらえなかった。

 

心あたりは三つある。

1)南国のデータは内地で有用でないから、好事家でも知らない種が多い

2)南国には、熱心という精神がないので、誰も調べたり図鑑にしたりしなかった

3)昆虫は多様で、調べようがないほど種が多い

 のだ。

 

昆虫では1センチあるかどうかの、ヒメバチという一群があるが、それはまだ新種の宝庫だ。

内地にも五万といる。  いや五万はオーバーだが、二千種くらいは野放しらしい。

ダニやヒメバチは小さいし、気にする向きも少ないだろうが、今回のアブは大きい。

目の前にいるアブが判らない社会・・・なんだなぁと、学術に大穴があいている気がした。

そもそも、生物の授業で、昆虫が多様過ぎて図鑑にできない・・・など説明がなかったと思う。

 

豊かでない社会には余裕がないから、虫などどうでもいい。

けれども、私たちは戦後の復興以来、世界トップクラスの豊かさを実現してきた。

ハズだったが、やはり豊かさとは経済原理であり、アブはカネにはならないから放置された。

自国の生物調査がスカスカというのが、豊かな先進国家なのだろうか?

図鑑の充実は、国力に等しいと思うのだが、違うだろうか?

 

というのは極端な思いだろうが・・・動物について子らの教壇に立つこともある私にとって、

生物の多様性を甘く診ていたことと、知った気になっていた自分が恥ずかしい。

 

鳥類や哺乳類は多様性に乏しいから大丈夫?だが、図鑑など追い付いていない生物は多い。

それに、南の島には学者があまり来られないので、日の当たらない生物がまだまだ多いのだろう。

 

たとえば

南国であたりまえのゴキブリがいる。 好事家が飼ったりもするが、存知だろうか?

前の家では、屋内にも現れたが、通常はそのようなことのない・・・ハズのサツマゴキブリ。

ゴキブリというだけで毛嫌いされるのが通例だが、その嫌悪にテカテカとソササササがあるが

サツマゴキブリは、ユルキャラでソササササと高速移動はできず、翅がないから飛べもしない。

実におとなしいから、人気がある?らしい。 甲羅をかぶったようなデザインは甲虫に近い。

 

極小のコブラ、ハイほどの愛らしさは感じないが、台所を荒らすゴキブリより、ずっと愛らしい。

この鈍足だから、おそらくジャコウネズミにバリバリ食われる立場なのだろう。

ジャコウネズミは、島の二大ネズミのひとつで、ドブネズミは外来種だが、在来のネズミだ。

ネズミと謂うより、モグラに近くて、雑食でなく昆虫食。

ドブネズミの粘着シートからも、自力で脱出できる地力の持ち主でもある。

 

おそらく、内地の常識では考えにくい日常が、南国にはある。

押し入れに入れるとカビやすいから、衣装ケースを出しておくと、衣服が部分的に色あせる。

久々に着ようと思ったら、あせていて、こっちが焦る・・・

実はたぶん、伝えていないビックリな日常があると思う。

だからといって、伝えてもどうなるものでもない・・・とも思う。

 

横浜にいるころ、幼少より大好きだった貝殻の図鑑を求めた。

世界でもっとも充実した比類なき図鑑は、東海大が編纂したものだ。

国内の海産貝類やイカ、タコを含めて4500種を収録しているが、下の貝はなかった。

磯に釣りに行ったときに、2匹ほど見かけた巻貝で、殻高は6センチくらいある。

これほど目立つ、大柄な貝が図鑑に載っていないのには、かなり違和感がある。

因みにその図鑑は4万ほどする分厚いものだ。

 

たぶん、新種とかそうういうものでなく、無視されている種・・・だろう。

食えもせず、刺しもせず、さして美しくもない、貝ということか。

最新版は5000種収録だそうだから、載っているのかもしれない。

 

南国のダイバーなら知っているが、ニセジャノメナマコというのが稀に見つかる。

知られてはいるが、学名もない、見放されたナマコである。

世の中には、知っていても仕方のない事柄というのはあるものだが、そのひとつ。

私にとっての、むせて飲めないタバコの味や、アイドル情報のようなものだ。

 

知っていることが悩ましい事柄・・・というのもある。

 

ハゼ・マニアやネイチャーガイドでもない限り、知らない魚類が島にいる。

過日、子らと実施した徳之島ダムの上流の水生生物調査の際の画であるが、

キバラヨシノボリ、いや、キバラヨシノボリ種群という。

学術における、種の在り方が問われている、なんとも厄介な?ハゼなのである。

 

種群という言い回しの説明はイチイチ面倒なので、顛末から記す。

 

このハゼは、クロヨシノボリから進化しているのは判っている。

正直なところ、見分けはつかない。

そして、南西諸島の島々のそれぞれの河川で、滝などで降海できなくなったのが、

めいめい勝手に進化したのが、キバラヨシノボリと呼ばれるハゼなのだ。

内地で謂うところの、琵琶湖の湖産アユのようなものだろうか。

湖産アユは降海しないで、琵琶湖を海と思って生活し、また川を遡上する小型のアユ。

でも、湖産アユは全国の河川に放たれて人気の釣魚だが、普通の河川に放つと

普通のアユ生活に戻って降海し大きくなるが、本種では試されていない。

 

ともあれ、キバラヨシノボリと呼ばれているハゼは、川どころか滝ごとに違う進化をし、

ズレが生じているのである。 クロヨシノボリの陸封型が、雑多に増えているのだ。

クロヨシノボリとの差は、滝の高さに比例するという論文もある。

 

解かっていただけたろうか? 種群の意味が。

クロヨシノボリから分化して、降海しなくなったハゼたちを、十把一絡げにしたのが、

キバラヨシノボリという仮の種の集まりである。

島で自然を相手にするのなら、知っておくべきハゼには違いないが、

突飛な繁殖をするクラゲ類とならび、説明に窮する生物である。

 

つまるところ、これらは全て異なる進化をしているから、全部違う名が必要だろうし、

超希少種ということになる。 しかも、続々と分化が進むかもしれないし、

滝が崩れて交雑し、種の判別が困難になるかもしれない。

生物の多様化に、学術のスピードが追い付かない。

 

あるいは、種を判別するDNA解析技術が向上し、それに学術が追い付いていない。

これまで同一種や亜種とされていたのが、別種になることが増えている。

先日、実は日本産のサザエが新種だった・・・なんてニュースもあった。

学術なんて、そんなもんだ。

センセーが、教壇で知ったかぶりするための商売道具だ。(笑)

 

社会的に、知っていて値打ちがあると認められている情報のみ、知る価値がある。

という傾向が、まだまだ強い。

 

南米のカエルの産卵数を知っていても、たぶん一生役には立たない。 

あまつさえ、モテもしない。

今、利用している電力が、ソーラーなのか火力なのか、原子力なのか・・・を知っても、

どうなるものでもなかろう。

 

ただまぁ

一見くだらないと思われていた情報も、集まれば役立つ、ということも無くはない。

その代表が、たぶんビッグデータ。 ひとつひとつの意味は薄い。

統計的な結論は出るが、新たな展開が読めるわけではないのだが。

 

ともあれ

知っていても無意味な生物が闊歩する社会・・・ やはり、納得しづらいし

大人として子らから尋ねられたとき、あれは無意味だ、と答えるのは間違いだろう。

 


ではまた