進むべき IOT IPv6

 


 

世間の風音

 

流行語に軽々しい神の単語が登場するとは、信仰の薄さを象徴する出来事だ。

大げさなコトバが軽率に用いられ、含蓄のある話し方ができない大人が増えたどころか、

地位のある人物が暴言を吐く時代。 流行語はヒドイもんだなぁ。

私にとっては「痴呆老人暴走殺人」かな。

もはや役に立たぬ老体が、未来ある成体や幼体を殺す醜悪な社会。

 

はたまた

まわりやテレビとかで、「チョット」を繰り返すのが耳障りで、イラッとする。

ちょっとだったらイチイチ気にすんなよ・・・と、くれぐれもツッコミたくなる。(笑)

自信がないニンゲンは、チョットを連発するクセがあり、はは〜んとわかりやすい。

ダメニンゲンではないが、コイツいいかげんなコト謂っとるな・・・とすぐ判る。

NHKでも、ちょっとスゴイ・・・とか謂っていて、イラララっとさせられた。

実質的な流行語は、チョットではなかろうか???

 

それにしても、わが家のADSLは、途絶が激しくなった。

しょっちゅう接続が途切れ、ネットラジオや動画がエラーを起こす。

NTTも知れたものだな。 他の業者より高い料金なのに、低い信頼性とは情けない。

聞くと町内では頻繁に起こっているらしく、v6以前の問題だな。

 

IQ246がGYAOで配信停止になってしまった。

なにより主人公の俳優が、私よりアクがなくツマラナイし、顔が日焼けしている。

容疑者の職が偏ってい、凡人には非日常ばかりでつまらない背景で、

事件性に味わいが浅すぎた・・・そんな単純な理由なら、貧民が増えすぎたか???

 


 

IOT = インターネット オヴ テゥイングス 面倒くさい発音だし曖昧な用語だ。

スマホ全盛になってインターネットすら曖昧なのに、そのモノってなんだ???

 

一方で、それを見据えたころに策定されたのが アイピー ヴァージョン シックス。

v4の43億の不足を補って、なお余りに余るIPアドレスをv6で産みだしたハズだった。

v6のアドレス数は、340澗(かん)であり、桁が違い過ぎてイメージできないくらい多い。

まん、おく、ちょう、けい、がい、じょ、じょう、こう、かん、せい、さい、ごく、こうがしゃ・・・

 

昔、仕事の依頼で対比しようとしたら不可能だった。

v4を等身大だとすると、v6は現世の宇宙よりデカくなり、例えようがなかった。

 

そんななか、もっとも解かりやすいIOTが登場した。

ぽちっとな・・・を端末化したモノである。 バカバカしいくらい明解。

スーパーが遠い向きにはいいかもしれないが、国内では馴染みにくかろう。 でも興味深い。

 

ついつい、ソニーのMESHのような凝ったことでないとダメかも・・・とか

無駄にアイデアをヒネりたくなるが、さ〜すがシンプル大国らしい、ストレートさだ。(笑)

 

とはいえ

これはもっとも解かりやすい物理化であり、正直ヤラレタと思った。

おそらく、ポン人ならばすぐにピンと来るだろう。

そう、ガシャポン・フィギュア?のように、ミニチュアのボタンをこさえるチャンス!!!

フィギュアの海洋堂でなくても、今や3Dプリンターであれこれ量産できるし、

金型を起こす必要もないから、逆に少量生産で勝負することも可能だ。

 

ミニチュア + インターネット + リアルサービスこそ、ポン人好みの箱庭観にベストマッチだ。

手のひらから世界を眺める感じ・・・それこそがポン人独特の感覚である。

 

スイッチを多量に持っていると整理が付けられないのだが、箱庭があれば片付くし

最初は箱庭が寂しいから・・・ついついスイッチも欲しくなる。

そして、ジャンルが違う箱庭が、どんどん増えていく。

ゲーム世界の箱庭なんかがあれば、どこまでオモシロイかわからない。(笑)

いつがファイナルか知れないファイナルファンタジーも、ぽちっとな・・・で変わるだろう。

 

仮想の世界と、現実世界を合一させるのがIOTであり、時間の概念が薄い仮想世界と

時間がかかるリアルが絡み合うことで、より深い4D、5Dなど、多次元な世界観が産まれる。

プチトマト育成ゲームなども可能となる。 高成長スピード、省肥料、なのに高糖度とか。

実のないゲーム世界が、いきなり社会人生活に直結できたりするわけだ。

リアルで停滞していた業種へ、想定外の革新をもたらすプラットフォームに化けるかもしれぬ。

 

ハッキングや、データ操作など・・・どうしても悪の道を想定してしまうが、

それは未来永劫、多重の防止策でイタチごっこで先んじるしかない。

だったら、それはそれとして、純粋に眼前の問題、転職や技術習得のハードルを下げるなど、

社会の自由度につなげることが、高齢化社会の目指す方角だ。

 

一方

これまで通りのIOTはどうなったのだろう。

出先から家電をスマホでコントロールできるような仕組みは、ズイブンできてきたようだ。

相変わらずハッキングやテロは怖いとは思うが、ニーズが都市部に偏ってしまう嫌いがある。

例えば島の生活では、出先から・・・などといわなくても近所の親兄弟で済んでしまう。

すなわち、ニンゲン的には冷たくて寂しい仕組みなのが発展の妨げか???

 

私も横浜時代は、まったく地域とのつながりがなかったし、会社以外の友人知人も乏しかった。

そういう寂しさを紛らわすために、今やソーシャルゲームが全盛。

都会は、人付き合いのストレスと、寂しさとの板挟み社会。

 

そもそも発展を妨げているのは、IOTを単なるリモコンやラジコンと考えてしまうところだろう。 

加えて、ポン国内は通信費が高いことも、妨げになっている。

常時接続して状況を知ることが、家庭内ニュース?の有効性だが、そうもならない。

 

今や、機器は自律的だから、コントロールは必要なく、モニターすればいい。

だからといって、キーをなくしてドアロック・・・というのも、信頼性において疑問がありすぎるし、

IOTの如き共通性から離れた、単なる無線キーであべきだ。 

 

おそらくソコが問題の核心であろう。

 

共通プラットフォームが必要なのかどうか・・・IPでなければネットを経由できないが、

機器が自律的になってしまうと、接続する必要性が薄れてしまう。 

ラジコンよりも、言いつけを実行するロボットやアンドロイドが便利に決まっている。

 

ではv6は不要なのか???

いやいやv6はそもそもv4アドレスの枯渇回避が主目的で、IOTに先走る必要はない。

 

IOTは趣味や食事では、あまり好まれないかもしれない。

例えば、船釣りでは電化が進み、電動リールや、カウンター付きリールがある。

もし、カジキ釣りやマグロ釣りで、リアルタイムに引き強さや、魚との距離が知れても、

興ざめなだけだし、料理の糖分や塩分がわかったとしても、体のコンディションでも

味の感じ方が違ってしまう。

 

掃除機の吸い込み残量を知ったり、洗濯機の仕上がり時間も別に知りたいとは思わない。

 

そこで、冒頭のぽちっとな・・・が面白いのだ。 ○○スイッチ。

サッパリ人気が出なかったライダー、フォーゼのベルトについている、あんな感じ。(笑)

いや、自爆ボタンとか、タカラトミーのスイッチスイッチのようなイメージが相応しい。

 

世の中には、本体など不要・・・という物体があふれている。 だから操作部だけでいい。

たとえば、ハードディスクレコーダーなどテレビと操作部だけあれば、箱はむしろ邪魔者。

パソコンにしても、キーとモニターさえあれば・・・エアコンも照明器具も、存在自体不要。

でも、それらはどちらかというと、リモコンだったり、音声入力で事足りていたり。

 

ではいったい、何のスイッチが必要か?

おそらく、統合的な事柄をひとつのぽちっとな・・・で実現する、マクロスイッチや、

行くのが面倒だからぽちっとな・・・のシンプルリモートスイッチなどだろう。

 

わが家では、ADSLの不通がしばしば起こるが、その際にルーターとモデムの再接続のため

電源を抜いて差し替えたい。 その間30秒は電源断にしたいが、待たねばならぬ。

ぽちっとな・・・で電源断と待ち時間を経て再接続するコンセントがあればいい。

 

そんなとき、わざわざやりたくなるようなスイッチが欲しくなる。(笑)

 

キーを回すとか、カパッと蓋を開けて押すとか、あるいはバリン!とカバーを叩き割るとか、

そういう大げさなアクションが欲しくなることがある。

 

全ての事柄がソフト化するなかにあって、実感が必要である。

メールが届いたら、音やアイコンがチカチカするだけとか・・・便利だが貧相になった。

人らの生活がどんどん無表情になっていくのと同期している気がする。

 

どんなにシンプルが好きなデザイナーであっても、自慢話をシンプルにするヤツはいない。

人生には、大げさな方が楽しいことはたくさんある。

釣り船で、客が大物を釣り上げたら、LEDの流れる文字と共に、花火くらい上がってもいい。

 

公衆電話はなくなっているが、110番や119番ボタンつきの非常電話があってもいい。

海岸などには118番だ。 意外に118は知らない人が多い。 防災拠点には171。

ハンドセットを上げるだけでつながってもいいが、そんなに便利である必要もなかろう。

片手が不自由だったらどうするのか? そりゃ〜あ〜た、ハンドセットで押せばいい。(笑)

 

デジカメとスマホのW-Fi接続なども、片方ずつやらなきゃならないのは煩わしすぎる。

でも、電力の問題から、双方スイッチする必要があるのが現状だ。

 

そういえば

スマホはさておき、パソコンの画面の明るさや、音声のボリュームは、

ソフトウェアのスライドは不便極まりないし、大雑把すぎるので、回すボリュームが欲しくなる。

突然、庭に野鳥が飛来したときなど、ネットラジオを停止するまでの時間は、とてもかかるし。

過去にはこ〜ゆ〜のがあったくらいだ。 音量など、パソコンの操作をツマミでやるグッズ。

IOTドアノブから、物理ノブが無くならないのは、似たような理由だろう。

ボリュームはさほど切実でないかもしれないが、ドアノブはかなり切実ということだ。

でも実際は、ドアノブがなければセキュリティは飛躍的に向上する・・・はずだが、

ニンゲンにとって非常の不安より普段の不安の方が勝っている現代。 まだまだ昭和よ。(笑)

 

非常時はさておき、日常的にドアが開かないと困るから、ドアノブがないと不安なのだ。

そうした実感大切世代においては、ソフト化、簡易スイッチ化はツマラヌ世相。

 

IOTに乏しいのが、実感的なリアリティということは、そもそも解かり切ったことだ。

だからこそ、悩ましい・・・

 

そこへ現れたのが、注文スイッチという現実的かつ、なんのドリームもないアマゾンである。

売りたいから、スイッチにした・・・サルかよ。(笑) でも、ヒシヒシと解かりやすい。

 

とはいえ

事柄スイッチという概念は、痛快に解かりやすいし、発展性も無限にある。

つまり、物理的スイッチが存在することで、事柄が現実味を帯び、劇化するのである。

これまで、時限式だったライフステージの誕生日、進学、結婚、あるいは死まで劇的になる。

成り行きだったと思っていたことが、スイッチを得たことで、実行可能な気分に浸られるのだ。

花金飲み会スイッチを押すと、行きつけの店に同僚が集まる・・・も可だ。

無論、これからカエル・・・なんてのは、カエル型スイッチと相場が決まっている。

ヤドクガエルなんて、毒々しいけど目立ってオシャレじゃね?(笑)

  

当面、IOTはショートカットボタンがお手頃なんだろうと想像している、このごろ。

 

そうだなぁ

私にとっては、きょうは役場へ出勤しないで仕事しますボタン・・・が最も便利そうだ。

もちろん、カモフラージュのために、ツバメコノシロの形ををしたボタンだ。(笑)


ではまた