地図もデザインする

 


 

巷の面倒

 

消費税が10%になると、最低賃金もそのぶんアップするのだろうか?

そうでもなければ、ただ貧乏になるだけである。

国のため・・・というのはわかるが、貧乏人にはしんどくなるばかりだ。

 

Aコープの特売で見かけたが、国産牛のバラ肉の切り落としがグラム600円オーバー、

勢い私が精進料理に走る気持ちをわかっていただけるだろうか。

 

世の中が狂い始めると、あまり時間がたたぬうちに崩れていく。 温暖化と同様だ。

ここでメリケンの大統領がヘンナノに変わるのであれば、すぐに崩れるに違いない。

世の中に平和とか常識とか謂われる筋のものは、ほとんど元は無意味だった。

それを掟やら仮想価値を信じることで、意味のある事柄として認知しているだけだ。

人類の通念として、根本的に動物の世界に通用するのは、繁殖と狩猟採集と

略奪、縄張り争いである。

 

マスゾエさん・・・そもそも研究畑ばかりで、まともに働いたことが無い人である。

経済観念が無いのもせんないが・・・都知事が東京都の外を好むというのは、

あまり自慢できる話ではなかろう。

 


 

おそらく

故郷から出たことがなければ、地図が読めない人物になりやすいのかもしれない。

女子が地図を読めないのは、そういう意味も含んでいるのではなかろうか。

 

過日、とある先輩に島の地図を見せたら、なぜ北が上なのだ?という。

先輩は男子で・・・かなり驚いたので、表情を隠すのに苦労した。(笑)

シマンチュの中高年世代は大学出が少なく、島から出ていないようだ。

どうやら彼の中の土地勘と違っているらしかった。

 

幼少のころ、山口から徳島の本家へ帰省したとき、東西南北が狂って往生した。

今もたまに東西南北感が、ひっくり返ることがある。

生まれ育った土地の感覚が、どうしても脳内に根深いのだろうし、

似通った風景だと、そもそも方向を思い込んでしまうようだ。

私にとって、海は南にあるらしく、島でも混乱することがある。

先の先輩にとっては、どうやら西が上という意識が強いらしい。

 

防災マップで、海(西)を下に、山(東)を上にした地図を作成中だが、

おおむね海側に住んでいる人は判りやすいようだ。

海岸の町民が対象なので、これはこれで正解かもしれない。

どうやら、基準点が県道にあるような気がしている。

幹線道の県道が表通りだから、そちらを前=上に感じて生活しているのだろう。

 

ちなみに

シマンチュが完璧にそうした傾向かといえば、そうでもなさそう。

昔の川の呼び名は、集落の北にあればメェ、南がシリという地域もある。

 

視力の弱い方は、マインドマップというのを脳内に構成するらしいが、

たとえば、最初に覚えた駅の位置などが、後々の脳内地図のイメージに影響する・・・

ということはアリなのかもしれない。

類似の現象をベースに、記憶を構築する・・・というのは、たとえばMSオフィスで、

あんまり変わりすぎた操作性に四苦八苦しながら、前の機能とそのあり場所を、

脳内に再構築しようとしたのでは???

携帯電話や電子レンジの買い替えなどでも、同様のことが起こると思う。

 

紙面の都合から、ノースアップにできないこともある。

工業デザインの基本では、前は上、もしくは左、である。 右利きの通念だと思うが。

幸いにして、天城町は海が西にあるから、マップは海を下に、北を左にすることが可能。

反対側の徳之島町は、そうもならない・・・

どうしても山は高いから、地図上でも上にもっていきたいし、

海は低いから、下へもっていきたいのが人情である。

 

おおむねパンフレットや看板などは横長だから、南北に長い町はレイアウトに往生する。

天城町もそのクチである。

 

このところ

ずっと地図をデザインに組み込む仕事が続いていて、

頭の中にの地図の回転には慣れてきた。

ただ、自分がさくっと回転できるからこそ、できない人に配慮する必要がある。

どうも、文字や言葉にのみ頼って生活している人ほど、地図の回転が難しいらしく、

問題は右脳の利用頻度にあるのではなかろうか?

 

今回は

カラーユニバーサルデザインの推奨配色に則りつつ、派手なデザインにチャレンジした。

見え方の違う人にも、派手に見えて欲しいという願いからだ。

南国は本当に派手好きというか、風景が派手なので、派手でないと普通でない。

パチンコ屋のデザインは、昔はド派手で気色悪いなぁ・・・と幹事いていたが、

今では、少し派手なだけで、さほど気にならなくなった。(笑)

 

ちまちまと工夫も盛ってみた。

これまで調べた島口のコー(川)、イジュン(泉)、水域、海の名なども入れてある。

おそらく私は、町民でもっとも多くのイジュンを見知っているうちの一人だ。

戦後まで、○のイジュンは井戸の存在せぬ島において、命の源となる湧き水で、大切な場所。

内地では、もはや井戸は滅失していることが多いが、島での泉は相当数が現存している。

それらの文字は、子供たち専用?に小さめにしてある。

子供たちが目ざとく見つけて喜んで欲しいのとともに、

小さな集落のなかに水脈が集中することがあり、大きな文字では入りきらないのもある。

少なくとも新聞の文字より、ふたまわりは大きいから、子供たちには大丈夫のハズ。

私は小学のころ、椅子に座って新聞を床に置いて見ていたし。(笑)

 

観光地番号は、デザイン的には円がポピュラーだと考えていたものの・・・

横書きの観光地名の間で、数字の周りの彩色された面積を増やすため、楕円にした。

この地域は過疎化が最も進む地域だが、史跡や名所が多い。

いろんな意味で、観光地を省くことは許されない。

 

英語も入れてみた。

以前こさえた天城町おもてなしガイドマップとは表現を変えている。

ムシロ瀬という花崗岩むきだしの海岸があるのだが・・・ムシロというのは本当で、

すごく狭い面積だけムシロっぽいフラットさがある。

スゴイというより・・・むしろ貧乏すぎる名づけである。(笑)

今どき、ムシロってなに?と問われて、正確に答えられる親がどれほどいるやら。

時代劇で、縛られた下手人の下に敷いてあるアレ・・・である。

もちろん風景は、南紀白浜の千畳敷などとは比べられぬが・・・シマンチュはススメたがる。

南国はサンゴの石灰岩からできた海岸と、それが砕けた黄色っぽい浜が一般的だから、

花崗岩の海岸は珍しい。 だがそれ自体は国内では特段珍しい存在ではない。

ただ大きな岩があるだけの海岸で、しかもストローマットという表現も貧相な気がして、

単純にグラニット=花崗岩のビーチと表現してみたり・・・

ただ、英語圏でグラニットの単語を知っているのは、2割いるのか???の疑問は残る。

ポン人でも、何割が花崗岩と書けるだろうか?

だだっ広い岩場に見えるのは、ウルトラワイドレンズで演出したから。(笑)

 

シマンチュが好む、犬の門蓋(インノジョウフタ)という眼鏡橋状の海食奇岩があるのだが、

そこもスケールが今ひとつなので、写真には奇岩を載せつつも、シーサイドパークとした。

これなら、ちょいと歩ける場所・・・くらいの認識で、過度に期待をさせないで済むからだ。

シマンチュの小さな世界観と、台風もない広い平原からやってきた欧州人種などとの

スケール感のバランスをとる必要がある。

 

陸軍特攻機が経由した飛行場は本来ならトッコー・エアフィールドだろうが、

トッコーも英語で通じるらしいものの、メジャーじゃなさそうだからカミカゼにしてみた。

同様に英語でハブは、オキナワハブとかハブらしいが念のためハブ・バイパーに。

完成してから知ったが、クサリヘビ系はバイパー、コブラ系は違う英名で助かった。

 

近所の海底洞窟、ウンブキ。

これは英語としては正しくないと思うが、イメージで用いてみた。

海を通ってきた洞窟、ウンブキ?(笑) このくらい書いとけば通じそうだと考えた。

海とつながっている・・・と正確に記載するより、ずっと面白そうだったから。

ウンブキアナゴは、私が名付け親のひとりの超絶珍魚。

 

やっぱりいまだに

ウンブキにいるからウンブキアナゴなんて・・・まるでウソみたいだ。(笑)

このイワアナゴ科の一種は、ウンブキアナゴ属となり、島口が標準和名に加わった。

つまり、つぎに近縁種が見つかったときは、○○ウンブキアナゴとなるかもしれない。

 

メリケンにあまり配慮したくはないものの・・・やはり戦勝国には気をつかっている。

キロメートルと、陸マイルの双方を記載した。 これはおもてなしマップも同様だ。

レンタカーがキロ表示だから無駄・・・ということはなく、やはりスケール感は大切である。

 

マップづくりは、さまざまに勉強になるから、好きな仕事である。

 

もちろん

私が制作するからには、無駄に凝っている。

ビーチを海側から、水中のサンゴごと掲載してみた。

たぶん秋になって泳いだから、水が冷やくて足がつって、リーフで休んだときの画像。(笑)

熱帯魚も、シュノーケリングで撮影しておいたもの。

 

問題は、懲りすぎにあった。

看板屋さんに渡したところ、データがプリントアウトできない。

おそらく、アドビ・イラストレータの限界地を越えたオブジェクト数になっている。

ならば、画像データにしてしまえばイイジャン・・・と思ったら、プリントアウト用のEPS形式は

ドット数の制限があり、2mX1mでは300dpiを実現できないときた。(涙)

 

ワークライフバランスを無視し、休日にも出勤して試した挙句、地図データを間引く以外ない。

山地の混んだ等高線は、過度にデータが複雑である。

なので、天城町以外の徳之島町、伊仙町の等高線は、ていねいに除去してクリアした。

当初のEPSデータは4.6ギガバイト! もはや2ギガを超えていてUSBメモリにも入らない。

こうして加工したデータは1.2ギガバイト!! 劇的ビフォーアフター!!!

しかも、デザイン的にはスッキリし、好印象になった。

 

もともと、地図データに、あれやこれや半透明なフィルターをかけていたのだが、

フィルターがデータ増になるので、アナログで、透明っぽい効果を再現することにした。

地図データにも事情があって、町外のデータは地理院のGMLからDXFへ変換するのに、

マイPCの16GBメモリの限界を超えていて取り込むことができなかった。

ぷっつり切れていることを意識させるのもシャクだし、狭い島で、他町なんて知るか!?

のような狭い了見の寂しい雰囲気を醸すのもシャクだった。 島は人情が篤いことだし。

等高線は消したが、道路の線はその土地柄を表す色彩へ変更し、

濃い部分に溶け込むようにして、透明感をアナログ的に再現しておいた。

これがま゛〜以外に繊細で、いろいろ技術的な勉強になった。

 

障害は、技術向上になってくれるので、イヤヨイヤヨもイイ感じである。(笑)

無駄に凝り性だったことを反省したかったが、んま゛〜結果オーライ。

 

凝り性の度合いが、おそらく内地のデザイナーを越えたところにあることだ。

素材そのものから取り組むのが、料理人のコダワリだ。(笑)

地図そのものを変更して、新たな道や、建設中の施設を記載しておいた。

☆の真上の太い道路は最新だし、☆の左下にあるのト型の防災センターは建設中。

地理院に先んじてみた。 おそらく地図になるのは、早くても2年先のこと。

無論、凝り性なので雰囲気では気が済まず、建設課からJW-CADのデータをもらい、

DXFに変換してイラストレータ上に配置し、正確に再現している。

「凝り」は、自己顕示欲も多々あるが、やはり私が死んだあとも役に立つことを主眼とする。

私はもう、そういうお歳頃になった・・・と、このごろシミジミ感じている。

もうじき50歳、四捨五入したら100歳だし。

 

☆や○など中抜きのマークを使うのは、地図自体を見えなくしない配慮だ。

 

よくよくドラマやアニメでは、チームワークを重んじる姿が描かれるが、反対もある。

チームワークは大切だが、一人だからこそまとまる事柄もある。

ただし、それもチームワークがあってこそ。

今回は、デザイナーで自然写真家で、エセ郷土研究マニヤだったから実現した事案。

これまで委託された、郷土ネタの集大成、私の仕事および趣味的な画像のアレコレ、

デザイナーのスキルと、無駄な凝り性によって短期間に実現したマップ。

だからこそ、チェックは町内の有識者にゆだねておいたし、ぬかりは無い。

あらゆる事をできる人物は少ないが、偏って分担することは可能である。

得意は人それぞれであり平等でも公平でもない、だからこそ得意を活かす意味がある。

こうした仕事の在り方は、都会の企業よりも中小企業的で、ガス屋の経験が活きている。

みんなの浅薄な知恵や工夫を広く集めるのではない、仲間の持てる濃い技術を集約する。

 

こうした無駄なコダワリは、そもそも

やたら私を信じてくれた友やら、飛びぬけた個性の先輩やらが構築したのであって、

私だけのせいではない。(笑)

 

この看板計画は、最初から無理難題に満ちていた。

年度末、いきなり看板を4枚もこさえることになり、寸法決めが最初だった。

内容が未検討なのに、看板制作の見積もりのために、サイズを決めねばならないのだ。

どんだけ理不尽だよ・・・とゆ〜にもホドがあるが、もう慣れっこである。(笑)

なんとなく、イメージしている作例をあてはめて寸法にした。

 

子供たちにも全体を見易く、かつ広い地図の限界寸法は、1mX2mくらいだろうな・・・と。

図にあたったと感じたのは、チョッキリ1/10000の地図がスポっと収まったときだった。

看板屋さん都合の大判プリンターや、アルミ板の都合もいい寸法なのである。

4枚分の看板の寸法や設置位置などを図面にして、関係者に配布することも忘れていない。

とかく、謂った謂わぬや勘違いでイキチガイが起きやすい高齢社会だけにぬかりは禁物だ。

 

私は右脳ニンゲンであることを忘れたことは無いが、右脳の勘は確かに機能するらしい。

らしい・・・というのは私の甘さであって、確かな感覚が私を支えているのを知らなかった。

妙な言い回しだが、私自身は私なりに積み重ねた感覚に助けられることが、よくある。

とはいえ、ピッタシ1/10000はマグレでしかないのだが。(笑)

 

ただ・・・いささか設置位置が高い。

子供たちを無視した視点で設置されてしまった。

こういうことが起きないように、看板屋さんとは上端が2mくらいで抑えないとダメだよね、と

打ち合わせておいたのだが・・・どこかの自己中心的なオトナが変更したのかもしれぬ。

相変わらず、思いやりとか、将来を見据える・・・というのが苦手な民族だなぁ。

 

四角四面に理詰めばかりっぽいけれど・・・素朴に心地よいから変更したところもある。

三京のミンジルガナシさまは、以前より愛らしい姿が萌え萌えであった。(笑)

前はコケがなくて、のっぺりしていたのだけれど、コチラの方ががイイから写真を変えた。

ポケットカメラで撮影したものでも、画像処理を前提にキチンと撮影しておくと、結構使える。

これは確か、HDR撮影しておいたような。

 

島は家畜の疫病が流行ると、こうした神様を祭り、祈ってきた。

起源はおそらく男根崇拝系だろう。

ミンジル、ビンジル、ミンジュルなどビミョに違うバージョンが存在する。

こうした拝み場をティラということから、おそらく仏教系の名を連想するに、

内地では「おびんずるさん」と呼ばれている、ビンズル尊者に由来していると思われる。

ガナシは尊い存在の接尾語。 琉球系の豪族の按司(あじ)は、アジンガナシ。

島口は、文法こそ標準語と互換性があるものの・・・かなり難しい。 島内でも結構違うし。

ありがとうが「おぼらだれん」と「おぼらだーに」だったり。

思いもよらなかったという意味かな?

ちなみに他町は知らぬが、こちらの「こんにちは」は「きゅぅうがめーら」である。

直訳すると、今日も拝めますね、だと思う。

 

トリトリデッキもぬかりない。

残念ながらクロツラヘラサギは過去のものだが、ソリハシセイタカシギは最新版。

先月飛来した写真である。

 

気づいたかもしれないが、私のこさえるマップに入る写真は、快晴率が高い。

なるべく、条件が揃った際に撮影しておき、素材に利用できるよう備えている。

防災マップの避難所すら、晴天ぞろいだったりする。(笑)

 

今回はプリントアウトの限界も知ることができたし、凝り症にもひとつの節目となった。

楽でない仕事は、し終えたときの心地よさがたまらない。

とはいえ、やはり?ミスが既に2ヵ所も見つかった。 誤記ではないが食い違い。

あれだけチェックしたはずなのだが・・・

 

島民であっても、素直に行く道がわからない集落がある。

そのため、グーグルマップへリンクしてナビゲーションできるコンテンツを作成中。

ゼンリンマップに道がないところも多々ある・・・んが・・・ま゛〜 現場の座標はわかる。

職員が更新できるように、MSワードへ入力しているものの、

ハイパーリンクがPDF化すると消失してしまう減少を確認した。

以前、消火栓の位置情報へリンクを張ったときは、エクセルからPDFへ引き継がれたが、

ワードがイケズなだけか???

となると・・・PDFエクスチェンジでリンクを張りなおす必要があって、

職員が更新できるかビミョ〜になってくる。 オフィスの改善を願って作業は継続中だ。

 

マップの右下のスケール上部に空きがあるのは、QRコードを貼るためだ。

日本語、英語、キムチとチャンにも対応するように・・・というが、全く無理そう。(笑)

 

こればかりに取り組んでもいられず、データベースも更新中。

昨年度は鳥類だったが、今年度はいろいろ。 現在は分類自体を検討中である。

とりあえず、魚類と哺乳類を更新した。 もちろん、最初の魚類はウンブキアナゴだ。

 

ウンブキアナゴの生態について、私よりも濃く語れる人物は、少なくとも国内にいない。

といっても、不明点ばかりなのだが・・・(笑)

 

内地にいるころのように、ガムシャラに仕事をすることはなくなったものの、

趣味的な仕事の仕方は加速しつつあるような。

そのように凝りたおすのは、むしろストレス解消でもある。(笑)

島での仕事は、厄介というか・・・オマカセが多く、完成に至る道筋から考える必要がある。

しかも、年功序列でサボり傾向が強いシマンチュ気質だから、根回しも大切だ。

言いづらい相手を回避し、目下の関係者に注文をつけて、その代わりにすることが多い。

内弁慶だらけの社会では、バランスや整合性を保つことこそ最重要。

デザインなどの実作業よりも、むしろプロセスのデザインが肝心だと思うこのごろ。


ではまた