とんぼ男、Oちゃんの島

前編

 


羽田からのフライトはまた遅れたが、鹿児島の乗り継ぎは余裕がある。

ずいぶん、間のある乗り継ぎプランになっていたようだ。

 

急ぐ旅でもなし、まあ特に事もなし。

 

かれこれ一年前、Oちゃんが落ち着いた島である。

あちこちの島を巡ってはトンボをとっていたが

徳之島には特別の思いがあったらしく、ついに移住してしまった。

Oちゃんはとにかく自然が大好きだ。

昆虫、動植物についてや、その方言の呼び名を調べて回るのに余念がない。

役場で働きながら、余暇には島中の山を回ってあれこれ観察している。

もちろん、トンボがメインなのだが。

 

島では情熱的な活動が功を奏して

ちょっとしたトンボ名物男になりつつあるようで

地元の人も、素直な笑顔で話してくれた。

すげーなOちゃん。

 

さて

長男は釣りである。

しかし、今年はどうも海がおかしいから、半端な装備は全部やめて

他のものを持っていくようにした。

仕掛けは、南国を目指すのだからと、中大物用のみ。

シュノーケルや、水中眼鏡、水中カメラが加わった。

釣れないだろう事は予測済み、というわけだ。

もちろん、旅の相棒と化しているデジタル一眼も入っている。

 

鹿児島から小一時間

タラップを降りると、、ジェットが降り立つ割に小さい空港。

レンタカーは空港のそばにあって、かなり便利。

開け放った事務所で工場用の扇風機がボーボー回っているが

サービスもキチンとしている。

 

ところが、Oちゃんは沖永良部だ。

トンボを追いかけて近くの島を行き来することも多いらしい。

午後4時だというのに、ずいぶん日が高い。

横浜とは1時間くらい違う感じで、ガンガンに陽光が照り盛る。

 

宿には夕方までに着ければよかろう・・・

 

ということで、反対向きに島を回ってから行くことに。

2時間もあれば、回れるはずである。

空港を後に西側を南下する。

西海岸は断崖だから、海岸線からは遠いところを走ることが多く

あまり海にお目にかかれぬが、とりあえず走りつづける。

長男の期待は、ビーチギャルにもあったから

ビーチ、ビーチと頭の中で知らぬうちに

根拠不明本能次第のビーチコールが叫ばれつづけている感じだ。

なにしろ、南国のエメラルドグリーンのビーチがある島など

来る用事がないではないか。

久々に、ビーチでリゾート気分に浸ってみたいなあ

ならばやっぱりビキニにパレオだろう・・・そう決めていた。

南に行っても全然ビーチはない。

 

おかしい、こんなはずではない・・・

 

ビーチとは関係ないが、今回、大き目の忘れ物をしていた。

現地で動き回るための、小さめなリュックサックである。

ついに南端のまち、伊仙町までやってきた。

ここはOちゃんの住む町である。

繁華街にはダイマルという御当地デパートが出店しており

その他、スーパーみたいなのや、服屋さんみたいなのが軒を連ね

一大ショッピングエリアを形成している。(その三軒とタコ焼き屋による)

といっても島レベルのイイ風合いだが。

近くには本屋もあり、風景に見られる大自然とは反対に

かなり便利な島である。

 

その一軒に入って、リュックを探してみると

なんだか初めて見るのに懐かしい・・・リュックがある。

今使っているやつと色違いのリュックだった。

うーむ、値段がないなあ。

思い切ってレジに持っていってみる・・・

値段がないなぁといいつつ、2秒くらい考えて

1050円です、とキッパリ潔い値が帰ってきた。

実は、今使っているのも1000円(税抜き)で買ったもので

オッサン(多分店長)の目利きは大したモンだ。

オッサンの判断は間違いないぞ!オッサンも利益が出ているし

長男も納得の価格だ!スゲーぞ伊仙町ショッピングエリア!と

心ひそかに喝采を浴びせていた。

 

伊仙町からさらに進むと、今度は東海岸を北上することになる。

 

亀津という、これまた一大離島都市にさしかかった。

他の島へ行く港でもあり、物資の要衝なのだろう。

ここには例のダイマルの本店があり、テレビ室とか

トイレ脇だがマッサージルームといってマッサージチェアーが

無料で利用できる、お年寄りや子供たちのための

待合スモールリゾートが設けられていて

もちろん、エアコンだってしっかり効いてる。

 

うーむ、異常に便利だし、自然もすごいな・・・

あまり観光化しすぎていないし自然も豊か。

あとはビーチ・・・ギャル・・・

 

さらに北上を続ける。

おおっ!リーフだ!ビーチだ!!これだけ広ければ

何百人ものギャルが・・・と、車をとめて見渡すが

一歩踏み入れた瞬間・・・

たちどころに、どこもカシコもプライベートビーチ化する。

日は高いが、ゆ、夕暮れ時だからだな、きっとな。

と心に言い聞かせつつ、さらに目的地「山」を目指す。

これは、ヤマとは読まずサンと読むのだそうだ。

昔はホテルニューオータニまであって栄えたリゾートらしいが

今は静かな港町になっているようだ。

 

宿は、民宿中の民宿っ!といった構えの

正しい民宿、山海荘である。

もちろん、中身の民宿らしさも満点だ。

それぞれの部屋は客室ではなくて、普通の民家の部屋だ。

あるときは民宿、あるときは普通のウチとして機能する

すばらしい田舎宿である。

しかも海辺、しかも港近く、しかもビーチ付き、しかも貸切

さらに食堂のエアコン故障中・・・

すばらしい!あらゆる民宿の要素が一堂に会している!

 

釣り人なので、朝はこっそり出かけなければならぬ。

ちょっと恐縮だが、庭に面した床の間にレーザーカラオケが鎮座する

ご家庭の茶の間を占領することにした。

テレビが見られるから、といってすすめてくれた部屋でもあったが

残念なことに、日曜夕方の楽しみ、笑点が映らなかった、痛たたっ!

 

部屋のエアコンは生きているがクーラーが嫌いなので

扇風機に限る。

ふと見ると、網戸がV字になって閉まらないぞ!素敵だっ!!

それに出入りするとすぐ外れるのに、はまりにくいっ!完璧っ!

大型の蚊取り線香を焚き染めてもらうと、ちっとも蚊が来なくなり

これもまた感動である。

長男は気管支が弱く、煙が苦手だが

横浜生活でも多用するようになって

いつしか蚊取り線香は好きになっており、これもまた良しであった。

 

ここまで書くといやみに聞こえるかもしれないが、それは違う。

これくらいでちょうど良いというか、これくらいユルい環境がそろうと

ココロもカラダもユルんで、心底リラックスできるの宿なのだ。

いうまでもなく、宿のご夫婦の温かさもあってのことである。

 

日中も夜も暑いので、部屋の戸は開きっぱなし。

風はすこぶる爽やか、外は肌がジリッと事実痛い日差し

実にキレの良い暑さだ。

だらだらと照り返しやら、熱風まみれになる

どこぞの暑さとは二味違うぞ。

上半身裸で、横浜一人暮らしと同じ状況で

濡れ手ぬぐいを肩にかけて扇風機にあたっていると

かなり快適である。

 

女性にはちとオススメできぬが、水着のビキニで

手ぬぐい三昧・・・など難しいかな・・・

江戸っ子手ぬぐいビキニ・・・

 

着いたその日に、すぐ近くの港へ散歩。

郵便局員の方が、3キロはあろうかというイトヒラアジを釣っていて

大きなクーラーを調達に行っていた。

でかいのが釣れる予定ではなかったようだ・・・

確率低いのね・・・仕掛けは大物ねらいだと思うんだけど・・・

 

しかし、うんと美味そうな白銀の魚体を見て

長男のフィッシングソウルが再起動後、にわかに全開となった。

 

宿へ帰り、仕掛けを用意して、彼とは違う、もっと湾奥の

港の波止へ向かう。

彼が釣っていた小さな桟橋は、僕がルアーを投げると

海を騒がせてしまい、悪影響と感じるだろうからである。

旅人として当然、地元優先は忘れてはならぬことだ。

 

一投目、早くもヒット!しかし、すぐにバレてしまった。

やがて釣り好きの中学生がやってきて、仕掛けがバカ太いというが

徳之島まで9万円以上かけてやってきて

チマチマした仕掛けが使えるか!とココロで叫びつつ

「いやあ、何が来るか分からないし

 初めてだからコレしか持って来てないんだよね」と

なぜか急に標準語でやり過ごす。

 

それからナカナカ魚があたらない。

やつ(中学生)はボーズの天子なのかもしれんなあ。

 

仕舞いに日が暮れて、波止の付け根でチョッと投げたところ

ガッチリ掛かった!いや無理やり掛かるようにしゃくりまくった!

引きはそれほどでもないが、そこそこの形のようだ。

ボラのような魚体がバシャバシャと夕闇の水面を騒がせているが

何者かは暗くて分からない。

 

もともと太仕掛け、もともと取り込みはゴボー抜きと決めていた。

ふんっ!と本人は思い切ったはずが

都会暮らしの悲しさ、力が入りきっていなくて、

魚が波止の側壁にパテ〜んと当たって、アワテテもうひとしゃくりし

事なきを得た。

 

波止の上で、ばったんバッタンと大雑把に暴れて

悪態をさらすボラ風の魚体。思ったとおり、カマスである。

暴れようが、ルアーが叩き付けられようが、関係ない。

カマスは歯が危険だ、簡単に近寄ってはならぬ。

それに、ルアーは木製で強靭なラパラに交換してあって

暴れても断じて壊れない歴戦のルアーであった。

こんな時、長男は腕はイマイチだが装備は安価ながらピカイチである。

 

ライトを当ててみると、どうやらバラクーダ(オニカマス)ではない。

そのときはオオカマスだと思ったのだが、実はオオメカマスだ。

(目がデカイ)

この種としてはそこそこの大きさのようだが

やはり、強靭な仕掛けの前に、ナス術(すべ)はないサイズだ。

68センチ、1.7キロ、バラクーダ以外のカマスとしては上出来だが。

 

後日、宿の奥さんのはからいで

離島初となる、釣果の横浜帰還が実現し

南蛮漬けをたらふく食べたが、白身がしまって美味いカマスであった。

さすがに肉厚

ただ、予感は的中し、以後、魚は釣れぬ。

それに、予感どころか、釣れぬ事は潮の感じを見れば分かるこの頃。

もはや、真剣には釣らない生活が始まりつつあった。

 

釣れないとなったらビーチだ!でもギャルは居ないぞ!!

じゃあ、Oちゃんと夜の森だっ!!!と

釣り以外に燃えさかる、異色の長男ソウル、顛末やいかに。


ではまた