アップが遅くなりました、ちょっと歳を感じる出来事がありまして・・・


いやはや、視力だけは誰にも負けない長男であったはずが

いつぞや、液晶を買い換えて久しくもありながら、突如として

右目がボケボケになることが多くなった今日この頃・・・

歳はとりたくないものである。

つられて左目もちょっとおかしい何かこう、網膜がちょっとはがれている

感じっていうか、正面を見たときだけ、なんか違和感がある。

うーむ、パソコンを何台も買って使っているし、会社のモニターはボケボケだし

最近は目を休ませるために家でパソコンを控えるようにしている。

そのあおりもあって、先週はちょっと仕事がややこしかったため

家でジックリパソコンに向かっていることができなかったため遅れてしまった次第。

やにわに言い訳から突入してしまったが、そんなこんなで

年初に誓った、シンプルで味わいのある路線を思い出し

パソコンに向かう時間より、ネタを醸す時間を大切にする方向で

しばらく短めなネタでイッてみたいと思うのであった。


ところで、健康のために始めた遠回り登下校ならぬ通勤。

月がトッテモあおいからでもなく、星は綺麗だが帰りの川辺は

建物もなく空が開けて気持ちいい季節である。

その道行き、ふと気付いた見逃すに見逃せないモノを発見した。

これはイッている、かなり逸している、本当の目的が皆目わからない

天蓋より来たる奇想に匹敵するスゴモノは、意外にひっそりとたたずんでいる。

だが、いったん気付いてしまうと

見ていて不思議と好奇心がザワザワとし始めるものがあるのだ。

映えある第イッ品目(一品目)はこれ↓

この木なんのき気になる木・・・とは思うものの

左の向上らしき建物は日立製作所ではなく、松下通信工業である。

うーむ、我が職場にほとんどくっついて、こんなモノがあったとは・・・。

コンクリートでできているようだが、中には何が入っているのかわからん。

もちろん硬く、触診してみても何も感じ取れない。

今度、人事か総務に行くことがあったらそれとなくきいてみよう。

人事ではオカシなヤツと目をつけられないように、慎重にきき出さねばなるまい。

しかし、通工の邪魔ではないが、通行の邪魔意外の何物でもない。

(通工:松下通信工業の略称)

なにしろ、木と同じように、根元が土を残してあるところが一段と怪しい。

 

更に、うちの職場から少し歩いて新幹線のガードをくぐると

クロネコヤマトの集配センターがある。

そこのイッ品が次だ↓

小口集配用の軽をリサイクルした勇ましい置物なのだが

凝っているのは、白黒の塗装にキチンと「ヤマト県警」と

手書きとは思えぬ正しい書体で描かれていることだ。

タイヤが浮いていることからして、出撃することはないようだが

この車には生きている証(あかし)がある。

普段は自転車がこのヤマト県警車両の前まであふれてしまうのだが

お気づきだろうか、ティッシュが乗っている。

不思議と本家にはないPOLICEの書体もキッチリしているのがわかる。

一体、誰が何のために設置したのか謎だが、ヤマト運輸・・・奥深い会社である。

こういうことができる人間がいるほど懐が深い、人材が豊富なのであろう。

当社のように、今更一律研修をやって、金太郎飴にしていおいて

アイデアが大切だの、個性だの、自由服だのと中途半端な規制だらけの人材育成より

こういった実行力のある、本格的異端児?が組織には大切だということが

分かっているように思えた。

 

つまりこうだ、ガラパゴスで水温が高くなったとき

海イグアナの食糧である海藻はほとんどなくなった。

しかし、一部は体を縮小し生き延びたらしいし、あるものは祖先が元居た陸を目指し

草を食べ、陸イグアナの雌と交わった。今、その交雑種が発生しており

少数だが、陸イグアナにはない岩につかまるための爪でサボテンを登り

自由に餌をとれるという。が、体色はどちらにも似ず、混血はなかなか

生息数が増えないそうである。しかし、生物とは、種を超えてまで

生きる可能性を探るのだ!と教えているようである。

もちろん、そのまま、地上の生物にはほとんどない体を縮小するといった機能も

陸を目指すこともできなかったモノたちは、大多数が餓死したのだ。

これまでの地球の歴史は、異端児こそ生き残り、繁栄したといっても過言ではない。

今の社会で繁栄できても、次の社会で反映できるとは限らない。

皆同じ方向を向いたり、同じ考えや意味のない常識を大切な常識と混在させ

かたくなで居ることが間違っていることもあるのだ。

あるいはカタクナで居ることで今をしのぎ

次の繁栄かその次の世代へ生をつなぐこともある。

個性とは本来、意図せず激変する環境で

生物が生き延びるための可能性を生み出す、根源的力なのだ。

 

今朝の新聞で、トヨタ自動車が人事方針を一新する方針を報じていた。

これぞ、単純白人社会の成果主義の、そのまた表層だけを取り入れようとし

日本の大切な社会構造の長所を生かせないでいた企業が目覚めた瞬間だ。

人材は育ってこそ、高度なことができるのだ。

何も教えなくても、目の前に降りかかることを処理できるダケの人材では

長く存続するための組織にはならないし、「深い」ものづくりはできないからだ。

タダ単に、自分が金儲けだけできればあとはどうでも良い・・・

自分の身に降りかかる不幸が他人と共通ならデモをやり、運動を起こし、

文化もなにも解さず可愛そうだというだけで動物を保護し、増えすぎて困る・・・

などといった爆裂オオバカ集団(国家の場合もあってなお困る)が

ついに核をも使おうかという自爆の道を歩み始めた瞬間まで時間は要したようだが・・・。

自分を導こうとするものが、オオバカだったことにやっと気付いたのがトヨタ自動車である。

まだ気付かないのはその他、まだまだ多くの企業、政府であろう。

日本には日本のやりかたがふさわしいのだ。正しいか正しくないか、それは数万年先

数百万年先の人類滅亡の日にでも判断されれば良い。

それまで人間として社会性のある生物として生き延びることが正しい。

生き延びず、すぐ解散してしまう社会、会社、それが正しい姿とは言い難い。

 

話はつい世相に流されてしまったが

正しい可能性を秘めた社員を置いておける会社、それがヤマト運輸なのかもしれない。

だが、昨日通りかかったとき、既にヤマト県警車両は撤去されていた・・・。

自転車置き場が欲しかったのだろうか・・・。

頑張れヤマト運輸、ディーゼル規制が運賃を高くしようとも

人が、あっという間にモノを手に取れる喜びを与えてくれた夢をかなえる会社。

ヤマト県警がいつかまた復活することを祈るばかりである。

日本はまだまだ捨てたもんじゃない。

 

まぁしかし、何の役にも立っていないのに、道端にはずっと立っている木、

あれはなんなんだろう、あれで人類が生き伸びる可能性が広がるのか

少しも感じられない自分が、やや悲しいような、

それでもやっぱり、あの木が完璧に間違っているような

不思議な思いが入り乱れる師走の長男であった。


ではまた